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箱庭のアーカディア - FPSプロゲーマーの楽しい幼女生活、あるいは極限のデスゲーム攻略  作者: 彗星無視
最終章 継ぎ接ぎの王

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第74話 『働いたら負け』

「そうか、シャドウたちを仕留めた時もPPはドロップした。シャドウ討伐組とバベル攻略組で、森とバベルにそれぞれ分かれるってことだな。シャドウから得たPPを供給すればタイムリミットは緩和される」

「な——驚いたな、こうも早く言い当てるなんて。もう少しかかると思ったんだけど……まだキミのことを甘く見てたみたいだ」

「白々しいことを言うなよ、自分から振っておいて。だが、この策で引き伸ばせる猶予はどのくらいなんだ?」

「こちらも残存人口から簡単な試算を行いましたが、一週間は伸ばせるはずです。もっともシャドウからドロップするPPはまちまちですし、戦力的にも町の転移者(プレイヤー)たちを巻き込まねばなりませんから、不確定な要素はままありますが」

「ふむん」


 アレンは再度考え込む。バベル攻略期間が一週間伸びれば、三週間で第71層から100層までを攻略する計算になる。

 ……先ほどに比べれば、いくぶん楽か。

 しかしこの策にもデメリットはある。ただでさえ人手は不足しているのだ。それを二分するとなれば——


「あの……それって、森の方はPPが欲しい転移者(プレイヤー)たちを募れば大丈夫かもしれないけど、バベル攻略は戦力的に大変にならない? だって、バベルの最前線は騎士団が百人規模でも一日がかりで攻略してたくらいだよ?」

「おお、珍しく鋭いなノゾミ。俺も同じことを考えてた」

「ふふんっ、そりゃあわたしだって少しくらいは考えて……珍しくは余計じゃない!?」

「そうは言っても実際珍しいからなぁ」


 ぶーぶー抗議するノゾミを尻目に、アレンは向かいに座るユウの意見を仰ぐ。ユウはうなずいて、その懸念はもっともであると認めた。


「リスクがあるのは事実。しかもバベル攻略はあくまでパンドラへの前座、あくまで前段階だ。そこで博打を打つような真似は僕だってしたくはないさ。けれど……」

「それでも、やるしかない?」

「そういうこと。『前回』の経験からしても、この人数で、それも二週間でバベルを三十層も進むなんて不可能だ。だから攻略期間を延ばすため、ある程度のリスクは許容するしかない。今日からの一週間、シャドウ討伐組が森で狩りをして町の転移者(プレイヤー)にPPを供給し、その間にバベル攻略組は第79層まで進んでおく」

「第79層……なるほど、ボス部屋の手前までか。戦力を分けて運用するリスクが許容できるのはそこまで、ってことだな」


 そこからは、総力戦でなければ突破はできない。そう判断したのだ。

 アレンはそこから矢継ぎ早に質問を重ねる。

 具体的な分担、シャドウ組とバベル組の人員についてはどう考えているか。シャドウを狩らずとも第71層以降のモンスターのみで転移者(プレイヤー)たちのPPを賄えはしないか。シャドウ狩りにあたり町の転移者(プレイヤー)たちの協力はスムーズに得られるのか。チームを合流させた後の、第80層以降の攻略スケジュールについてはどうなっているのか。

 ユウは淀みなく、それらの質問に即座に答えてみせた。アレンの思いつく問いをすべて事前に想定しているという証左だ。


「俺から出る疑問はこんなところだ。バベル攻略だけでPPの補充が足りてりゃ、わざわざ戦力を二分するような危ない橋は渡らなくて済むと思ったんだが……やっぱりそううまくはいかないよな」

「さっきも言ったけど、どうしても絶対量が足りないからね。そもそもバベルにおける階層の攻略とは、次の層へとつながるゲートを探すということだ。ボス部屋を除いて戦闘は必須じゃないから、可能な限り避けることになる。なにより第71層以降のモンスターは強力で、狩り場にできるようなものでもない」

「くぅ、このギルドハウスを建て直した際のPPがあれば……。申し訳ございません、騎士団なき今、わたくしたち〈サンダーソニア〉がアーカディア唯一の大規模ギルドと言っても差し支えありませんのに。この体たらく、情けない限りですわ」

「シンダーが悪いわけじゃない……けどそうか、カフカのやつがギルドハウスに火を点けなければ最初から最大戦力でバベル攻略に挑めたのか。最初から最後までなんて迷惑な……」


『クラウン』への欲に呑まれさえしなければ、強力な味方だったであろうあの男へ、アレンは一瞬だけ思考を巡らせる。だがすぐにやめた。

 彼の『燎原之火(ワイルドファイア)』は広範囲に高火力という破格の力を持つユニークスキルだが、当人はもうデータの粒子となって消え、廃棄物(ガベージ)の海に沈んでいる。もっともそのユニークスキルが依存するボーナスウェポンについては、今も残っているのだが——

 ユニークスキルを振るえるのはカフカ、つまりは『Kavka』の転移者(プレイヤー)IDを持つ当人のみだ。

 ならば武器だけあっても意味がない。そのユニークスキルを使うすべはない。

 少なくとも、現状では。


「ともかくユウの案についてはシンダー同様、俺も異論なしだ。この短時間でよくまとめてくれた。悔しいがその辺り、やっぱり俺じゃ敵わないな」

「おや、アレンちゃんに褒められるなんてね。明日は弾雨かな?」

「アレンちゃん言うな、マジに弾丸を浴びせてやるぞ。それよか問題は、第100層までたどり着いた後だな」

「パンドラ……あの権能の数々を操る管理者に対し、まだ僕たちはなんの対策も持っていない。そちらについても考えなくちゃいけないけれど、机に齧り付いていれば容易くタイムリミットがやってくる」


 不安は否めないが、今は目の前のことを片付けるほかない。

 だがそこについては、アレンに考えがないでもなかった。


(しかし、『あのこと』は当然ユウも気付いているはずだ。だが、どことなく話題に出すのを避けている気がする。どういうことだ?)


 疑問を置き去りに議論は進む。とはいえシンダー同様に事前に案を聞いていたと思しきシルヴァや、基本ノープランのノゾミが反論をすることもなかったため、そこからはみんなしてユウのプランを聞くだけだ。

 そして、もはや無駄にできる時間は一分一秒もなく、方針が共有されると一同はすぐに行動に移すこととなった。シャドウ組とバベル組に人員を二分するため、ここは一度解散し、それぞれ現地にて再度集合という運びになる。

 アレンは早速向かおうとして——


「エルの顔を見ておくか。『あのこと』がどうなるにしろ、様子くらいは見に行くのが名付け親の責任ってやつだな……」


 踵を返し、孤児院に寄ることにした。

 もちろん集合に遅刻するのは厳禁だが、少し寄り道する程度であれば間に合うはず。

 アーカディアに来ることで親とはぐれた子ども、転移孤児たちを受け入れている〈サンダーソニア〉の孤児院はギルドハウスに併設されている。

 正式な〈サンダーソニア〉のギルドメンバーではないアレンだが、ノゾミやユウともども、孤児院含めギルドハウスは好きに入ってくれていいとシンダーから許可が出ている。今や一蓮托生、もうほとんど団員のようなものだ。

 寮のようなその建物の前まで来て、アレンは目当ての人物を庭先に発見した。


「中にいるのかと思ったけど、なんだ、外にいたのか」


 木の幹に背をあずける形でべたりと地面に座り込む、黄金の瞳の少女。灰の髪は木陰にあって濃さを増し、黒い色と見まごう。


「あ……アレン。あなたは、アレン」

「そうだよ、元気してたか? そういや名前、初めて呼んでくれたな」

「あたしが教えたんだよ! エルってば『あなた』としか言わないから、誰かに話す時は名前を呼ぶモンなんだって!」

「うわっ? い、いたのかマチ」


 ひょこ、とアレンの目の前に赤髪の少女が顔を出す。

 ……逆さだった。

 頭上の枝に両脚で組みつくようにしてぶら下がっている。アレンからすれば、さかさまの顔がいきなり視界の上方から現れた状態だ。


「へへ、びっくりしたー?」

「俺としたことが上方への警戒を怠っていたか。くっ、『鷹の眼』があからさまな隠れ場(ハイドポジ)を見落とすなんて笑い話だ。次こそは負けないぞ……!」

「別に勝ったつもりはないんだけど!? どういう反応だよ、素直に『驚いた』でいいじゃんかー!」


 言いながらマチは枝に絡む脚を放し、エルのそばの地面に落下する。しゅた、という擬音が似合いそうな、足から落ちるよう空中で姿勢を制御した見事な着地だった。


「はぁ、まあいいや。ミソラもサクも本読んでて暇だからさー。木登りでもしようって言って、強引にエルを誘って外に出たんだけど」

「んー……めんどい。動きたくない……働いたら、負け……」

「この調子なんだよね」


 いっそ夏場のアイスみたいに溶けてしまいそうなほど、エルはぐでーっと地面に身を投げ出している。動きたくないというオーラが全身からにじみ出ていた。

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