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第七十九話 最悪の展開とは何か?……これだ

 殴り飛ばされた我は、街区を裂きながら数百メートルを滑り、瓦礫の山を築いて止まった。

 顔を上げた瞬間――クルサはすでに“次”の動きに移っていた。


 シュウィンッ。

 シュンッ。

 バンッ!!!!!!!!!!!!!!!


 視界が、唐突に“揺れた”。

 脳天に拳がめり込んだのだ。

 我の図体が地面に叩きつけられる。

 本能が悲鳴を上げた。


【――――ッ!】


 考えるより先に、魔力が暴発した。

 ただ“殺す”という衝動だけが先走り、百を超える魔法陣が一斉に開花する。

 クルサの拳が弾き返され、前へと飛ぶ。

 我はそこに向かい雷、炎、重力、毒、爆裂――。

 すべてを束ね放つ。


 ドオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 周囲一帯が、跡形もなく吹き飛んだ。

 世界が白く染まり、音が死んだ。

 残ったのは巨大なクレーターと、立ち昇る砂煙のみ。


 ――はっ。


 無意識に放った一撃。

 次の瞬間、我は“目を覚まし”、自分が何をしたのかを理解した。


【……クルサ】


 我はあやつを殺したのか……。

 いや、これで良い。我は決意したはずだ。

 世界を滅ぼすと。アンリマユ様の願いを叶えると。


 なのに――胸が痛む。

 締めつけられる。

 なぜ、こんなにも苦しいのだ。


 なぜ……。


 フワン……。タッ……タッ……。


 砂煙の向こうから、“足音”が近づいてくる。

 燃え盛る瓦礫を踏みしめる、たったひとつの影。


 クルサだ。

 心が何故か穏やかになり、それと同時に疑問が湧いた。


【なぜ、生きている】


 神々すら焼き尽くした我の一撃。

 人間であるクルサが――“生きている”はずがない。


 タッ……タッ。


 だが、そこにいる。

 息をし、立ち、歩いてくる。

 炎に照らされ、影が長く伸びる。


 シンッ。


 パッ。


 我が状況を整理するより早く、彼女の右手に細いレイピアが顕現した。

 光の粒子が集い、研ぎ澄まされた刃へと変わり、その輝きは炎さえ掻き消すほど冷たい。

 そう思った刹那、レイピアがただ一度、震えた。


 シン――。


 バババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババダンッ!!!!!!!!!!


【ガッ……!】


 クルサの姿が掻き消えた瞬間、体中が切り刻まれた。

 背後で爆風。


 バンッ!!!!


 振り向くより速く、我の尾が本能で振り抜かれた。

 山を砕く尾撃。


 ダンッ!  バンッ!!!!


 ――止まった。

 クルサは、それを 指一本で止めていた。

 小さな手に“掴まれている”。

 そして、そのまま――


【貴様ッ……】


 バギィッ……!!

 握り潰された。


【……】


 衣は焼け焦げ所々がはだけている。

 いつものこやつならば赤面しすぐに隠すような仕草を取るが……ただ、まっすぐに“我”だけを見ている。

 あの時と同じだ。

 ……クルサが魔界に降り立ち、我を殺そうとしたあの瞬間の、あの目。


 ピンッ。


 やはり、我が魔眼でも感知できぬ。

 三者の魔法でも洗脳でもない。

 呪い。

 なぜ今、発動した?

 何の能力だ?

 思考を許さぬとばかりに、クルサはもう動いていた。


 ヒュンッ!


 また姿が消えた……ベルゼブブ、ジークフリートに匹敵する速度。

 切り替えろ、こやつはクルサであってクルサではない。

 目で追えぬのならば、この一帯ごと――。


【竜魔法:竜咎ノリュウノトガ


 ボォワァァ……ッ!!!


 我の魔力が、空間全体を満たす。

 空間がぐにゃりと歪み――そこから、無数の巨大な竜の頭が、ずるりと現れた。

 四方八方、自分の周囲一帯に向かって一斉に顎を開ける。


 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババッ


 ヒュウウウィィィィィィン……!!!


【上級魔法:毒龍の……】


 灼熱と猛毒が絡み合う“業火”が口の中に集結し……




「オリオン」




 クルサの笑顔が、またしても我の脳裏をよぎった。


 何なのだ……なぜ、貴様は……我の前に何度も。


 竜の顎が、魔法を放つことなく静かに閉じた。

 揺らいだ我を、今のクルサが見逃すはずもない。

 動きは流麗、無駄無く、優雅ですらあった。


 シュッ、シュパッ、シンッ。


 “紙を切るように……我の左頭が、空へ舞った。

 斬られた首をなぞりながら、彼女は我の心臓へと踏み込んでくる。


【――ガァァァァァァアアアアアア!!!!】


 右頭が我の意思とは無関係に咆哮し、殺意のみで魔法を放つ。

 大地に広がる魔法陣。地平線が赤く染まる。

 雷。黒炎。暴風。水害。

 閃光に染まり――爆ぜた。


 ドオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!!




 フワンッ。




 爆光の中から、そのままの姿でクルサが現れた。

 無傷で。


 ヒュウィン! ザクッ! バンッ!


 我の左の心臓が破壊される。


 ゾワァーーーーン……!


 クルサへ“今まで我が受けてきた苦痛”を返す呪いが発動した……はずだった。

 だが――クルサは微動だにしない。

 呻きもせず、悶えもせず、眉ひとつ動かさず。

 ただ、我へ向かい――剣を振るう。


 右頭は殺気のまま戦い続ける。

 対して、中頭の我は心が深く、暗く沈むのを感じながら……状況を整理した。


 ・今のクルサは“クルサではない”。呪いに侵された“別の存在”。

 ・我の魔法は通じず、いまだに無傷。

 ・心臓の呪いさえ効かぬ。


 ――であれば、導き出される答えは、一つ。


【クルサ……貴様は――】


 あの“スラエータオナ”と、

 同じ力を宿しているのか?


【……我を殺し得る、唯一の力を……】


 シンッ バタン


 我の右頭までも軽々と切り落としてくるとは。


 ドクン、ドクン。


 心臓が跳ねる。

 ジークフリートと対峙したときよりも強く。

 だが高鳴りの奥には、別の感情が――沈んでいた。


 寂しさ。

 胸の奥を刺すような、奇妙な疼き。


 脳裏に浮かぶのは、

 我に弁当を作り、温もりを教え、

 アンリマユ様の本質を言い当て、

 我が数少ない“認めた人間”……クルサの姿。


 乾いた笑いが零れた。


【ふ……ふふ……ふはは……】


 怒りでも、失望でもない。

 ただ――底の抜けた虚無。


 ・

 ・

 ・


【そうか……ふふ……そうか、クルサ……】


 理解した。

 納得した。


 そして、決壊した。


【――そうか……ならば、これで心置きなく……】


 ピキッ、ピキッ、ピキン――!!


 呪いに侵されようが、人格が変わろうが関係ない。

 今の貴様は“我を殺し得る脅威”だ。

 そして我は、我が主――アンリマユ様の願いを叶えねばならぬ!


【貴様を供物として……喰ってやる!!】


 パリンッ!!


 全身が開く。

 深淵が噴き上がる。


 グルルルルルルルルルルルルルルル――バンッ

 グルルルルルルルルルルルルルルル――バンッ


 左右頭を再生し、三頭が同時に咆哮す。

 六つの目が赤く光り、我はクルサを敵として認識した。

 もはや、加減はせぬ。


【クルサァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!】


 ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾババババババババババババババババババババババババババババババンッ!!!!!!!


 肉が捻じれ、骨が伸び、影が蠢き――

 体中から“竜首”が生える。

 三十。五十。百。

 まだ増える。

 まだ、生える。


 ババババババババババババババババババッ!!!!


 そのすべてが蛇のようにうねり、

 嵐のように渦巻き、

 一点――クルサへ殺到。


 ガァァァァァァァァァァァ!!!!!!



 呪いが開花されたクルサは確かに、アジ・ダハーカの能力が効かない。

 アジ・ダハーカの魔力が籠った魔法、もしくはその影響を受けた物(都市の瓦礫)などは、今のクルサには届かない。

 しかし、 アジ・ダハーカ自身の肉体による“物理攻撃”だけは別だ。

 能力ではなく、“竜そのもの”の直接打撃。

 ――それは通る。

 千年前の戦いで、竜自身も痛感していた事実。

 ゆえにアジ・ダハーカは、ためらいなく反撃に転じた。

 無数の首が顎を開き、鞭のように迫り、嵐のように襲いかかる。


 クルサ(スラエータオナ)は細剣を閃かせ、そのすべてを斬り裂き、かわし、粉砕していく。


 しかし――

 “手加減”という概念が消え去った竜の猛攻はそれを遥かに上回る殺意の奔流だった。


 クルサが斬っても斬っても、次が来る。

 途切れない。

 終わらない。

 遠ざかる。

 アジ・ダハーカから、どんどん……遠ざけられていく。

 刃で捌けば捌くほど、竜は距離を稼ぎ、クルサを“中央の心臓へ近づけまい”とするように、執拗に、狂気的に、空間ごと押し返していった。


 この戦いは――

 クルサがアジ・ダハーカを討ち倒せば終わる。


 だからこそ、ヘラクレスたちは“クルサの動き”を最重要視して戦っていた。

 その彼らが、一瞬で悟った。

 ――クルサが、押し返されている。

 ――竜の猛攻により、“本体”へ近づけない。

 それは、クルサが勝利条件から遠ざけられている、

 致命的な状況の変化だった。


次回:第八十話 この世界は【  】を迎える。

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