第34話 『敵の敵』
「ノゾミ? ここにいたのか、いつの間に」
「僕がここに逃げるよう、キミを助けに入る前に言っておいた。さあ作戦会議といこう、いつまでもここに隠れていられるとも思えない」
先にいたノゾミが、アレンの顔を見てほっとした表情を浮かべる。
ばきばきとどこかで建物の崩れる音がする。逃げたアレンたちを探し、カフカがユニークスキルで手辺り次第に焼きはらっているのだ。
マグナ戦で使いそびれた最後のHPポーションを喉奥へ流し込み、一息つくとアレンはユウに碧色の眼差しを向ける。
「その前に、ユウ……お前はなんなんだ? カフカと戦う前にお前のことをはっきりさせたい」
「キミと同じ、プロゲーマーだよ。もっともジャンルは違うけれどね」
「プロゲーマー?」
「カードゲームのプロさ。最近は『マスタールーラーズビヨンド』っていう人気のデジタルカードゲームで活動してるんだけど……聞いたことない?」
「いや。そんなゲームは知らないな」
「なんだか絶妙に覚えづらい名前だねー。ホントに流行ってるんですか?」
「……どうして全人類が『マスラヨ』をプレイしてないんだろうね」
「キショい略し方するなぁそのゲーム」
本当に残念そうな声色で愚痴るユウに対し、アレンは気を許さぬ姿勢を崩さない。
素性が明らかになったところで怪しいのは同じだ。問題は現実でなにをしているかではなく、このアーカディアでなにを為そうとしているかなのだから。
「職業はわかった、ジャンルは違えど同業者ってわけだ——」
「アレンは引退してるけどね」
「——復帰する予定だ、茶々を入れないでくれっ。何者だろうが、作戦会議だなんて言われてもすぐに『わかりました』とはうなずけないな」
「僕を信用できない、か。一応訊いておくよ、理由は?」
「少なくともひとつ、お前は俺に嘘をついた。ユウ、お前は〈解放騎士団〉の人間じゃなかった」
「え……」
ノゾミが目を見開き、ユウの方を見る。
ユウはただ軽薄な微笑を貼りつけていた。
「それだけじゃない。あの路地でユウ、お前は確かに言った。『クラウン』が顕現しかねないと。あれが現れる条件はカフカ以外に知らないはずだ」
「『クラウン』……ああ。僕はカフカを止めるため、キミを誘導した。アレンちゃんなら〈エカルラート〉をつぶす確信があったからね、カフカの計画はおじゃんになる」
それもやはりおかしな話だ。出会ったこともないアレンのことを、なぜそこまで信じたというのか。
先ほど、アレンの持つユニークスキル、『ブラストボム』をなぜか知っていたことについても疑問が残る。
「ふぅ……無駄な時間は使いたくないけれど、まあ、これに関しては僕の落ち度だね。カフカの狙いが〈エカルラート〉との抗争に乗じた『クラウン』の顕現だということまではなんとか読めた。だけどまさか、こんな最悪のセカンドプランを用意していたとは。そこまで彼がイカれてるとは僕も思わなかった」
僕のミスだった。貼り付いた笑みを消し、ユウは悔やむような表情を覗かせて言う。
セカンドプランとは、リカにギルドメンバーを殺させ、そのリカを殺すことによる『クラウン』の顕現のことだろう。自身を信じてついてきた者たちを裏切る、確かに最悪のプランだとアレンは思った。
「お前は知っていたのか、カフカの狙いを」
「ある程度予想がついていた、といったところさ。〈解放騎士団〉に次いで勢力を持つのは〈サンダーソニア〉だ。アーカディアを支配するにあたり、『クラウン』の力でそこを壊滅させ、『クラウン』の有効時間である六時間が過ぎても支配ができるよう盤面を整えておく。そういう狙いだろう」
「『クラウン』の効果がいつまで続くかも知ってるの? そんなの……」
ノゾミがぽかんと口を開けていた。
やはり信用できない——ほとんど、アレンの中でそう結論は固まっていた。
なにせ信憑性がない。『クラウン』がいつまで顕現するかなど、実際にそれを手にした者を除いてわかるはずがない。だがアーカディアにおいて『クラウン』が現れたのは混沌期、騎士団と〈無彩行雲〉との抗争ただ一度のみのはず。
「お前はまた俺を誘導するのか? お前にとって都合のいい状況を作り、俺たちをカフカと戦わせるために」
「そこは否定できないね。結果的に今回の件もキミが頼りだ。カフカが『クラウン』を手にしてしまった以上、あれを止められるのはキミしかいない。口惜しいが、僕は戦闘はてんでダメだからね」
「なに? さっき、カフカのユニークスキルを食らってもピンピンしてたじゃないか。相当レベルは高いんじゃないのか?」
「いいや、レベル自体は高くないよ、46だ。あれは僕のユニークスキルでね、ダメージを触れているアイテムに肩代わりさせられるのさ」
「よ、46はかなり高い方の部類だと思うなー、わたし……」
「現時点ではね」
ユウはアレンたちに向け、手に持った一枚のカードをぴらぴらと振ってみせる。
「このボーナスウェポンにすべてのダメージを受けさせる。だから僕はノーダメージ。手品の種は案外単純だろう?」
「ボーナスウェポン……なのか? それが」
「驚くべきことにね。名を『アドバンテージ』……優位性、だなんてまったく皮肉な名前を寄こしてくれたものだよ。いくら僕がカードゲーマーだからって、これは流石にナイよねえ」
肩をすくめるユウにアレンは一瞬だけ怪訝な眼差しを向けたが、先の一幕から見ても、ここについては嘘ではないと判断した。
この一枚のカードこそが、ユウに与えられたボーナスウェポン。当然殺傷力は皆無に等しく、店売りの弱い武器の方がまだマシという始末。
だがそれでも、ボーナスウェポンであるのなら、耐久値を持たない不壊のアイテムである。
「せいぜいができて肉壁ってトコかな。僕はどれだけ大きなダメージでも耐えられるけど、こっちの攻撃手段がない。それに常時発動ってわけでもないからね、SPだって使う。プロゲーマーや『クラウン』を手にしたカフカと正面でやり合っても勝てる見込みはゼロだ」
「肉壁ねえ。だったらあの厄介なカフカのユニークスキル、お前が全部受けてくれるのかよ?」
「もちろん、そのくらいはするさ——さっきも言ったけれど、今回の件は僕の落ち度だ。とはいえあの超広範囲のユニークスキルをカフカは連発してくるから、すべてを防ぎきるのは現実的ではないだろうけどね」
「……そうだ、なんだあのデタラメなユニークスキルは。前にバベルで見たときはあそこまでじゃなかったぞ。オマケにあいつ、消費SPの関係で二回までしか使えないなんて大嘘ついてやがった」
「いや、どちらも『クラウン』のおかげだよ。『クラウン』はステータス向上のほかに、ユニークスキルの効果を強化し、さらに無尽蔵のSPをもたらす」
「はっ……!? チートじゃねえか、そんなの!」
「だよねえ、ハハハ」
笑いごとではない。またしてもユウを疑いたくなるアレンではあったが、少なくとも辻褄は合っている。
純粋にステータスを上げ、飛来する弾丸に反応できるほどに神経を強化し、ユニークスキルの効果を強め、SPまで無限にしてしまう。
もう完全にチートだった。BANしてほしいところだが、『クラウン』はアーカディア内部の純然たる仕様なのだから余計にタチが悪い。
「僕らに余裕がないのはわかってくれたかな。だからこそ、疑問が残るのもわかる、信じられない気持ちも理解できる。だけど——一度、これから数分の間だけでも、それらをすべて棚上げにしてほしい」
「う……むむむ……」
この男のすべてを信じることはできない。アレンの疑問はまだなんら解消していない。
平然と嘘をその舌に乗せ、状況を都合のいいようにコントロールしようとする。
カフカとなんら変わらない。
なんか喋り方も猫被ってたときのカフカとちょっと似てるし——
「アレン。わたしは、この人のこと信じてもいいと思う」
「ノゾミ……」
「確かに怪しいし、ヘラヘラしてるし、なんか喋り方も前のカフカさんとちょっと似てるけど——」
「あ、それ俺も思ってた。いっしょだな」
「あの、そういうことは本人の目の前で言わないでくれるかな? あと喋り方については完全に風評被害だよね?」
「——ユウさんがわたしたちを助けてくれたのは本当だし……あのまま戦い続けてたら、わたしもアレンもきっとゲームオーバーになってたよ」
疑念はある。しかし同時に、ユウがアレンたちを助けたのは事実だ。今だけでなく、ノゾミが攫われた時も。
「悪い人じゃないと思うの。今だって、カフカさんを止めようとしてるのは本当みたいだから」
「……敵の敵は味方、って言葉もあるか。そうだな、ノゾミがそこまで言うなら。この場はひとまずお前を信用することにする」
「ありがとうアレンちゃん。敵の敵、うん、その認識がちょうどいい。僕たちの関係はきっとそういうモノだ」
「けど、その前にひとつだけ言っておくことがある」
「ん——?」
どうせ八方塞がりなのだ。リスクがあるとしても、可能性に賭けるべきだ。
アレンはユウをじっと見つめ、釘を刺して言う。
「ちゃん付けをやめろ。今すぐ……!」
軽薄な協力者は返答の代わりに、暖簾を押したような表情を顔に貼りつけた。
その時、道の反対側の方で轟音が響き、遅れてかすかな熱風が三者を打つ。建物を更地にしてアレンたちを探しているカフカは、もうすぐそばにまで迫ってきていた。




