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箱庭のアーカディア - FPSプロゲーマーの楽しい幼女生活、あるいは極限のデスゲーム攻略  作者: 彗星無視
最終章 継ぎ接ぎの王

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第77話 『二度あることは』

「な——っ!? なんだこりゃ、足が……!?」

「あっ、それは……! 凍結トラップ……状態異常にするタイプの罠!」

「そういやトラップとかあるんだったなぁ、バベル(ここ)ってば!」


 以前、第15層にて、隠しスイッチに触れることで壁や床が動き出し、モンスターハウスに閉じ込められたことを思い出すアレン。今回は同じく罠の類で、床の隠しスイッチを踏むと凍結の状態異常になるというものだった。

 ピシリ、音を立てて氷の浸食はアレンを苛む。痛みはないが、ひんやりとした冷たさが増していき、既に足どころか膝まで凍り始める。

 このまま全身が凍り付くのだろうか。ずっとそのままということはないだろうが、しばらく致命的な隙を晒すことは間違いない。


「アレンさま、前です!」


 そこへ向かってくる雪だるま。近くで見れば白い雪の体表にはところどころ、黒々とした硬質ななにかが覗いていた。なんと非人道的なことだろうか、その雪だるまの内部には石が混じっているのだと思われた。すなわちこのモンスターは中に石ころを詰めた雪玉、雪合戦において暗黙の禁忌(タブー)とされる殺傷兵器を巨大化させた言わば雪爆弾なのだ。


「うっ——やってやるよ、くそぉっ!」


 別になんでもよかったが当たればダメージを受けるのは確実なので、銃口を跳ね上げて照準を合わせる。その間にも氷の浸食は進み、既に細い腰は半ばまで凍り付いた。

 猶予は一発——否、この照準速度であれば立て続けにもう一発は撃てる。もしそれで仕留めきれなければ、肩と腕まで凍結し、回避はもとより迎撃さえも行えなくなるだろう。

 しかし、やはり。その程度のプレッシャーに屈するほど、『鷹の眼』はプロゲーマーとして浅い経験を送ってきたわけではない。

 バンッ、バン——

 立て続けに二度、愛銃であるキングスレイヤーの銃声が轟く。

 二発の弾丸はまったく同じ経路をたどり、非人道雪だるまの頭蓋(?)を撃ち抜く。着弾もまた、寸分たがわぬ位置。

 そして雪だるまは消滅し、残るモンスターもノゾミや〈サンダーソニア〉の団員たちによる奮闘によって無事に撃破。凍結の浸食は首から下までで止まってくれる仕様らしく、アレンはちっこい氷像と化した状態でその様子を眺めるのだった。


「あ、溶けた。災難だったねアレン」

「まったくだ……! モンスターの攻撃に加えてトラップまであるって考えたら、いよいよ気を付けるにも限界だぞ!」

「一応、目の前の床を武器で攻撃することで罠の有無をチェックするという手法はあるのですが……」

「時間がない中でそんなことできるかー!」

「ええ、そうですわね……騎士団のように大規模な人数で攻略ができるならまだしも、この人数では現実的ではありません」


 凍結の状態異常は麻痺と違い、かかってから全身が動かなくなるまで猶予があるが、状態異常が治るまでの時間は麻痺よりも長いらしい。ようやく氷漬けから解放されたアレンは、憤懣やるかたないと地団太を踏んだ。はたから見れば完全に子どもである。


「まあまあ落ち着いて。罠だって頻出するほどのものじゃないんだし、アレンが立て続けに状態異常になったのはたまたまだよぉ。運が悪かっただけ、気にするほどじゃないと思うな」

「貧乏くじを引いたってことか?」


 それはそれで呪いたくなるアンラッキーさだったが、慰めようとしてくれているノゾミの優しさに気付かないほどアレンも感情的になっているわけではなかった。

 どのみち、バベルの攻略は進めなければならないのだ。ならば前向きな考えを持って挑む方がよいだろう。


「……そうだな。ノゾミがそう言うなら、なるべく気にしないようにする」

「ふふ、素直で偉いっ。頭をなでて進ぜよう!」

「わ、やめろって」


 なでなでからのほっぺぷにぷにコンボに派生する黄金ムーブを感じ取り、アレンはバックステップで素早く回避。負けじと追いすがるノゾミの拘束もすり抜ける。もはや慣れたものだった。

 シンダーは微笑ましいものを見るようにくすりと笑ってから、アレンに言った。


「わたくしもノゾミさまに同意見です。アレンさまだけに状態異常が集中するようなこと、きっと三度も続きはしませんわ。引きずらずに攻略を再開しましょう」

「ああ、そうだな。ほらノゾミ、バベルの中なんだから遊んでないで集中しろって」

「むー、アレンのいけず」


 少しずつ階層を攻略する難度は上がってきているが、一行はよい雰囲気で探索を進められた。そして早期に次の階層へのゲートを発見することもでき、次こそはヘマをせずに攻略してみせるとアレンは意気込んで次の層へ跳ぶ。

 そうして第78層への道を解放したところで、その日は解散となり——


 *


 翌日。今日こそは、と昨日の意気込みを引きずったアレンは、先日までと同じように第78層の攻略を開始。そこはまるで巨大な神殿の内部のような、格調高い石造りの迷路が続く階層だった。

 寒さもなければ、足元も歩きやすい。入り組んだ構造もノゾミの『ゴーストエコー』があれば探索難度は大幅に減少する。


「よし、今日こそはスムーズに攻略できそうだな」


 うまく敵を迂回しつつ、迷路のマッピングを進めていく中、安堵するようにアレンはついそう漏らす。


「……ねえアレン、それってすっごくフラグっぽいよ?」

「はは、まさか。口は災いの元ってか? そんなの迷信だ、やっぱり昨日までがたまたまツイてなかったんだな」

「そうだといいけどねー」


——通路の反対側からモンスターに襲われたのは、その直後のことだった。

 基本的に『ゴーストエコー』による壁越しの索敵を欠かしてはいなかったが、あれは全方位を一気にスキャンするようなものではなく、一方向のみに作用するユニークスキルだ。数回に分けて使用して全方位を索敵することも可能ではあるが、SPが有限な以上それも難しい。

 なのでこの第78層のように複雑な地形の場合、どうしても後方や側方からモンスターとばったり出会うという事態は防ぎきれなった。


「む……わたくし、あのモンスターの見た目はどこかで見たような。いえ、話を聞いたのでしたっけ? ええと、あれは確か……騎士団が……」

「状態異常だろうがなんだろうが、攻撃をしてくる前に倒しちまえばいい! 速攻で仕留めてやる!」


 キングスレイヤーを手に、アレンは敵の前に立ちはだかる。遮蔽物はないがまだ距離があるため、接近される前に片付けられるという判断だ。

 敵は二体——

 いかにも獰猛そうな、血のように真っ赤な皮膚の虎型モンスター。

 それと、妙にうねうねとした毛のようなものを上の先端から何本も生やした、卵型モンスターだ。サイズはダチョウのそれに近い。


(先に処理すべきは、俊敏な獣の方!)


 刹那の判断。アレンは虎へと銃口を向ける。

 しかし相手もゲームとはいえ猛獣の類。アレンが照準を合わせようとした時には既に、虎は人間などとは比べ物にならない初速で跳び上がり、アレンへと襲いかかる。


「——、獲った」


 鳴り響く銃声。空中にいるわずかな時間に、弾丸は三度、虎の額を貫いた。

 アレンが心血を注いできたFPS、『オーバーストライク』は対人ゲームだ。よって人型でなく、動きも人間とはまるで違うモンスターたちを相手にするのは不慣れだった。

 そう——不慣れ、だった。

 もとより銃の腕は卓越。ここ数日のバベル攻略でアレンはPvE、つまり対モンスター戦のコツをつかんできたのだった。


「すごいっ、空中で倒しきった!」

「さあ、あとは卵みたいなヘンテコモンスターだけだ! 喰らえっ……!」


 勢いに乗ったアレンは、残った一匹に照準を合わせる。例の卵はしょせん卵ということか、先ほどの場所から動いてさえいない。

 まさかあれが、先ほどの獣より素早く動くこともなかろう。そして動かぬ敵など的と同義、アレンが弾丸(たま)を外す要素など皆無。

 照準は完璧だ。揺るがぬ自信が引き金に力を込めさせる。


「お待ちくださいアレンさま、思い出しました! あのモンスターは——」


 バンッ——

 王殺しの銃が吼える。発射された弾丸は、丸みを帯びたそのフォルムの中心に見事命中。

 するとその時、ピシ、という音が響いた。


「——石化の状態異常を使います!」

「へっ?」


 ヒビが入った。そう認識した瞬間、さらに音を立てて卵の殻が砕け散る。

 中身は。一体あの中から、なにが現れ出るのか?

 そうわずかにでも思い、卵を注視していたのがアレンの失敗だ。なにせ中から現れたのは、ひな鳥でもなければ生物ですらない、ただひたすらに眼球を焼くまばゆい閃光だったのだから。


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