【 終焉 】
ここから始まるのは、先にアジ・ダハーカの牙がクルサの心臓に届く……
物語だ。
*
ガブッ――――!!!!!!!
「……っ」
我の牙が、柔らかな胸を貫いた。
心臓が、牙の内側で跳ねる。
生きようとする最後の脈動。
それが、潰れ、砕け、形を失っていく。
命が壊れる感触が、喉の奥へと流れ込んできた。
血の熱。鉄の味。――命の味。
クルサの唇が、わずかに震えていた。
まだ、何かを言おうとしていたのだろう。
だが、声にはならなかった。
牙の隙間から漏れた息は、かすかな震えとなり、やがて――完全に、途切れた。
【……】
胸の奥が、異様に冷たい。
空洞のように、何もない。
この感覚――アンリマユ様を失った時に、初めて知った“喪失”に似ていた。
なぜだ。
なぜ、クルサなど……たった一人の人間を殺しただけで。
なぜ、胸が――ここまで、冷える?
これは……何だ?
我はゆっくりと牙を引き抜き、クルサの身体を地へと降ろした。
穿たれた跡から血が溢れ、静かな赤が土を染めていく。
我は、その顔を覗き込んだ。
恐怖ではない。
怒りでも、憎しみでもない。
ただ――ひどく、悲しそうだった。
【……】
これで、終わったはずだ。
脅威は消えた。
スラエータオナと同じ力を持つ者を、我は、この牙で殺した。
ズグ――――ッ
音のない痛みが、胸を貫いた。
鼓動ではない。
肉体の痛覚でもない。
もっと深く、“存在そのもの”が軋むような痛み。
彼女の表情を見つめるほどに、その痛みは形を持ち、広がっていく。
我には、この痛みを理解できなかった。
そして――
理解できないという事実が、恐ろしかった。
その場から逃げるように、我は立ち上がった。
【何なのだ……この痛みは】
クルサに穿たれた傷は、すでに癒えている。
肉体は完全だ。
なのに。
胸の奥が、焼けるように痛む。
重く、苦しく、息が詰まる。
【アンリマユ様……我は……これから、どうすれば……】
答えは、なかった。
だから我は――壊すことを選んだ。
我はアンリマユ様の理想の世界を創り上げるために。
それに壊せば、楽になる。喰らえば、この痛みも埋まる。
そう信じるしかなかった。
我は天へ吠えた。
【……いけ】
号令とともに、異形たちが世界へ散った。
ヘラクレスをはじめ、
視界に映るすべての命を――喰らい尽くす。
同時に……
クルサのように、我を殺しうる者を求めて。
クルサのように、我の心を揺らす者を探して。
・
・
・
だが――
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・
・
誰もいなかった。
一人も。
どれほど喰らっても、胸は空虚のまま。
どれほど壊しても、クルサの顔だけが、消えなかった。
都市は瓦礫となり、
文明は燃え尽き、
海は沸騰し、
大地は裂け、
空は黒く沈んだ。
最後の命が絶えた時、
世界は――恐ろしいほど静かだった。
やがて、地球は滅んだ。
我の破壊に耐えきることができなかったのだ。
何も残らない。
完全なる空白。
アンリマユ様の願いは、叶った。
世界の破壊。
我は、それを成し遂げた。
これで、すべてが終わった。
……はずだった。
しかし、
主の願いを果たしても、胸の冷たさは消えなかった。
我の心に残ったのは、たった一つの空白。
クルサが見せた、あの悲しげな表情。
主の願いを叶えても、それだけが――消えない。
だから我は、壊し続けた。
星々を砕き、異界を踏み潰し、他の神々を喰らい、
この世にあるありとあらゆるものを破壊していった。
だが、満たされぬ。
壊しても、壊しても、
痛みは深くなるばかりだった。
*
アジ・ダハーカは、気づかないままだった。
破壊しか知らぬ竜が――
ただの人間であり、
邪魔者であり、
供物であるはずのクルサに――
いつの間にか、
心の底から惹かれていたことに。
……もう、何もかもが手遅れ。
この世全てを破壊した竜は、
アジ・ダハーカ自身の心も――同時に、破壊していた。
*
世界は、消えた。
星も、空も、海も、大地も――
そして、宇宙ですら。
命が営む音は途絶え、
色彩はすべて白く濁り、
無限の虚無だけが広がっている。
その虚無の中を、
アジ・ダハーカは一体で飛んでいた。
羽ばたく理由はない。
進む必要もない。
止まるという概念さえ、すでに失われている。
ただ、存在している。
永遠に。
竜の頬を、一筋の滴が伝った。
熱くもなく、冷たくもない。
意味を持たない水滴。
アジ・ダハーカは、
自分が“泣いている”ことすら知らなかった。
それでも、涙は止まらなかった。
ただ一体で、
白い虚無の中を飛び続ける。
――泣きながら。
もう、この世にはいない彼女を……思いながら。
ずっと。
ずっと。
ずっと。
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この”物語”はこうして、幕を閉じる。
【 終焉 】 完
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神話通りの結末……終末。
神話とは逆の結末……終焉。
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これらは、
・アジ・ダハーカが死ぬか、
・クルサ―スパが死ぬか、
の物語。
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しかし、アジ・ダハーカという名も。
クルサ―スパという名も。
神話通り。
そして、この物語は……神話ではない。
思い出してほしい。
これは、オリオンとクルサの物語だ。
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ならば、良いではないか。
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両方が生き残る……そんな世界が、あったとしても。
アジ・ダハーカではなく、オリオンが、
クルサ―スパではなく、クルサが、
そんな二人が、生きていく世界があったとしても。
……
ここから始まるのはこれまでの物語があったからこそ、始まる物語。
神話の結末を破壊した……
オリオンとクルサの……
物語だ。
……
【 未来 】




