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箱庭のアーカディア - FPSプロゲーマーの楽しい幼女生活、あるいは極限のデスゲーム攻略  作者: 彗星無視
最終章 継ぎ接ぎの王

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第73話 『箱底は未だ見通せず』

「ともかくエルのことは、わたくしたち〈サンダーソニア〉の孤児院で受け付けましょう。アレンさまたちもそれでよろしいですか?」

「ああ、むしろ助かる。ありがとう、シンダー」

「構いませんわ。むしろマチやミソラ、サクたちも喜びますよ。久々に新入りが来たと言って。ふふ」

「……待ってくれ、シンダー君。彼女は推定『前回』の管理者だ。子どもたちと同じ空間にいさせてもいいのかな」


 ユウの指摘に、室内はにわかに静まり返る。


「そりゃあ……エルがパンドラのような権能を使えるなら、確かに危険がないとは言いきれないが」

「どうなのかな、エルちゃん。権能——ユニークスキルとも異なる、あの管理者が持つ超越的な能力。それはキミに備わっているのか?」

「特権。管理者の、能力。それは……」


 詰問とまでは言わずとも、ユウの問いかけにはどこか有無を言わさぬ圧があった。

 忌避できぬ回答。エルはやはり、ポーカーフェイスを保ったまま答えた。


「……わかる。なんとなく、だけど。エルは、それを知ってる」

「わかる? 備わっているでも、備わっていないでもなく? 質問に対する回答としては十分ではないね」

「でも、そうとしか言えない。エルの中に権能(それ)があるのか、ないのか……エルにもわからない。それともあなたは……自分の肉体の性能を一切の不足なく、完璧に理解できている、の?」


 少したどたどしかったが、それはユウを言葉に詰まらせるだけのものだった。

 驚いたように目を見開き、それから肩をすくめる。


「なるほどね。キミにとって権能とは、絵が描けるとか速く走れるだとか、それこそアレンちゃんの『鷹の眼』のような、一種の才能のような特徴なのか」

「そう解釈してくれて、構わない。権能も才能も、その個体が生まれ持った『機能』だと思う」

「面白い考え方だ。けれど結局、権能の行使ができるのかどうか自分でもわからないとくれば、安心するには足りないな」

「待てよ、やけにエルに厳しくあたるじゃないか、ユウ。らしくないぞ。それに肝心なのは、もしパンドラのような権能があったとして、エル自身にそれを使う意思があるかどうかだろ」

「……ふむ、一理ある。エルちゃん、どうかな?」

「周囲へ危害を加えるか、と訊いているのなら、エルの答えは明瞭。そのつもりは、ない。なぜなら現状、エルにとってその行為は不必要なものと推定」

「聞きましたか、ユウさん? エルはきっといい子ですよ! こんなにかわいいんだし! ほらっ」

なぜ頬に(はへほほひ)触れるのか(ふへふほは)理解不能(ひはいふほう)


 ノゾミに両の頬をつつかれながら喋るエル。相変わらず表情筋の動きに乏しいが、嫌がっているわけではないようだった。

 だがそんなエルに対し、ユウはまだどこか警戒を崩さないような顔を浮かべていた。

 なにをそこまで恐れているのか。


(……いや、わからないわけじゃない)


 アレンとて理解はできた。ユウの懸念は、エルが第二のパンドラと化さないか、ということだ。

 そうならない、という保証が一体どこにあるというのか。バベルの攻略を妨害するパンドラに、廃棄物より湧いて出るシャドウ。もはやこの箱庭はループ序盤の混沌期もかくやの無秩序へと向かいつつある。今はまだ表には現れていなくとも。

 そんな中、エルが『前回』の管理者としての力を取り戻し、もし仮に転移者(プレイヤー)たちと敵対すれば?

 否、もとより管理者であるのなら、記憶さえ戻ればその可能性は充分にある。

 先ほどエルは、自分にはなんらかの目的があるのだと言った。しなければならないことが。

 それが、アーカディアの管理者としての本分……終わりなきループへ転移者(プレイヤー)という駒たちを進めることであるとすれば。

 そうなる前に。記憶を、目的を取り戻す前に。

 このあどけない少女を撃ち抜き、データの藻屑へと——


(馬鹿な! そんなのは、許されざることだ)


 今もエルはノゾミに頬を無限ぷにぷにされ、さすがに無反応を貫くのも難しいのか、「中止を要請」「理解不能」「自爆機能の使用を考慮」と嫌そうな表情で訴えている。

 話し方や振る舞いは独特だが、どう見てもそれはいたいけな少女だ。

 ゲームオーバーにするなど。撃ち殺すことなど、できるはずがない。彼女はまだ転移者(プレイヤー)たちを脅かす管理者などではなく、ただのエルだ。記憶を失い、行く当てのない哀れな少女に過ぎないはずなのだ。


「エルのことは〈サンダーソニア〉に任せるとしても、喫緊の問題はパンドラの方だな……70層以下にはもうモンスターさえいない。ろくにレベル上げもできない状態で、俺たちは100層まで登ってパンドラを倒さなきゃいけない」

「そもそも、PPを入手できない時点でやがては飢え死にです。その前に町でパニックが起こるでしょう」

「その辺が実質的なタイムリミットだね。まったく、パンドラも実に嫌な手を打ってくれる。『前回』の彼女ならこうも精力的には動かなかったものを……そういえば、このエルちゃんの落ち着きっぷりにはどことなく面影を感じるよ」


 ノゾミから開放されると、エルは周りで交わされる会話などどこ吹く風、我関せずという風体でソファに身を預けてぼうっとしている。

 確かに、記憶を失ったというのにこのふてぶてしさは落ち着いていると言えなくもない。


「なら、俺たちのやることはひとつだな。町が混乱に陥る前にバベルを攻略する。そして第100層のパンドラを倒す」

「なるべく迅速に、ですわね」


 アレンは顎を引くようにうなずく。

 誰も口には出さないが、タイムリミットと言うのならそれはもうひとつ存在する。アーカディアの治安の崩壊などよりももっと直接的な、世界の破滅が。

 デウス・エクス・マキナ。パンドラが操るという、『世界を終わらせる機能』を持った巨大な機械。

 それに命令が下されるだけで、今回のループは終了する。

 アーカディアのすべては暗黒の海に沈み、それから、65537回目のループが始まるのだ。

 その命令をアレンたちに止めるすべなどない。だから、そうならないことを祈りつつバベルを攻略する。

 ただひとつ、今この瞬間にそれが起こらないのはなぜなのか、という避けきれぬ疑問だけを残して。


「ともかく明日から具体的な作戦を練っていきましょう。今日はもう遅くなってしまいましたから、解散とします。エルの部屋案内もしないといけませんし」

「そうだな。エル、きちんとお礼を言っておくんだぞ」

「んー……お気遣い誠に痛み入ります」

「丁寧すぎますわね」

「キャラがつかめないなぁ……」


 陽が落ちる前に、アレンたちは〈サンダーソニア〉のギルドハウスを後にする。宿に戻れば後は夕飯を摂って寝るだけ。

 忙しない一日が終わり、そしてまた、やはり忙しない一日が始まるのだ。


 *


 早朝、一同は再び応接間に集う。

 シンダーの試算では、大多数の転移者(プレイヤー)のPPが底をつき、NPCから食糧を買えなくなり始めるまでおよそ四週間。しかし心理的な限界を迎えるのはそれよりも先だろう。


「二週間。それが町がパニックに陥るまでの、ぎりぎりのラインだと想定します」


 それも、いわゆる貧困状態にある転移者(プレイヤー)たちを〈サンダーソニア〉で救済したと仮定してだ。

 現在バベルの最前線は71層。そこから二週間で100層まで登り詰めるのだから、一日に二層攻略してもぎりぎり間に合わないくらいだ。


「くそっ、かなり厳しいぞ。カフカたち〈解放騎士団〉がもうちょっとがんばっててくれたらなー!」

「いやぁ、攻略面に関しては割とあれでもハイペースな方だと思うけどね……」


 アレンの難癖にユウが苦笑をこぼす。カフカがもういないのをいいことに言いたい放題だ。


「だけど、策はある。エックスデーを先延ばしにする秘策。と言えば聞こえはいいけど、まあ、苦肉の策ってのが実情かな」

「なにか考えがあるのか、ユウ?」

「ユウさまには先んじて相談を受けております。わたくしもよい案だと思いました」

「単純な話さ、森と……ああ、せっかくだ。アレンちゃんも考えてみるといい。なに、キミなら思いつくさ」

「は? なんだよお前、クイズのつもりか? ったく……」

「ハハ、いいじゃないかこういうのも。ほら、考えて考えて。一応ヒントを伝えておくと——」

「いらねーよ」


 昨日エルの座っていたソファで、アレンは顎に手をやって考え込む。

 プロゲーマーとしてのアレンの才能、『鷹の眼』は人並外れた思考速度を誇るが、それはあくまで局所的な情報を処理するのに適したもの。こうした大局的なことを考えるのは不得手である。

 ……のだが。


(ヒントなら、さっきユウが『森で』とこぼしていた。それで充分。森と言えば生息するティラノ、そしてシャドウだ。そしてここでの問題は、バベルを攻略する猶予の短さ。そのリミットは転移者(プレイヤー)たちの保有するPPの枯渇が定める……)


 頼れるチームメイトのいない世界で、マグナやカフカ、ネームレスのような強敵と戦ってきた経験のおかげか。アレンの才能は以前よりも、作戦立案のような大局的なタスクについても適応しつつあった。

 もっとも本人はまだ、その変化に気付いてはいなかったが。

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