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箱庭のアーカディア - FPSプロゲーマーの楽しい幼女生活、あるいは極限のデスゲーム攻略  作者: 彗星無視
最終章 継ぎ接ぎの王

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第76話 『攻略組の艱難辛苦』

「よし、ゴールだな。予定通り、もう一層先の第72層も攻略して今日は終わりだ。いいか、みんな?」

「うん!」

「もちろんですわ」


〈サンダーソニア〉の有志ふたりも、疲労を振り切るようにこくんとうなずく。

 彼らはレベル的にも30手前程度と特別高くなく、アレンのような戦闘技術があるわけでもない。

 それでも、残ってくれただけありがたかった。


(シンダーとシルヴァを除けば、〈サンダーソニア〉の戦闘メンバーは半分近くになっちゃったからな……ったく、ネームレスのやつが加減してくれれば……いや、死人が出てないんだから手加減はしてたんだろうが)


 第70層の攻略に参加したメンバーのうち、半分ほどが、今回のシャドウ狩りやバベル攻略には不参加だった。

 降りたのだ。圧倒的なネームレスの暴威、脅威的なパンドラの権能を目の当たりにして、戦意を喪失してしまった。

 そんな彼らを責められはしない。誰もが戦う勇気や強さを持つわけではないのだから。

 けれど、人手の不足はもはや決定的だ。

 元々、バベルを攻略するモチベーションのある人間は〈解放騎士団〉に所属していた。だが彼らのほぼすべては、カフカの謀略によってゲームオ-バーの闇へと消えた。

 キルスコアの王を作り、最強のバフアイテムである『クラウン』を顕現させるための贄にされたのだ。


「よし、行こう。シャドウ組も忙しい頃合いだろう、こっちももうひとがんばりだ!」


 ゲートをくぐり、第72層へ跳ぶ。

 特有の視界の歪みから景色が像を結ぶまでの間、アレンは第70層に置き去りにしてきた、もうひとりの自分のことを想った。


(今はこの少人数でも問題ないが、より上の階層じゃこうはいかないはず。ネームレスのやつがいれば頼りになるんだがな……)


 和解を果たした、第46666回目のループの『アレン』。彼はアレンたちを逃がすため、単身でパンドラと対峙した。

 ネームレスには『アレン』としての実力と、『拡張脳』と『再構築(リビルド)』の権能がある。

 ……しかしその権能も、パンドラから譲り受けたもの。

 おそらくネームレスはもう、消えていることだろう。自らが引き揚げられた、廃棄物(ガベージ)の海に。


「わ。照明がまぶしい……」

「ここは——打って変わって、オフィスビルのような内装ですわね。通路が多そうです」


 ゆえにこそ、残されたアレンが、この役割を果たすのだ。

 いつの間にか閉じていたまぶたを開き、アレンは仲間たちに遅れて第72層の景色を視認する。そして——


「……この階層にお菓子はなさそうだな」


 舌にかすかに残る甘味に思いを馳せつつ、攻略への一歩を踏み出した。


 *


 第71層に続いて第72層を攻略したアレンたちは、翌日、同じメンバーで第73層に挑戦する。そしてゲートを発見したあと、一度休憩を挟んでから第75層へ。

 翌日は第76層。またその翌日は77層へ。

 一週間で79層までを攻略しなければならない以上、強行軍は止められない。 

 次の層へのゲートを求めて探索するさなか、一行は様々なトラブルに見舞われる。


「うわ、なんだっ、体が動かない……!?」

「——! アレンさま、目の前のモンスターから離れてください、その霧はおそらく麻痺の状態異常(バッドステータス)です!」

「そんなこと言われても、もう吸っちまったよ! やばッ、避けられない……!」


 わずかに黄色がかった霧を全身から発する、羊型のモンスターがいた。もこもことした白い毛に覆われたそのモンスターは、どこか柔和にも思える穏やかな表情を浮かべていた。が、アレンが不用心にも近づき、その霧を吸って動けなくなると途端に凶悪な形相をむき出しにし、ねじれた両角を向けて突進する。

 麻痺の状態異常にかかり、手足のしびれたアレンに回避のすべはない。激突は必至、交通事故に遭う瞬間のような心持ちで、アレンは衝撃に備えてぎゅっとまぶたを閉じる——


「大丈夫だよ、アレン! 止めてみせる……!」


 その声に目を見開く。すると、見慣れた少女の背中が悪質な羊とアレンの間に滑り込んでいる。

 その手には彼女のボーナスウェポンである西洋剣、ナイツオナー……ではなく、たびたびアレンの窮地を救ってきた白い盾。


「ノゾミっ……!?」

「くぅっ——やあああぁぁぁっ!!」


 だんっ、と衝撃の音。吹き飛ばされるかにも思えたが、恐るべき突進を辛くもノゾミは防ぎきる。

 そこへ羊の背後から、三又の槍を手にしたシンダーが踏み込みとともに突きを見舞う。


「ピョエエエェェェッ!」

「ヘンな鳴き声……!」


 ひるんだ隙に、ノゾミも素早くインベントリから盾とナイツオナーの剣を交換。シンダーと挟み込む形で攻撃を加える。

 しかし倒しきるにはまだ浅い。


(……よし、手が動く!)


 そこへ、麻痺の効果時間が切れたアレンが即座に銃口を跳ね上げる。通る射線は乏しく、味方と敵との位置関係上、挟撃の合間を縫う軌道が求められる。

 まさに針の間を通すような、一瞬の隙をも見逃さぬ超難度の射撃。

 それを難なくこなすからこそ、アレンは国内トップのプロゲーマー足りえた。


「——終わりだ!」


 引き金が引かれる。連動して撃鉄が落ちる。

 奔る弾丸は過たず、敵のみを見事に撃ち抜いた。


「ピィィンッ!」

「こんな声で鳴く羊がいるか!」


 珍妙な鳴き声で倒れ、粒子へと還る。戦闘が終わると、アレンは「はぁ」と大きく息を吐いた。

 次いで、改めて手を閉じたり開いたりして、しびれがなくなっていることを確かめる。戦闘時間自体は短かったが、感じた疲労は反して強い。


「アレン、へーき? 珍しく危なかったねー。HP削れてない?」

「ノゾミが防いでくれたおかげでなんともない。しびれもなくなった……けど、状態異常なんかあったのかよ、アーカディアに」

「すみません、わたくしから説明をしておくべきでしたわね。もっとも各種状態異常についてはモンスターが攻撃に用いるのみで、転移者(プレイヤー)の側が使えるものではないようです」

「注意しようにも、どのモンスターがどんな攻撃をしてくるのかなんてわかったもんじゃないしなぁ」


 弱音を漏らそうが、スケジュールは厳守せねばならない。

 だが、今回は窮地をうまく凌ぐことができたが、次もそれができるという保証はない。

 例えば上の階層のより強力なモンスターであれば、ノゾミが攻撃を単身で受け止めきるというのは難しくなるだろう。あるいは今回も、同じあの羊型モンスターが二匹、三匹と現れていれば対処は何倍も困難になっていた。最悪、パーティ五人全員が麻痺で動けなくなるなんてこともありえたはず。


(こっちはたったの五人……しかもシンダーを除く〈サンダーソニア〉のふたりは戦闘慣れしてないから、援護や周囲の警戒が役割。状態異常の一発でパーティが崩れる事態は避けたいが……この先の階層でも同じような攻撃を使うモンスターが出てくるようなら、まずい気がする)


 そんなアレンの悪い予感は的中する。もっともそれは、できることならば外れてほしい類の予感だったが。


 *


 続く翌日、やはりアレンたちはバベル攻略に勤しむ。

 昨夜、シャドウ組とも軽く顔を合わせたところ、ユウたちの方は順調らしい。事前にシルヴァが町にシャドウの存在と危険性を広めていたこともあって、町の転移者(プレイヤー)たちの協力をスムーズに取り付けることができた。

 そのうちの何人か、一割か二割程度でも、のちの第80層以降のバベル攻略に合流してくれれば。そんな狙いもある。

 だがとにかく、バベル組の方だけ進捗が遅れるというのはよろしくない。ゆえに一同は勇んで今日もバベルの最前線へ躍り出るのだが——


「アレンさま、モンスターがそちらへ!」

「わかった、迎え撃つ!」


 そこは吐いた息が白く見える、凍える洞窟のような環境の階層だった。壁面には青く輝く鉱石がちらほらと顔を出し、無造作に辺りを照らす照明となっている。

 そんな中、経路上避けられなかったモンスターたちとの戦闘。アレンはシンダーの呼びかけに応え、枝の刺さった雪だるまの造形をしたモンスターを迎撃を試みる。しかし、混戦状況のため味方で射線が阻まれており、横へ回り込む形で弾道を確保しようとした。


「……っ? 誰だ、足をつかんでいるのは?」


 なぜか一歩を踏み出せない。足が持ち上がらないのだ。

 何者かに足首をつかまれている——

 そう感じたアレンは、一体どういうことかと自らの足元に視線を落とす。すると、小さな足は地面とくっつくような形で凍り付いていた。

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