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箱庭のアーカディア - FPSプロゲーマーの楽しい幼女生活、あるいは極限のデスゲーム攻略  作者: 彗星無視
第2章 21845/65535の黄金郷

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第67話 『シャドウ』

「まーっ、ま——ママ! ママッ! たすけて、たすけて! ママ——!! マーッ、たすけ、マァ————」

「吹き飛びなさい! 『ハイドロ・ハリケーン』ッ!!」


 支離滅裂に叫びながら、関節の可動域や常人の膂力を完全に無視し、嵐のごとく斧を振るう影。その暴風ごと打ち破るように、シンダーがユニークスキルを解放する。

『トリアイナ』——三又に分かれた銀の槍先が光を帯び、怒濤のごとき水流を放つ。アーカディア全土の中でも有数の破壊力を備えたそのスキルは、得物もろともに黒い人影を吹き飛ばす。影は数メートル先の太い樹木の幹へとその背を強打するようにしてようやく止まった。


「ナイスだ、シンダー! 喰らえっ……!」


 そこへ、隙を逃さぬアレンの射撃。銃という離れた敵を攻撃できる武器だからこそ叶う追撃だ。

 そしてたかだか十メートル足らずの距離を、プロゲーマーが外すわけもない。三発立て続けに発砲し、すべてが黒い影の頭部を撃ち抜く。

 影は、悲鳴も漏らさずぐったりとその場に倒れると、モンスターと同じように——あるいはゲームオーバーになった転移者(プレイヤー)たちと同じように粒子となって消えた。

——レベルが33になりました。

 アレンの頭蓋の中で、抑揚のない声が響く。あの第70層で耳にした、パンドラのそれと原型を同じくしたシステムボイスだ。


「レベルが上がった……PPもドロップしてる。じゃあやっぱり、モンスターだったのか……?」


 戦闘が終了しても疑問は消えないまま。アレンは虚空に指を滑らせてステータスウィンドウを呼び出すと、そこに記されているPPが増加していることを確認する。


「すんません、団長。不覚を取りました」

「謝らずとも構いません。わたくしも反応が遅れて……いえ、反省は後にすべきですわね。今の『黒い影』は一体なんだったのか、今考えるべきはそこです」

「……さっきのレッドティラノ。もしかして、今の『黒い影』から逃げてきたんじゃあないのかな?」

「えっ? それって、モンスター同士で争ってたってことですか?」


 何気ないノゾミの疑問。それを耳にした瞬間、『鷹の眼』の中で点と点がつながった。

 ユウの推察は正しい。先に現れたレッドティラノが一発で倒れたのは、手負いだったということにほかならない。このアーカディアで外傷が存在しないのはなにも転移者(プレイヤー)だけではなく、モンスターも同じだ。ゆえにダメージを負っていても見分けるすべはない。

 つまり、あの影とレッドティラノが戦い、不利を察したレッドティラノが逃亡を図ったのだ。


「シンダー。モンスターとモンスターが争う前例って、あるのか?」

「ありませんわ。そんな話は聞いたことがありません」

「僕もないね。『前回』含めて、だ」

「わたしも……騎士団にいた時は前線で攻略する人たちと話す機会もあったけど、そんなの知らないよ」


 前例はない。ひょっとすればバベルのモンスターと違い、森にいるレッドティラノ特有の縄張り意識のようなものがあるのかもしれないが——

 そうでないのなら。


「……モンスターじゃなく、転移者(プレイヤー)に近い」


 経験値とPPを落とすのは、なにもモンスターだけではない。『クラウン』による支配を目論むカフカを倒したあの時、アレンのレベルは一気に上昇した。そして後で確認したところ、おそらくカフカが所持していたPPも獲得していたのだ。

 インベントリのアイテムまでは頂けなかったが、その経験値とPPは、モンスターを倒した時と同じくアレンにドロップした。


「プ、プレイヤーに? ありえません。だって、今の影には転移者(プレイヤー)IDがありませんでした」

「ああ、だからあくまで転移者(プレイヤー)に近いってだけで、転移者(プレイヤー)そのものではない。……そうだ、だからモンスターよりも転移者(プレイヤー)に近く、そして転移者(プレイヤー)よりも——」


 アレンの頭の中で、容貌を窺わせない黒い人影と、少女のシルエットが重なる。その少女は流れるように癖のない黄金の髪とスカイブルーに似た双眸を持ち、左耳には黒い小型のインカムのような機械を着けていた。


「——ネームレスに近いんだ」

「……っ!?」


 名無し(ネームレス)廃棄物(ガベージ)の海、その水底より引き揚げられた、第46666回目の『アレン』の複製存在。

 人の姿をしていながら転移者(プレイヤー)IDを持たないという点において、ふたつは一致しているのだ。


「アレン、もしかして心当たりがあるの? 今の影の正体に」

「ああ。この目で見たことはないが——森の先にはアレがあるだろう」

「アレ?」

「思い出してくれ、初めに俺に教えてくれたのはノゾミだろ。街は平原に囲まれ、平原は森に囲まれ……そして森の先には、黒い海が広がっている」

「あ……!」


 それこそが廃棄物(ガベージ)の海。あらゆるデータ、転移者(プレイヤー)やモンスターやアイテムの類まで、デウス・エクス・マキナを除くこの箱庭のすべてが輪廻のたびに行き付く墓場。

 アレンの話を聞いて、シンダーの表情が険しさを増す。


「今しがたの『黒い影』——便宜上シャドウとでも呼びましょうか。シャドウは森の先にある、このアーカディアを囲う黒い海からやって来た。アレンさまはそう言いたいのですね」

「そうだ。ネームレスによれば、ループによるデータの廃棄によってその海は水かさを増す。そこに消えていった転移者(プレイヤー)のデータが、なんらかの要因で形を成して動き出した。そうは考えられないか?」

「荒唐無稽な仮説、と言いたいところですが……人としての意識や習慣がわずかに残っているというのなら、人語を話しながらも会話が成立しないあの狂態にも説明が付きますわね。しかし、そうなると……」

「なにか懸念が?」


 考え込むようなシンダーに対し、そう声をかけたのはユウだ。〈サンダーソニア〉の主は顎を引くようにうなずき、ギルドハウスに残してきた孤児たちを思い浮かべているのか、遠くを見るような眼差しで言う。


「サクの一件を覚えていますか? 森にいたはずのレッドティラノがなぜか平原にいた……あの謎は解けずじまいでした。ですが先ほどのレッドティラノのように、サクたちを襲ったあの個体も、森にいるシャドウから逃れてきたものだとすれば」

「そういえば、確かに平原にティラノがいた謎は残ってたな。けど、この森は平原の四方を囲う大きさだぞ。たまたまあの時のティラノもシャドウに遭遇していた確率は低い——」


 そこまで言ってから、アレンはシンダーの意図に気付き、息を呑んで言葉を区切る。

 そして苦虫を嚙み潰したような、あるいは砂糖が一粒も入っていないコーヒーを口にした時のような苦々しい顔でうめくように言い直す。


「——シャドウが複数体いる。そう言いたいんだな、シンダー」

「その通りですわ。サクたちが遭遇したティラノを平原に追い出したシャドウ、シルヴァが話を聞いたパーティを襲ったシャドウ、そしてわたくしたちが今しがた戦ったシャドウ。そのすべてが別の個体。確率的な話をするのであれば、まず考えるべきはその線ではないでしょうか?」


 転移者(プレイヤー)IDを持たず。正気を持たず。会話の意思を持たず。支離滅裂な言動で人を襲う黒い影。

 ……まるでバグだ。輪廻のたびに廃棄物を増やしていく箱庭は65535回もの崩壊と再生を実行し、膨れ上がった歪みはいよいよ、これこのように形を成した。


「どうやら奥地に踏み入って確かめるしかなさそうだね。もしほかにもシャドウがいるのなら、バベルのモンスター枯渇によってこの森を訪れるであろう転移者(プレイヤー)たちの危険は計り知れない」

「行くしかなさそうだな。充分に気を付けていこう」

「うぐ……見たいような、見たくないような」

「怖気づいているのですか? シルヴァ。貴方らしくもない」

「いやあ、どっちかってとおれらしいって思いますけどね……ま、でも行きますよ、ここまで来たら。騎士団がなくなった時、こっちも腹ぁ括ってるんで」


 先ほど斬られた腕をさすりつつ、シルヴァは表情を引き締めた。

 転移者(プレイヤー)か、モンスターか。正体を見極めるべく、一行は森の深きへ足を踏み入れる。

 植物の多さに由来する湿気が肌にまとわりつく。それはひんやりとした温度を帯びていた。

——まるで幽霊の手にでも触れられているようだ。

 縁起でもないことを思いつつ、アレンは顔の高さに突き出ている枝葉を払いのけ、進んでいく。

 転移した時は感じなかった、この森特有の冷気のようなものを今のアレンは感じ取っていた。


(……記憶違いでなければ、実際に気温が下がっているようだ。だがアーカディアに四季があるとも思えない。さらに言えば……)


 転移直後、この森は暖かな木漏れ日が差し込み、鳥の声が遠くで響いてくるような、そんな場所だったはず。しかし今はどちらもない。空気は冷たく淀み——鳥の声などまったくしない。

 本当に、まったくないのだ。生命の気配そのものが。

 この森の冷たさは、命が絶無であるがゆえの冷たさだ。


「森が、死んでいるみたいだ。こんなにも緑が茂っているのに」


 ユウがつぶやく。言い得て妙だとアレンは思った。

 まとわりつく湿った冷気と、警戒を保ち続けることによる疲弊が精神を苛む。

 それでも木々の合間を抜け、下草を踏み越えていくと、唐突に視界が開けた。


「——」


 一面の黒。地に大穴が空いていると錯覚しかねないほどの、暗黒の水面(みなも)

 そこが目的地であるアーカディアの最果て、ネームレスが廃棄物(ガベージ)の海と呼んだ場所であると、誰もがすぐに気付いたはずだ。

 だが、全員が声を出せずにいた。その海には音もなく波もなく、世界そのものが静止してしまったかのように佇んでいる。

 それこそこの海が死の巣窟であるという証明だ。生とは時間とともにあるということであり、ならばすべては移りゆく。ただ時の河に流されるだけの一方向の遷移を、万人は人生と呼び、好き放題な脚色で意味や意義を仮託する。

 そして、死だけが停滞する。否、停滞こそが死であるのだ。


「ここが……廃棄物(ガベージ)の海。ループの墓場——」


——ネームレスも、この中から引き揚げられたのだ。

 もっとも本人曰く、それは感覚的な話であって、実際はこの海に散るデータを元に再現されたコピーのようなものらしいが。


「見晴らしはよくなったってのに、森の中より息苦しい気がしますねえ。しっかし、シャドウの姿はどこにも見当たらないな」

「そうですわね。もちろん、いないのであればそれに越したことはありませんが……」

「……残念ながら。シンダー君、キミの懸念が的中したみたいだ」

「え?」

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