表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

81/94

第七十二話 最凶 対 最強


 地面に頭を打った衝撃か。

 あるいは、あまりにも多くの出来事が同時に起こりすぎて、脳が現実を処理しきれなくなったのか。

 それとも――神のいたずらか。


 ジークフリートは、昔のことを思い出していた。


 ……。


「かかってこい、私は強い」


 幼い頃の私には、正義の味方というものに憧れがあった。

 弱きを助け、悪を挫く――単純で、眩しい夢だった。


 ある日、三人のいじめっ子が、一人を袋叩きにしているのを見た。

 我慢ができなかった。

 気づけば拳を振り上げ、そのリーダー格の頬を殴っていた。


 その一撃がきっかけで、今度は私が標的になった。


 坂の下、川のそばの広場。呼び出された私は、三人に囲まれていた。

 風は冷たく、湿った泥の匂いがしていた。

 三体一。

 拳を交えた結果は――ほぼ相打ち。互いに血を流し、倒れ込み、それでも立ち上がる。相手も私も負けず嫌いのようだ。

 これはしばらく続くなと思い、もう一度、拳を構える。


 その時だった。


「こら! 喧嘩はやめなさーい!!」


 坂の上から甲高い声が響いた。振り向くと――車椅子に乗った少女がいた。

 彼女は、坂道をものすごいスピードで下ってくる。

 止まる気などない。

 そのまま一直線に、リーダー格の男へ――


 ドンッ!!!


 男は川へ吹っ飛んだ。


「どう? まだやる気ぃ~?」


 少女は車椅子の上で拳をシュシュッと突き出す。

 そして……今までに感じたことのない大きな魔気を放ったのだ。

 いじめっ子たちは完全に気圧され、川に落ちた仲間を助け起こして逃げていった。


 私は呆然とその光景を見ていた。

 ――これが、私とクリームヒルトの最初の出会いだった。



【いつまでそこにいるつもりだ?英雄】


 頭上から響く、冷たくも愉悦を帯びた声。

 オリオンの声だ。

 ジークフリートの意識は一気に現実へ引き戻される。

 未だ分からないことだからけ。

 しかし、一つ明確になったものがある。

 オリオンが世界の脅威、自分の敵という事実だ。


 シー シャキン


 彼を学園の生徒ではなく、己の敵として認識したジークフリートは剣を強く握り、地面を蹴る。


 ドカンッ!!!


 瓦礫が四方に散る。

 次の瞬間、翼を広げたジークフリートが空を裂き、オリオンへ飛びかかった。

 交錯――斜めの一閃。

 空気が悲鳴を上げる。


 ボコッ! ボン! ガシィッ!!


 オリオンは即座に反応。

 体内の異形たちを呼び寄せ、右腕を肥大化させる。

 黒い肉塊が脈動し、巨腕となってジークフリートの剣を掴み受け止め


 ザザザーーーー


 れない。

 ジークフリートの剣は異形の腕を容易く裂き、肉を断ち、骨を粉砕し、

 そのまま胴を貫いていく。

 刃先が左の心臓へ迫る――あと、数ミリ。


 ギギギギ――ッ!!


「ッ……!?」


 だが、剣が止まった。

 見えない壁にぶつかったかのように。


 オリオンの肉体の内側で、無数の異形が重なり合い、剣を圧縮して固定している。

 筋肉が異形の群体と化し、金属のように硬化していく。


 ボコッ、ボコボコッ――ガチンッ!


 オリオンの瞳が細まり、唇が歪む。


【初級魔法:鉄拳】


 ズガァァァァン!!!!!!


 膨れ上がった左拳が鉄の塊と化し、至近距離からジークフリートの体全体をぶん殴る。

 空気が爆ぜ、風圧だけで近くの建物が崩壊。

 ジークフリートは受け身を取り、体をひるがえしながら、瓦礫を蹴って姿勢を立て直す。


「……初級とは言えん威力だな」


 オリオンの放つ魔法は確かに“初級魔法”。

 その一撃が英雄を軽々と吹き飛ばすには明確な理由がある。


 異形たちによって膨張された巨腕、傷がつくたびに強固となった皮膚による質量に加え、鉄となりさらに重い攻撃となっていたからだ。


 上空に浮かぶオリオンが手を差し出す。


【上級魔法:岩石弾】


 轟音と共に、オリオンの周囲に大きな岩塊が出現、連射された。

 ジークフリートは翼をはためかせ、剣で全弾を切り裂く。

 岩の破片が閃光のように散り、気づけばオリオンの後ろ。

 彼の両腕両足を切った後だった。


【さすがだな。魔法を打ち破り、かつ我の四肢を切り飛ばすとは……だが】


 オリオンの声音に、わずかに愉悦が混じる。

 戦いを楽しんでいる――そんな不気味な笑み。


 ババババンッ!!!!!!!!


【無意味だ】


 ジークフリートはオリオンがアジ・ダハーカとは知らない。故に何一つ能力が分からない。属性すらも。

 ジークフリートの斬撃で切り落としたはずのオリオンの手足が、蠢く肉塊となって再生していく。

 黒い筋繊維が骨を生み、皮膚が瞬時に覆う。


 ジークフリートは目を見開いた。

 魔法を詠唱しておらず、一瞬で体が再生した。少なくとも人間の成せる芸当でない。


 不意を突かれた英雄は重い拳を喰らい、真下へと急降下。  

 翼を広げ、地上に着く寸善で勢いを殺しきった。瓦礫を巻き上げながら体勢を立て直す。


 顔を上げ、低く呟く。


「……お前、人間ではないな」


 先ほどの再生能力、無数の手下、全身から感じる圧倒的な存在感。

 ――そしてファフニール……竜と同じ匂い。


 その時、答えはもう導き出されていた。


【いつから、我が人間だと錯覚していた】


「……」


 シュン バンッ――。

 シュン バンッ――。

 シュン バンッ――!


 次の瞬間、白と黒の残光が、都市上空を幾重にも駆け抜けた。

 空を裂く閃光と、爆ぜる雷鳴。


 ──ドドドドドドドドッ!!


 オリオンの姿が掻き消える。

 火炎の尾を引きながら右へ、氷の刃を撒き散らしながら左へ、雷を纏って前へ――

 炎、氷、風、雷、闇。

 様々な属性の魔法を放ちながら空中を縦横無尽に暴れまわる。

 ジークフリートは聖剣で全てを受け流し、オリオンの後を追う。


「一体、いくつの属性を宿している」


 ジークフリートの目が細まる。

 炎の爆発が視界を覆ったその瞬間、背後から気配。

 反射的に振り向く。

 オリオンの拳がすでに眼前に迫っていた。


 ──ガァァンッ!!


 衝突。

 剣と拳が激突した瞬間、衝撃波が周囲数百メートルに拡散。

 雲が千切れ、稲光が星々を照らす。

 衝突の中心で、二人は互いに押し合う。

 ジークフリートは歯を食いしばり、刃を軸に身体をひねった。


 ザーーーーーーーーーーーーザンッ!!!


 剣をクルリと回転。

 オリオンの腕を中心に旋回し、鋭い軌跡を描いて切り裂く。

 首に向かって……


「融合魔法:轟雷爆葬・深淵斬」


 雷と闇の一閃。

 天地を貫く轟音とともに、オリオンの首が断たれた。

 漆黒の雷がビリビリと弾け、切断面を焼き切っている。


 しかし――


 バンッ!!


「……首を切っても死なないとはな」

 

 オリオンの頭部は、まるで何事もなかったかのように再生する。

 肉が蠢き、骨が再構築され、再びその顔が現れる。

 ジークフリートの瞳がわずかに揺れる。


 だが、諦めるわけにはいかない。

 敵を倒さねばならないと、体中の細胞が叫ぶ。

 一刻も早く――。


 だが脳は、その意思とは真逆の方向へと働く。


 まるで【脳が逃げ場を求めているように】……勝手に、過去の扉を開いていくのだ。



「ジーク!ほら見てなさい!見ての通りちゃんと立て、あぁー!」


 ――おい。 ぼふっ。


「あまり無茶をするな」


 急にベッドの上で立とうとして、倒れそうになった彼女を支えた。

 大人しくしろと言いながらゆっくりとベッドへと戻す。


「えっへへ」


 彼女は生まれつき体が弱かった。

 魔力量は常人の何倍もあったが、それに全てを吸われてしまったかのように、他が欠けていた。

 左目は白く濁り、前髪で隠している。そして、その髪は色を抜かれたように真っ白。両足の筋肉が弱く自分で立てるのは数秒、ずっと車椅子での生活。

 余命は二十歳。

 死が、あらかじめ約束された人生。

 その話を初めて聞いたとき、私は“可哀想”だと思った。

 定期的に繰り返される手術。

 痛み、苦しみ、絶望――それを考えるだけで、私は耐えられそうにないと思ったのだ。


 けれど、彼女は強かった。

 ベッドの上でガッツポーズをする彼女はこう言うのだ。


「こんなのへっちゃら!あと10年も生きられるもの。い~い?今のうちにワタシという存在を刻み込んでおきなさい!ジーク!」


 彼女の笑顔を私は未だ鮮明に思い出せる。

 その後、小・中・高と同じ学園を共に過ごすうちに――

 私は、自然と彼女に惹かれていった。



【もっとだ!】


 バンバンッ! ドドドッ!

 シュン! キンキキンッ! ドンッ!

 バシンッ! キィィィィン――バンッ!!!!!!!!


【もっと本気を出してこい】


 ダダダダダダダダダダダダ――ッ!!

 キキキキキキキキキキキ――ッ!!


「……ッ!」



「ジーク見て見て〜! 今日の祭りのために買った浴衣〜。どう? 似合ってる?」


 車椅子に乗りながら、彼女は浴衣をひらりと広げてみせた。

 私は直視できず、顔を背けた。

 心の中で――“似合ってる”と返事をして。



 ドカンドカンドカン

 ダッバンッ

 シュウィーン ババババババババー!!!!!!



「中学校最後の旅行だよ?せっかくこーんなに広い水族館に来たんだから、ワタシのことは放っておいて、違う子と回ってきなよ」


「……」


「ジークはただでさえモテるんだから……ほら、あそこのクラスの女子。きっとあなたのことを狙ってるのよぉ〜。行ってきな」


 私はその女性に見向きもせず、言うことも聞かず、彼女の車椅子を押した。



 ガタンッ――!

 ドシュッ ガギィン!! バリィィィィンッ!!



「聞いてよ!こないださぁ~」



 キィィィィィィィィィンッ!!

 ズドドドドドドドドドドッ!!!

 ガガガガガガガガガッ!! バァァァンッ!!!



「手……繋いでいいって言ってない。だっ、ダメとも言ってないでしょ。バカ」



 ズバァァァァァンッ!!!

 ドシュドシュドシュドシュドシュッ!!

 バリィィィィンッ!! バキィィィィィンッ!!!

 グワァァァァァァァァンッ!!



「また、二人っきりだね。いつもかw へへ」



 ドガァァァァァァァァンッ!!!!

 ドドドドドドドドドッ!!!

 ギャリィィィンッ!! バチバチバチバチッ!!!



「もう少し、一緒に居てよ」



 ダンッ!!!!!!!!!



「いいよ……ぎゅー……して」



 ドゴォォォォォォォォォンッ!!!


 ――青白い閃光。

 彼女との思い出が頭の中をよぎる中、ジークフリートはオリオンを何度も殺していた。何度も……何度も。

 斬り刻み、貫き、焼き尽くし、粉砕した。

 それでも奴は再生する。

 細胞が瞬時に蠢き、より強固に、より冷たく。


 ――無限に命があるが如く。


 それでも、ジークフリートは諦めていない。

 未だ希望がある。それは心臓だ。

 体の至る所を切ったが、オリオンは心臓を守るように立ち回っている。

 ならばそこが“核”だ。そこを断てば終わる。

 その希望だけを支えに、彼は剣を構えた。


 カン……。


 深く息を吸う。

 ビリ――ビリビリ――ビュシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!

 シュワンッ!!!

 ピキィィィィィィィィィィン――!!!


 雷、闇、光――三つの属性が蠢き、交わり、弾ける。

 ジークフリートの周囲に、世界の理そのものがねじれ始めた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!


 エーテルが吸い上げられ、空気が歪む。

 やがて、彼の体が爆ぜるように輝いた。


 ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン……!!


「超級融合魔法:雷神滅翼・断界閃嵐」


 ピンッ――。


 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 ズガガガガガガガガガガガッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 ジークフリートは光そのものと化し、

 音よりも速く、空を裂いた。


 ――バシュンッ!!!!

 ――ギュインッ!! ザンッ!!!

 ――バババババババババババンンンンンンン!!!!!!


 天地を貫く一閃。

 アラクネを屠ったあの一撃が、今、オリオンを穿つ――。


 ………………


 ………


 次回:第七十三話 『竜をころし――――えい、ゆ………』


 ジリ……ジリ……ジリ……


 じじじ……次回っ……:だだだだいっ……666888話……


 ――――シュンッ。


 ・・・・・

 ・・・・

 ・・

 ・


【……素晴らしい。ここまで“殺された”のは初めてだ、ジークフリート】


 静寂を切り裂くように、低く響く声。

 黒い靄が立ちこめ、オリオンの姿が、再び、そこにあった。


 【実に……楽しい。永遠に戦いたい気分だ】


 ……それと同時に最悪の気分ともいえるがな。


 【貴様のような強者であっても……我を滅ぼすことはできぬ。この事実が、どれほど絶望的か……理解できるか?】


 ・

 ・・

 ・・・

 ・・・・・


 体内にいる異形たちの力が使えるオリオン。

 現在、ベルゼブブとアラクネは外にいるため使えない。

 ……だが、オリオンは今、異形の力を使っている状態にある。

 力の根源は……魔界の番犬「ケルベロス」。

 そして、その能力は……


【自身を三体に分ける】。


 ――シュドンッ!! ――シュドンッ!!


 雷鳴のような着地音が二度、響いた。

 砂煙が巻き上がり、焦げた風がそれを払う。

 やがて、ゆらりと揺れる黒影の中から――二人の影が現れる。

 それは鏡写しのように、同じ顔、同じ気配、同じ笑み。

 立っていたのは――


 【二人のオリオン】だった。


……

次回:第七十三話 【終焉】の音


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ