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箱庭のアーカディア - FPSプロゲーマーの楽しい幼女生活、あるいは極限のデスゲーム攻略  作者: 彗星無視
第2章 21845/65535の黄金郷

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第69話 『旧友は厄災の影となりて』

 *


「————ッ!」

「あ……アレンっ、目が覚めた? よかった……」


 ぱちりと目を開いたアレンの視界いっぱいに、安堵を浮かべたノゾミの顔が広がる。

 どうやらノゾミに膝枕で介抱されているようだ。周囲に目を巡らせると、ユウをはじめとする仲間たちがアレンへの射線を塞ぐべく、密集して壁となってくれていた。

 起きた直後ではあるが、状況は理解できている。意識の混濁もない。


「ノゾミ。俺はどのくらい寝てた?」

「五、六秒くらいだよぉ。いきなり銃声がして、アレンが倒れて……」

「さして時間は経っていない、か。その間、追撃はなかったんだな?」

「その通りだ。撃つ隙がないわけじゃないと思うんだけどね」


 アレンの質問に、ユウが背中越しに答える。インベントリから取り出したポーションで回復をしつつ、アレンは身を起こした。


「あ、アレン、もう大丈夫なの? 頭を撃たれたんだから、安静にしてないとまずいんじゃ」

「ここはアーカディアだ、意識さえあれば動ける。まあ、まだこめかみの辺りはズキズキするけど……泣き言を漏らしてる場合じゃない。なにせ相手はマグナさんだ」

「えっ?」


 先の狙撃。それを行った狙撃手の正体については、起きた瞬間に理解していた。


「マグナ……〈エカルラート〉の? アレンちゃん、根拠を訊いても?」

「アレンちゃん言うな。まず追撃が来ない理由は、位置を変えているからだろう。銃声から狙撃ポイントを把握される懸念から、一発ごとにポジションを変える。狙撃手の基本だ」

「……なるほど、さすがプロゲーマー。知識としてスナイパーがそういうものだと知っていても、経験として身に染みていないとわからないものだね。だけど、それはありえないんじゃないかな」

「言いたいことはわかる。位置を悟られぬよう射撃のたびに移動する……そんな理知的な戦術はシャドウにはそぐわない。そういうことだろ」


 その通りだ、とユウは森の方向を警戒しながらも肯定する。今この瞬間にも狙撃を受けるかもしれない。緊張を強いられ、極限のストレスが精神をがりがりと削る。

 確実なのは、マグナという転移者(プレイヤー)は既にゲームオーバーになっていることだ。あの第12層の時計台で、アレンは確かにマグナが消えていくのを見た。旧友はアレンの道行きを肯定し、停滞していたその背を押して、粒子なって消滅した。

 ならば——仮に今しがたの狙撃がマグナによるものだとすれば、それはマグナのシャドウということになる。これが無言のうちにユウと共有している前提だ。

 ゲームオーバーの奈落から、そして廃棄物(ガベージ)の黒い水底から、理性を失いながら這い上ってきたスナイパー。アレンとはかつて〈デタミネーション〉でチームメイトの関係だったベテランのプロゲーマーであり、その対人戦闘の技術はアーカディアの中で唯一アレンに比肩しうるほど。


「簡単な話だ。あの人にとって狙撃技術に思考は要らない。本能のレベルにまで染み付いてるんだよ、遮蔽物の使い方や、撃ってから移動する戦術判断まで含めて」

「——。えーと、マジで言ってる?」

「大マジだ、あの人は元々直感派だからな。それに踏んできた場数が俺とは大違い……十年近くも競技シーンの第一線で活躍してるような怪物だ。そのくらいはやるだろう」


 新陳代謝の激しいFPSプロゲーマーの世界で、長年プロを続けることがどれだけ難しいことか。

 本人としては衰えを感じ、内心で自信を揺らがせていた。一線を退く決心ができない苦悩を、あの第12層でアレンは本人から聞き及んでいる。

 しかし、だとしても。アレンにとってマグナは戦友であり、未だそびえる巨大な壁であり続ける。


(もっとも『二色領域の支配者バイカラー・ドミネーション』のユニークスキルがあれば、移動に時間をかけることもないはずだが。発動条件である壁面がこの森では得られない……というよりは、これまでの傾向を見るにそもそもシャドウにユニークスキルは使えないって線の方が濃厚か)


 自我のない亡者と化してなお狙撃技術を損なわぬ者。そんな人間がこのアーカディアで、マグナのほかにいるわけもない。

 姿が見えずとも、敵の正体はアレンにとって自明である。


「やるだろう、って。ど、どうしようアレン、このまま固まってても場所を変え終えたらまた狙撃されるんだよね!? なんとかしなきゃ!」

「心配するな。しょせんはシャドウ、本物のマグナさんじゃない。なら打つ手はある」

「さっすがアレン、だと思った! じゃあどうすればいいか教えてっ!」

「……ノゾミ、お前、初めから思考を放棄してただろ」

「だってアレンが作戦考えた方が絶対うまくいくし……」


 てへ、と舌を出す。アレンは呆れてため息をついた。


「信頼してくれるのは結構だが、もうちょっと危機感をだな……ああ、もういいや。作戦の鍵はノゾミだ。俺に任せたんだから、しっかり頼むぞ」

「え? わ、わたし?」

「みんなもいいか? 作戦を話しても」

「〈エカルラート〉のマグナ……もしやと思っていましたが、やはりアレンさまと同じ〈デタミネーション〉のマグナさまでしたのね。なら、相手を知るアレンさまにお任せするのが上策だと存じます」

「団長がそうと決めたんなら、おれに異存なんてありませんよ」

「うーん、僕は聞いてから判断しようかな」


 ひとりだけ微妙に賛同していないやつがいたが、声色から冗談交じりだったのでアレンは無視して目算を伝えた。

 いつ次弾が飛来するかわからない。なるべく手短に、しかし情報の欠落は最小限に要点を告げる。


「……なるほど。シンプルですが効果的です」

「状況の優位性を活かす、か。初手の動き出しが肝心になるね……よし、そこは僕が担おう」

「いいのか? ほとんど囮同然だぞ。いくらユウでも、狙撃に対してダメージ無効のユニークスキルのタイミングを合わせるのは難しいはずだ」

「確かに難しいけど、百回に一回くらいは成功するかもしれないよ? どうせ僕が攻撃に参加しても大した意味はないしね。かといってノゾミ君の代わりを務めるのも不可能、だとすれば囮で上等だ」

「わかった。悪いな」

「いいさ。〈エカルラート〉の一件、本物のマグナへの対処はアレンちゃんに丸投げだったしね」

「俺らがミスったら、たぶん最初に被弾するお前が真っ先に仕留められるけど……」

「あの、もう了承してるんだからそういう不安になりそうなこと言うのやめてくれない? やっぱナシにしていい?」


 いいわけもなく、静かに作戦が開始する。小声でアレンが合図を発し、一行はばらばらに散らばり始める。

 鬱蒼とした森の中は、言うまでもなく狙撃手の庭。木々や生い茂る葉に姿を隠し、猟犬は獲物を狙い撃つ。

 理性なき影にとって標的を選別する基準はごく単純。本能のまま、最も危険度の高い者を優先して撃ち抜く。よって銃声は、草を分けて愚直に駆ける先頭の男に轟いた。


()ぁ——ッ、やっぱり狙撃にタイミング合わせるとか無理! ムリムリムリだよコレ! 絶対ムリ!」


 思い切り被弾したユウは着弾箇所の肩を抑え、手近な茂みへと転がり込む。まだ頭を撃ち抜かれなかっただけ幸運だろう。


「ありがとうございます、ユウさんの尊い犠牲は忘れません……! 『ゴーストエコー』っ!」

「いやまだ死んでないよ僕。それカフカの時もアレンちゃんが言ってたよね? キミたちホントに仲いいね?」


 直後、ノゾミが銃声の方向に向けてユニークスキルが発動し、森の闇を暴くように白い実線が駆け抜ける。地形の起伏、並び立つ幹の陰、複雑に絡み合う枝葉や足元を埋める下草の隅々に至るまで、グリッド線が精査する。

 そうして、約20メートル先。効果範囲のぎりぎりで、岩陰に身を隠すシルエットが浮き彫りになった。

 遮蔽物の裏にいる敵の姿を浮き彫りにする、ウォールハックのユニークスキル。FPSプレイヤーであれば一目で有用性を理解できる稀有な力。


「そこか……! 『ブラストボム』!!」


 現れたシルエットを目視した瞬間、アレンもユニークスキルを使用する。手に現れた火球を跳躍しつつ足元に投げることで、自ら爆風に巻かれて前方へと吹き飛ぶ。

 自爆による高速移動。頭上の枝葉を飛び越え、逃げられる前にアレンは敵へと肉薄する。

 あの傑作一人称パズルゲームのようなユニークスキル、『二色領域の支配者バイカラー・ドミネーション』がない以上接近戦に持ち込まれた際の打開策は存在しない。近づきさえすれば、アレンの絶対的有利!

 風を切る飛行の中、アレンは浮き彫りになったシルエットを岩陰越しではなくその目で捉える。


(——やはり、シャドウ!)


 コートを着こんだ大男。手にはボルトアクション式のスナイパーライフル。そしてそのなにもかもが漆黒に覆われている。

 顔かたちが不明でも、見知った相手の姿を間違えるわけもない。体格からしても間違いなくアレンの知るマグナだ。

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