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箱庭のアーカディア - FPSプロゲーマーの楽しい幼女生活、あるいは極限のデスゲーム攻略  作者: 彗星無視
最終章 継ぎ接ぎの王

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75/80

第75話 『少数攻略』

「……ユウやパンドラが、『前回』の管理者はものぐさだって言ってたな。やっぱり同一人物——記憶はなくとも、性格は同じってことかな」

「ぱんどら? かんりしゃ?」

「っと、悪いな。こっちの話だ。それでマチは、エルがこんなだから仕方なしにひとりで木登りしてたってわけだ」

「そうそう。あ、代わりにアレンがやってくれる?」

「時間さえあれば付き合うけどな。悪いけど、このあとすぐに用事がある」

「ふーん……なら仕方ないかぁ。今、シンダーたちみんな、すっごく忙しいみたいだもんね。あたしにもなにか手伝えたらいいんだけど」

「この距離だもんな、ギルドハウスがドタバタしてるのは気付くよな。でも心配はしなくていい、子どもは子どもらしく伸び伸びと過ごすのが一番だ。バベルやPPのことは俺たちに任せてくれ。きっとなんとかしてみせる」

「ぶー、自分だって子どものくせにー」

「見た目だけだ! 俺は十七の男だっつーのっ」


 マチはいたずらっぽく笑う。とても反省はしていない様子だが、ムキになる方が子どもっぽいので、アレンはそれ以上の追及を行わないこととした。年上の寛大さを示したつもりだが、マチには伝わっていないだろう。そもそもナチュラルに遊びに誘われている時点で扱いは間違いなく同年代だ。

 アレンは眼下に視線を向ける。そこには独特の無表情のままだらける少女。

 わざわざ様子を見に来たのは、突然に孤児院へ入ったエルが孤児たちにうまくなじめているだろうか、という心配によるものだった。


「エル、ここはどうだ? うまくやっていけそうか?」

「入ったばかりだから、わからない。まだ二日目」

「……そりゃそーかもしれないけど」


 即答だった。アレンが困っていると、横からマチが補足してくれる。


「いやぁ、エルは大丈夫だと思う。あたしはじっとしてるのって苦手だけど、エルはそうじゃないみたいだし。だったらミソラやサクとは気が合うよ、きっと」

「そうか? 確かにふたりとも、どちらかといえば大人しい印象だったな」


 先日の、サクがティラノに襲われた騒動の時を思い出す。

 幼くも利発そうなミソラに、口数の少ないサク。動きたがらないエルとは相性がいい……かもしれない。


「それなのに今日は、あたしがエルを無理に誘っちゃった。ごめん、エル。エルは部屋の中でゆっくりしたかったはずなのに……」

「——? そんなこと、ない、よ?」

「えっ? で、でもエルってば、あたしが木登りしてる間もずっとそうして寝そべってたじゃん。退屈だったからそうしてたんじゃないの?」


 マチの丸い瞳にありありと困惑が浮かぶ。アレンもまた、エルの意図が読み取れないまま成り行きを見守る。

 エルは上体を起こし、黄金の()でマチをまっすぐに見つめながら言った。


「エルは、木登りはしたくない。でも、木登りをするマチをここから見上げるのは、面白い。エルの推定では、これが楽しいという感情。知らないことを知れた、ありがとう、マチ」

「なっ、うぇ——なんだよぉ急に、改まってお礼なんか言われたら照れるじゃん!」

「お礼を言われるのは……迷惑?」

「そうじゃないけどさぁ。ああもう、調子狂うなー」


 歯に衣着せぬコミュニケーションだけに、先ほどのアレンにかかわらず、エルと話す時は誰もがぎくしゃくとしている。


「……まー、だけど、エルも楽しかったならよかったよ」


 けれど、マチはにっと笑ってみせた。

 どこか不格好で不器用でも、ふたりの対話は確かな実を結んでいた。まだ青く小さな、されどそこにある、信頼関係という実を。


(なんだ、大丈夫そうじゃないか。杞憂だったな……エルは子どもの頃の俺なんかよりずっとうまくやってる。まったく、どの面下げて心配なんてしてたんだか)


 見守っていたアレンは安堵し、FPSゲームに逃げた己の少年時代を思い出す。

 再現された教室。あの第70層で、ネームレスはアレンの過日における間違いを指摘した。

 プロゲーマーになったことの間接的なきっかけだ。少年の日、小さな諍いから背を向けたこと。そうしてずるずると社会のレールを外れ、赤梁連(あかはりれん)という少年は『アレン』となった。


「さて、ふたりとも仲良くするんだぞ」

「アレン……どっか、いく?」

「えーっ、もう行っちゃうの?」

 

 だがアレンは、黒い海より引き揚げられてなお、絶望の淵に沈んでいたもうひとりの自分にこう告げた。

——間違いから生まれたものが正しいことだってある。

 幼き日の過ちがあったからこそ、アレンはゲームの世界で結果を残すことができた。

 そして今、このアーカディアでも。


「俺にしかできないことがあるんでね。そろそろ、俺の役割を果たしにいかないと」


 孤児院を立ち去るアレンは呼び止められると、一度だけ振り返ってそう言った。

 仲間たちのうち、シャドウを狩るメンバーは森へ向かうため西門へ、バベルを攻略するメンバーは第0層の広間へと向かっている。

 アレンの役割。ユウの振り分けた『鷹の眼』の使いどころなど言うまでもない。

 前を向き直った時、その碧色の双眸には、確固たる決意の灯が燃えていた。


 *


「アレン、そっち逃げた!」

「任せろ——捉えた。そこだっ!」


 銃声が轟き、まさしく脱兎のごとく走り去ろうとしたウサギ型モンスターを弾丸が貫く。

 グリム・ラビット。こそこそと逃げ回っては背後や側面からの不意打ちを狙う習性のモンスターで、混戦などで一度目を離すと隙を突かれる厄介な相手だ。

 だがそれも、『鷹の眼』の鳥瞰からは逃れられない。プロゲーマーのエイム力はすばしっこく走り回る矮躯を的確に撃ち抜き、データの塵へと変えた。


「お見事。何度見ても驚嘆に値する命中精度ですわ、さすがは〈デタミネーション〉のアレンさま」

「ま、プロの中じゃまだまだだけどな。だけどバベル攻略の鍵が俺にあるって自覚はあるんで、ここは張り切らせてもらうぞ」

「アレンがプロゲーマーの中ではエイム強くないっていうの、わたしまだ信じられないけどなー……」


 ここはバベル、その第71層だ。チョコレートとクッキーでできた床、飴でできた壁や柵、砂糖菓子のリボンなど、有名な童話にでも出てきそうにファンシーな様相の階層だった。

 そしてその中を、アレンにノゾミ、シンダー、それから先日の第70層攻略でも同道した〈サンダーソニア〉の有志ふたりがパーティとなって進んでいた。

 この五人がユウの振り分けたバベル攻略組のパーティであり、スケジュール上は一週間で第79層までを攻略しなければならない。そしてそれは、至難を極めると言わざるを得なかった。

 なにせ、かつてカフカ率いる〈解放騎士団〉が何十、時には百人規模で人海戦術を取って攻略するようなバベルの各階層を、たった五人で攻略しなければならないのだ。


(だが、敢行しなければ……厳しいのはユウとてわかっているだろうが、それでもボス部屋手前までならばこの少人数でも攻略可能と判断した。自惚れじゃなく、それはきっと俺がいるからだ)


 甘ったるいミルク味の飴を口の中でコロコロ転がしながら、アレンは重い責任を自らの背に感じた。

 バベルを攻略するのは、パンドラのいる第100層にたどり着くため。だがそれだけではなく、市井の転移者(プレイヤー)たちの希望を絶やさぬようにするためでもあるのだ。

 バベル攻略を担う一大ギルドだった騎士団がなくなり、さらにバベルの狩り場からもモンスターが消失した。もはや町がパニックに陥るのは時間の問題である。

 そんな中、『バベルの攻略が進んでいる』という事実を世に示すことができれば、それは人々の心の支えとなるはずだった。先日の第70層の攻略も、転移者(プレイヤー)たちの恐慌を防ぐために早期での踏破を試みたものだ。


「……ねえアレン。ところでその飴、どこのやつ?」

「え? さっきその壁から引っぺがした」


 パーティ全員に微妙な反応をされながらも、アレンはファンシーな迷路の中を進む。

 バベル攻略において戦闘の鍵がアレンならば、探索の鍵はノゾミにあった。

 次の階層へ進むゲートを発見すればその階層はクリアとなる。ならば戦闘は必須ではなく、ウォールハックの能力で壁越しに敵を見つけて避けられる、ノゾミの『ゴーストエコー』のユニークスキルは効率的な探索に打ってつけだ。

 そして、経路上どうしても避けられない戦闘はアレンがプロゲーマーの腕前でパーティを引っ張る。

 ユウの決めた分担は実に的確。たった五人でありながらも、アレンたちはやがて次の層へ続く石造りの門を発見した。

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