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【 終焉 】

 ここから始まるのは、先にアジ・ダハーカの牙がクルサの心臓に届く……


 物語だ。



 ガブッ――――!!!!!!!


「……っ」


 アジ・ダハーカの牙が、柔らかな胸を貫いた。


 心臓が、牙の内側で跳ねる。

 生きようとする最後の脈動。

 それが、潰れ、砕け、形を失っていく。


 命が壊れる感触が、喉の奥へと流れ込んできた。

 血の熱。鉄の味。――命の味。


 クルサの唇が、わずかに震えていた。

 まだ、何かを言おうとしていたのだろう。

 だが、声にはならなかった。

 牙の隙間から漏れた息は、かすかな震えとなり、やがて――完全に、途切れた。


【……】


 胸の奥が、異様に冷たい。

 空洞のように、何もない。


 この感覚――アンリマユ様を失った時に、初めて知った“喪失”に似ていた。

 なぜだ。

 なぜ、クルサなど……たった一人の人間を殺しただけで。

 なぜ、胸が――ここまで、冷える?


 これは……何だ?


 我はゆっくりと牙を引き抜き、クルサの身体を地へと降ろした。

 穿たれた跡から血が溢れ、静かな赤が土を染めていく。


 我は、その顔を覗き込んだ。

 恐怖ではない。

 怒りでも、憎しみでもない。

 ただ――ひどく、悲しそうだった。


【……】


 これで、終わったはずだ。

 脅威は消えた。

 スラエータオナと同じ力を持つ者を、我は、この牙で殺した。


 ズグ――――ッ


 音のない痛みが、胸を貫いた。

 鼓動ではない。

 肉体の痛覚でもない。


 もっと深く、“存在そのもの”が軋むような痛み。

 彼女の表情を見つめるほどに、その痛みは形を持ち、広がっていく。


 我には、この痛みを理解できなかった。

 そして――

 理解できないという事実が、恐ろしかった。


 その場から逃げるように、我は立ち上がった。


【何なのだ……この痛みは】


 クルサに穿たれた傷は、すでに癒えている。

 肉体は完全だ。


 なのに。


 胸の奥が、焼けるように痛む。

 重く、苦しく、息が詰まる。


【アンリマユ様……我は……これから、どうすれば……】


 答えは、なかった。


 だから我は――壊すことを選んだ。

 我はアンリマユ様の理想の世界を創り上げるために。

 それに壊せば、楽になる。喰らえば、この痛みも埋まる。


 そう信じるしかなかった。

 

 我は天へ吠えた。


【……いけ】


 号令とともに、異形たちが世界へ散った。


 ヘラクレスをはじめ、

 視界に映るすべての命を――喰らい尽くす。


 同時に……


 クルサのように、我を殺しうる者を求めて。

 クルサのように、我の心を揺らす者を探して。

 

 ・

 ・

 ・




 だが――



 

 ・

 ・ 

 ・



 誰もいなかった。




 一人も。



 どれほど喰らっても、胸は空虚のまま。

 どれほど壊しても、クルサの顔だけが、消えなかった。


 都市は瓦礫となり、

 文明は燃え尽き、

 海は沸騰し、

 大地は裂け、

 空は黒く沈んだ。


 最後の命が絶えた時、

 世界は――恐ろしいほど静かだった。


 やがて、地球は滅んだ。

 我の破壊に耐えきることができなかったのだ。


 何も残らない。

 完全なる空白。


 アンリマユ様の願いは、叶った。

 世界の破壊。

 我は、それを成し遂げた。


 これで、すべてが終わった。


 ……はずだった。


 しかし、

 

 主の願いを果たしても、胸の冷たさは消えなかった。

 我の心に残ったのは、たった一つの空白。


 クルサが見せた、あの悲しげな表情。

 主の願いを叶えても、それだけが――消えない。


 だから我は、壊し続けた。


 星々を砕き、異界を踏み潰し、他の神々を喰らい、

 この世にあるありとあらゆるものを破壊していった。


 だが、満たされぬ。


 壊しても、壊しても、

 痛みは深くなるばかりだった。



 アジ・ダハーカは、気づかないままだった。


 破壊しか知らぬ竜が――

 ただの人間であり、

 邪魔者であり、

 供物であるはずのクルサに――


 いつの間にか、

 心の底から惹かれていたことに。


 ……もう、何もかもが手遅れ。


 この世全てを破壊した竜は、

 アジ・ダハーカ自身の心も――同時に、破壊していた。



 世界は、消えた。


 星も、空も、海も、大地も――

 そして、宇宙ですら。


 命が営む音は途絶え、

 色彩はすべて白く濁り、

 無限の虚無だけが広がっている。


 その虚無の中を、

 アジ・ダハーカは一体で飛んでいた。


 羽ばたく理由はない。

 進む必要もない。

 止まるという概念さえ、すでに失われている。


 ただ、存在している。


 永遠に。


 竜の頬を、一筋の滴が伝った。


 熱くもなく、冷たくもない。

 意味を持たない水滴。


 アジ・ダハーカは、

 自分が“泣いている”ことすら知らなかった。


 それでも、涙は止まらなかった。


 ただ一体で、

 白い虚無の中を飛び続ける。


 ――泣きながら。


 もう、この世にはいない彼女を……思いながら。


 ずっと。

 ずっと。





 ずっと。


 ・

 ・

 ・ 

 ・

 

 この”物語”はこうして、幕を閉じる。


 

 【 終焉 】 完


 ・

 ・ 

 ・

 ・

 ・ 

 ・

 ・

 ・

 ・


 神話通りの結末……終末。

 神話とは逆の結末……終焉。


 ・

 ・

 ・

 ・


 これらは、

 ・アジ・ダハーカが死ぬか、

 ・クルサ―スパが死ぬか、

 の物語。


 ・

 ・

 ・

 ・


 しかし、アジ・ダハーカという名も。

     クルサ―スパという名も。


     神話通り。


 そして、この物語は……神話ではない。

 思い出してほしい。

 

 これは、オリオンとクルサの物語だ。


 ・

 ・

 ・

 ・


 ならば、良いではないか。


 ・

 ・

 ・

 ・


 両方が生き残る……そんな世界が、あったとしても。



 アジ・ダハーカではなく、オリオンが、

 クルサ―スパではなく、クルサが、



 そんな二人が、生きていく世界があったとしても。

 

……


 ここから始まるのはこれまでの物語があったからこそ、始まる物語。

 神話の結末を破壊した……

 オリオンとクルサの……

 物語だ。


……


 【 未来 】

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