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箱庭のアーカディア - FPSプロゲーマーの楽しい幼女生活、あるいは極限のデスゲーム攻略  作者: 彗星無視
第2章 21845/65535の黄金郷

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第56話 『足元の夢』

 仲間たちとともに、アレンはバベル攻略に全霊を尽くす。その先に待つ願いの実現のために。


「それが間違いだと言っている。ああ、やっぱりお前はなにもわかってないんだな。せっかく手放した夢をもう一度取り戻した。最悪だよ。俺にとってお前は、心底から度し難い偽物だ」


 その夢を、同一人物であるはずのネームレスは否定する。

 昏い、感情の沈殿した(あお)の瞳に炎が宿る。それは黒々とした、怒りや憎しみを薪として燃え盛る火だ。

 そう、ネームレスはアレンを憎んでいた。研ぎ澄まされた刃物のような殺意を前に、そうと気付かぬアレンではない。

 しかし根本を同じくするというのなら、それは鏡に映る者を憎むようなもの——


「——誤った選択、過った人生はここで正す。踏みつぶしてやるよ。その稚拙な夢もろとも」

「お前……っ!」


 ゆっくりと教卓の前から離れるネームレス。掲げられたその手が緩く、なにもない空間をにぎるように動く。まるで虚空からなにかを手繰りよせるかのように。

 二者の立つ教室に、突如として張りつめた空気が満ちる。殺意はより鋭く、鋭く、そして冷えていく。世界そのものが凍り付いたようにアレンは錯覚する。

 そうして、戦端が開かれた。


「——来いッ、『キングスレイヤー』!!」

「来い、『キングスレイヤー』っ——!」


 アレンがそれを手繰り寄せたのはまったくの同時。

 同じタイミング。同じ顔の二者は、やはり同一の銃をその手に現した。


(こいつもキングスレイヤーを? 『前回』の俺は、ユウにボーナスウェポンを渡したんじゃなかったのか!?)


 アレンのインベントリには、今しがた手ににぎったものとは別に、もう一挺のキングスレイヤーが存在する。ユウから返還されたものだ。

 だがネームレスもまた、確かにキングスレイヤーを呼び出した。

 三挺目のキングスレイヤー、それがなにを意味するのか。考える余分などアレンにあるはずもなかった。


「自分から距離を……!?」


 このままいくつかの机を挟み、教室の端と端で撃ち合う銃撃戦になると考えたアレン。だがネームレスは意外にも、自ら距離を詰めてきた。

 並べられた机の合間を縫うように、一足飛びに接近。アレンは銃口を跳ね上げ、迎撃を試みようとする。だが引き金を引くより先に、ネームレスの空いた左手がアレンの銃身を横から弾いた。


(射線を読まれた——)


 銃撃戦のセオリーを無視した至近距離での駆け引きに、アレンは一瞬困惑し、対応が遅れたのだ。互いに手が届くほどの距離で、今度はネームレスが銃口を向ける。


(——だが、俺にも読める!)


 しかしその瞬間にはアレンも適応できている。相手の手が届くということは、自分の手も届くということ。今後は逆にネームレスの挙動を察知し、射線をかいくぐるように動く。

 銃声。アレンのすぐそばを弾丸がかすめ、金糸のような髪を幾本か攫う。

 アレンは弾かれた腕を戻し、再度照準を合わせる。だが引き金を引く前に、ネームレスは足の間に割り込むように踏み出し、銃を持つ方の腕でまたしてもアレンの銃を弾く。

 向けられる銃口。アレンは反射的に、そしてあらかじめわかっていたかのように、その手をはたき落とした。


(そうか……同じ才能。そして同一人物)


 それは有効射線を奪い合う、目まぐるしくも舞踏めいた銃撃戦だった。

 優位性、ポジションの競い合い。息が届くほどの近距離で、相手の射線を妨害し、自らの射線を通そうとする。この繰り返し。

 セオリーを外れたふたりの戦いは、同じ容姿も相まってまるで鏡と踊るようだ。

 しかしこうなるのは必然と言えた。


「わかっちゃいたが、まるで千日手だな。俺たちは同じ性能(スペック)なんだ、当然と言えば当然か」


 ネームレスの唇が皮肉げに吊り上がる。

 二者は同じ『アレン』だ。ならば、互いの手の内など知り尽くしている。照準を合わせる速度、動き方の癖、得意とする射線の組み方、なにからなにまでわかっている。

 当然、『鷹の眼』についても。

 人並外れた情報処理能力を持つ者同士が、互いに手の内を知悉(ちしつ)していればどうなるか?

 その答えがこれだ。いみじくもネームレスが千日手にたとえたように、その戦いは敵が打つ手を読んで行うプロの棋戦じみた様相を呈する。


「だが、こちとらもう正規の転移者(プレイヤー)じゃないんでね。パンドラのやつに与えられたチートだろうがなんだろうが、使えるものは使ってやるさ。——演算開始」


 銃撃の合間、ネームレスが自身の左耳に手を添える。そこにはアレンに見覚えのない、黒いインカムのような機械。

 誰かとやり取りをするためのものかに思われたそれは、その実、まったく別の用途があるようだった。細い指がその機械の表面に触れ、スイッチを押下する。


「さあ、いくぞ偽物。『アレン』なんていうプレイヤーの痕跡ごと、ここですべて消し去ってやる」

「くっ!?」

「遅いな」


 再び動き出したネームレスがアレンに銃を向ける。先の再演のように、アレンはそれを弾き、自らの銃を跳ね上げ——

 上げられない。銃身がネームレスの手で前もって押さえつけられている。ならばとアレンは身をひねり、銃身の抑制から逃れつつネームレスから一歩遠ざかる。これで銃を押さえつけるような真似はできないはずだ。


「なに……!?」

「あぁ、遅い——思考が遅い。それが人の限界なのか……あるいは赤梁連(おれ)の限界なのか。今となってはどうでもいいことだな」 

 

 改めて銃を構えようとしたアレン。その眼前には、先に銃を構えるネームレスの姿があった。アレン自らが距離を開けた今、その銃の撃鉄が降りるのを止めるすべはない。

 ネームレスは、アレンがやりたかったのとまったく同じことを、アレンよりも一手早く行った。

 発砲——アレンの肩に激痛が走り、視界の端でHPバーが目減りする。


「うあっ——!」


 弾丸を受けたアレンが後ずさる。ネームレスは追撃せず、嗜虐的な笑みに桜色の唇を歪める。

 余裕を誇示するようなネームレスをにらみつけながら、アレンは先の攻防について考える。耳に装着した機械、あれがなんらかの作用を及ぼしたのか。

 しかし、ネームレスの動き自体が素早くなったわけではなかった。『クラウン』のように、ステータスそのものにバフがかかったり、超人的な反射神経が身に着いたわけでもない。

 変わったのは読み合いの精度だ。同じ性能、互角だったはずの読みにおいて、アレンは上をいかれた。


「痛みを以って思い知れ。自らの過ちをな」

「過ち……過ちって。プロに復帰するのが間違いだってのかよ? どうせ無駄だから、またフランボワーズに負けるから諦めろって、そう言いたいのか?」

「あ? 察しの悪いやつ……ああくそ、面罵すると自虐になっちまうな。もっと抜本的な話だ」


 舌打ちをひとつ。それからネームレスは床を見下ろし、アレンたちの戦いで蹴散らされ床に倒れた机を起こす。その上にひょいと座り、教室すべてを示すように片腕を広げながら言った。


「なんで俺がこの第70層を中学の教室にしたか、わからないのか?」

「……わからない」

「ばかが!」

「だからブーメランになるだろそれ……」


 アレンは油断なくネームレスを見据える。ネームレスはアレンに自らが言うところの『過ち』を説明してくれるらしい。だがそれは一時の休戦であり、説明が終わればまた戦闘が再開するだろう。


(この隙に……状況の分析を。そして、打開の手を考えるんだ)


 あるいはその思考すらも、同じ『鷹の眼』には筒抜けなのか。だとしてもだ。


「お前の失敗はな、プロゲーマーへの復帰を志したことじゃない。ましてやフランボワーズに負けたことでもない。この教室から逃げ出したことだ」

「逃げ出した……中学の、この教室から」

「忘れたわけじゃないだろう。お前がFPSゲーム、『オーバーストライク』にのめり込むようになったきっかけを」


 今一度、アレンは教室を見渡す。見覚えのある、中学の頃の……具体的には中学二年生の頃に通っていたクラスだ。もっとも掲示物や本棚に置かれた本など、詳細には再現されていないようだったが。


「細かいところは、正直覚えてない。でも確か、些細なことでクラスメイトと喧嘩をしたんだ」

「そうだな。まあ、俺も細部までは知らない。そもそも大本の記憶が同じなんだから、お前がわからないことは俺もわからないし、俺が知らないことはお前も知らない。過去についてはな」


——確か、流行りのゲームを持ってないせいで仲間外れにされたとか、そんなことだったはずだ。

 それだけならよかったが、誰かがそんなアレンを揶揄したのだ。いじめと呼ぶにはいささか大仰な、それでも礼を失したからかい。

 そこでアレンはきっと、対処を誤った。売り言葉に買い言葉、幼い諍いの果てにアレンは相手を殴りつけ、怪我を負わせてしまった。

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