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第47話 『自称プロの幼女は信用を得がたい』

 二周目であるユウによれば、頂上付近のバベル、特に第90階層から先は出現するモンスターも尋常ではない強さを持つ。マグナもカフカもいない今、対人戦であれば間違いなく転移者(プレイヤー)最強のアレンだが、モンスター相手となると苦戦は強いられるだろう。まずもって必要なのは頭数なのだ。

〈サンダーソニア〉の協力は是が非でも取り付けたい。バベル攻略のためだけではなく、〈解放騎士団〉がなくなって現実に戻れるのかと不安がっているであろう多くの転移者(プレイヤー)を、『騎士団がなくとも〈サンダーソニア〉がある』と安心させるためにも。

 だがそんなアレンたちの思いとは裏腹に、シンダーの態度にはまるで取り付く島がない。


(どうする……交渉術なんて専門外だぞ)


 こんな時、チームメイトがいてくれれば。かつての〈デタミネーション〉のチームメンバー……冷静沈着なリーダーのCordierite(コーディエライト)や慇懃な執事のようなUnsung(アンサング)の姿がアレンの脳裏をよぎる。

 けれど、この場にいるのはアレンだ。自慢の『鷹の眼』——情報の取得とその処理、そして判断までもを人並外れたスピードで行う特異な才能も、Noと答える相手にYesを言わせることはできない。

 難しい表情になるアレン。そこへ、シンダーの方から視線を向けられる。


「アレンさま? なにやら固い顔をされていますが……ああ、ミルクをご所望でしょうか。お子さまにブラックは早すぎましたわね」

「む……お気遣いどうも。けど俺は今年で十七だ、子ども扱いはやめてくれ」

「え? 十七というのは一体……なにかの冗談でしょうか?」

「俺としても冗談であってほしかったよ。どういうわけかアーカディアに来てからこんな体になっちまった、SEABED(シーベッド)のセットアップは正常だったのに。信じてくれないかもしれないが、本当の話だ」


 アレンの返答にシンダーは言葉こそ発さなかったが、「まさか」という三文字が顔にありありと書かれていた。

 荒唐無稽な話だ。アレン自身にも原因が不明なのだから、困惑するのも無理はない。

 これ以上の説明は捨て置き、アレンはカップとともに運ばれてきた卓上のシュガーポットへと手を伸ばす。


「え、お砂糖は入れるんですのね……」

「ん? なにか言ったか」

「アッいえなんでも」


 そうして取り出した角砂糖を、アレンは自らのカップへと入れる。

 ぽちゃん。

 ぽちゃん。ぽちゃん。

 ぽちゃん。ぽちゃん。ぽちゃん。ぽちゃん。


「————ッ!? ……っ、っっ?? ——ッ!!?」


 アレンは角砂糖を七つ投下した。恐ろしいことに、客人の立場なのでこれでも遠慮をしているつもりだった。本調子のアレンであれば一桁では済まない。

 

「出た、アレンのハイパー甘党……! ギルドハウスでもお構いなし……!」

「糖尿病にだけは気を付けてほしいよね、ホント」


 眼前でティーカップに角砂糖が七つ立て続けに投入された光景を受け入れられないのか、長いまつ毛に飾られたまぶたをしばたたかせるシンダー。はっきり言って異常者の域にあるアレンの甘党っぷりに初見で動揺を隠すことは、さしもの〈サンダーソニア〉ギルドマスターでも不可能だったようだ。

 そして。その動揺を、つけ入る好機であると目ざとく捉えたのか——

 ユウはカップに手を付けず、改めて切り出した。


「どうか考え直してほしい。騎士団のなくなった今こそ、バベルを攻略しなくちゃならないんだ。アーカディアにあの混沌が再び訪れてしまう前に」

「……貴方も混沌期を見てきた転移者(プレイヤー)ですのね。ええ、貴方の懸念は理解できます。それに、どうやったのかはわかりませんが、昨日はギルドハウスの火災からすんでのところで助けていただいたのも事実。引き受けたいところですが——」


 シンダーは一度、手元のカップに目を落とす。まさしく混沌を湛えるような黒いコーヒーの表面。


「——〈サンダーソニア〉は、もとより戦闘行為に自信のある団員が集うギルドではありません。ゲーム世界に閉じ込められ悩み苦しむ人たちや、頼る親のいない転移孤児たちの助けになりたい……そんな穏やかで、心優しい方たちの集いなのです」


 今一度訪れかねない混沌期のパニック。それを防ぐには、騎士団なき今こそ立ち上がり、バベルを攻略するほかない。

 そんなことは彼女とてわかっている。しかし人の上に立つ彼女には、また別の懸念が見えているのだ。


(ジレンマだ。街の人々を守ろうとすることは、ギルドメンバーを危険に晒すことになる……)


 アレンもまた、シンダーの葛藤を覗かせた表情からその景色に理解が及んだ。

 彼女には立場がある。団員と、ギルドで保護する転移孤児たちを守るという大切な立場が。


「そうだろうね。積極的に戦う意志のある転移者(プレイヤー)は、初めから〈解放騎士団〉に入っている」

「その通りです、ユウさま。〈サンダーソニア〉は争いを好みません。騎士団の代わりにバベルを攻略しようにも、戦力となる転移者(プレイヤー)はそう多くはないのです」

「ああ、わかっているとも。だから、その戦力を完全に補うことのできる彼……彼女? えーと、アレンちゃんを連れてきたわけさ」

「おい。そこで迷うな。彼でいい、俺は男だ」

「そう、そしてプロゲーマー。それも戦闘において最も頼りになる、凄腕のFPSプロゲーマーさ! どうだいシンダー君。弱気になるのはアレンちゃんの銃の腕を見てからでも遅くはないんじゃないかな?」


——説得のダシに使う予定なら最初から言ってくれ。

 アレンはそう思ったが、水を差さぬよう口には出さないでおいた。


「凄腕のFPSプロ……もしや、『鷹の眼』のアレン? 〈デタミネーション〉の?」

「おっ、知っててくれてるのか、俺のこと。そうだよ、『オーバーストライク』でプロだったアレン。復帰予定だから応援よろしくな」

「はあ、応援はしますけれど……ですが、貴方」

「——?」


 アレンの推察通り彼女は隠れゲーマーだったのか、プロとしてのアレンを知っているようだった。しかし、アレンを見つめるその橙色の瞳には、どこか疑るような感情が浮かんでいる。


「幼女では……?」

「だからなっちゃったんだって……! 本当はこんな見た目じゃないんだよ!」


 毎度のことながら、見た目のせいで信用を得られないアレンだった。

 自称プロゲーマーの幼女に対し世間は冷たい。疑いを露わにするシンダーの視線に、アレンは悔しさから歯噛みすることしかできなかった。


「アーカディアに転移したとたん、子どもになる……前例のない話ですわね。孤児院を擁するわたくしたちでも、そんな話は聞いたことがありません」

「疑うのはわかります。でもでも、アレンの見た目ってアーカディアでもふつうじゃなくないですか? 金髪碧眼で、顔もすごく整ってて、ほっぺももちもちで……」

「ほっぺは関係ないだろ」

「確かに、ノゾミさまの言うことにも一理はありますわね。アレンさまは容姿を除けば味覚以外は子どもっぽくありませんし、その容姿も端麗——整い過ぎて不自然なほどです。まるで人形、作りもののような……」

「味覚以外も余計だ……!」


 アレンの顔をじっと見つめるシンダー。まっすぐ凝視され、どことなくいたたまれない気持ちになるアレンだが、なんとかこらえた。


「……そう、NPCに近い見た目な気がしますね。いえ、もちろんアレンさまは会話も流暢ですし、動作にもNPC特有の不自然さがありませんから、人間であることは疑いようもないのですけれど」

「NPCね。言われてみれば、そうかもな」

「ご気分を害されましたか? 失礼しました、出過ぎたことを申しました」

「いーよ、別に。俺だってなんでこんなことになったのかわからないんだ。いつか誰かが教えてくれればいいんだけどな」


 現状、その気配はなさそうだ。このアーカディアでただひとり、なぜか現実の肉体とはかけ離れた幼女ボディとなってしまったアレンは、その理由に対する疑問を棚上げするほかない。

 シンダーは判断に迷うように、形のよい顎に手をやりながら虚空を見つめて考え込む。


「〈デタミネーション〉のアレン……盤面を俯瞰し、常に相手の一歩先を読む比類なき『鷹の眼』。アレンさま、貴方が事実あのプロゲーマーその人なのであれば、確かに戦力の不足は補えるでしょう。戦闘面で騎士団に劣るわたくしたち〈サンダーソニア〉でも、バベルの攻略は現実味を帯びる」

「まあ、決勝戦じゃ〈ゼロクオリア〉にボコられて惨敗だったけどな」

「こらアレン、こういう時は素直に賞賛を受け取るものだよぉ。せっかくシンダーさんが褒めてくれたんだから」

「選手以外のスタッフがいない小規模なチームが、前回王者に挑むまで躍進したのです。充分に誇れる成果だと思いますよ——貴方が本物の『鷹の眼』なのであれば」

「……ずいぶん含みのある言い方じゃないか。そんなに俺の実力が疑わしいか?」

「ふっ。他意のあるように聞こえてしまったのでしたらごめんあそばせ。ですが、そのかわいらしい容姿でプロゲーマーを名乗るのであれば、実力を示す根拠が欲しいと思うのは当然でしょう?」


 赤い唇がつり上がり、嫣然(えんぜん)とした三日月形の笑みを形作る。

 アレンたちは息を呑んだ。


「ごめんあそばせって実際に言う人いるんだな……」

「ごめんあそばせって日常会話で聞いたの、わたし初めてかも」

「ごめんあそばせって現代でも使う人いるんだねえ」

「すみません、すこぶるどうでもいいところに全員で反応するのはやめてくれません?」


 シンダーは、ちょうど自身が率いるギルドの名が示す花と似た色を湛えた瞳でアレンを見据える。

 信用を勝ち取りたいのであれば、力を示せ。そう彼女は言いたいのだ。

 幼女になったせいで他者からの信頼がおしなべてマイナススタートなアレンだった。

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