第七十一話 オリオン 対 全て
「あぁーはっはっは!!!」
ロキの笑い声が、先ほどまでの静寂を嘲るかのように都市中へ響き渡る。
その声には歓喜も絶望も混ざっていた。
「やはり……最後の最後まで、我の人生は終わっていたというわけだ。まさか!こんなにも早く出会えるとはな!」
ロキはこの場にてジークフリートを殺し、騎士団、魔族化した人間たち全員を生贄に捧げ、蘇生魔法を発動し、悪神アンリマユを復活させようとしていた。
そして――ファフニールを《絶対の指輪》によって従え、黒髪以外の人類を滅ぼし、新たな世界を創り上げる。
この計画が順調に進んでいる今、聖剣に反応する者……つまり転生者が目の前に現れた。
本来であれば、計画がうまくいかなった時の保険……新世界が創れないのであれば世界ごと道連れにする。その予定だった。
だが、それは今壊れた。
この現状を生み出したのはロキ……彼の人生がとことん不運に見舞われているからと言っていい。
聖剣の能力:一人の者を転生させるという力。
もし、アジ・ダハーカが人間以外の生物になっていれば、知能は弱くなりここにいることはなかったかもしれない。
転生先が遥か彼方、遠くのどこかであれば出会うことはまずなかっただろう。
しかし、アジ・ダハーカは人間に転生し、聖都市の近くに生まれてしまったのだ。
さらに言えば、”千年という時のずれ”、”マナからエーテル”、”魔術から魔法”、”竜から人間”。
たとえ人間であっても、近くに転生しても、”あらゆる要因”がある中、生を一からやり直すには時間がかかるはずだと考え、転生の力を使った。
歴史書の記載……そこにはアジ・ダハーカが悪神アンリマユに生み出され、その命の下、神々や英雄を殺したこと。それと多くの能力が記されている。
・不死なる核。
・全属性。
・再生のたびに強化される肉体。
・千の魔術を放つ。
?
これら以外にも記載はあるが、たった一つ……ある重要で恐ろしい能力がない。
アジ・ダハーカだけならば、ロキの考えの通り時間がかかり、この場にいることは無かったかもしれない。
たった一つ。
それは、アジ・ダハーカの体内に住まう異形たち。
この竜を解き放つということは無限に湧き出る異形たちをこの世に解き放つことになるということ。
……ロキは……歴史は知らなかったのだ。
ロキは自らの運命を呪いながら、空に向かって人差し指で円を描く。
黒い輪が浮かび、パチン、と乾いた音が空気を裂いた。
「――同士たち、魔族ども。その者を取り押さえろ」
輪が爆ぜるように拡張し、都市全体に黒い波紋を放った。
瞬間、地鳴り。数百万の足音が街を揺らす。
上空からのアングル……おおよそ400万近くの魔族化した人間、黒翼の手下たちの黒い粒……それが、都市の中心一点に集合する。
まるで、砂漠に落ちた一粒の”飴”にアリが群がるように。
オリオンは騒がしい……戦いの邪魔だと判断し……
【冥界門】
ウゥゥゥゥゥン……ガシャンッ。
【異形たちよ……】
シュドン!!!!!!!!!!
ゾワァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!
都市の中央……オリオンの上空に大きな門が開かれた。
そこから異形たちが一斉に溢れ出す。
オリオンの周囲を埋め尽くし、形を成し姿を現していく。
そして、声と共に……
【殲滅しろ】
ピキィン――ッ!!
「シャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!」
凶音が都市を裂く。
異形たちは命令に応じ、一斉に咆哮しながら動き出した。
ジークフリートとロキは、翼を広げて浮遊しながらその惨状を見下ろした。
英雄たちでさえ、今の光景に息を呑む。
「……何だ。あれは……魔族、なのか」
ジークフリートが呟く。
その瞬間、黒翼の軍勢と異形の群れが激突。
地上が爆発したかのような轟音。
ロキは「まさか、これら全てがこの者の手下だと言うのか」呟きながら、聖剣を構える。
そして一直線に――災厄の中心、オリオンへ飛び込んだ。
「うぬはまだ、この場にいていい存在ではない!超級魔法……」
ロキは斜めに降下しながら、剣を振るう。
【供物自身が食卓に並ぼうとしてくるとは】
オリオンが片手をかざし魔法を放とうとする。
二人の攻撃が当たる……その時……門の奥から、ひと粒の黒光が飛び出す。
「腐爪滅界」
ピンッ シャリン!バンッ!!!!!
刹那。その速度は光を追い抜き、衝撃だけが後に残った。
――蠅の王、ベルゼブブ。
現れた瞬間、空間が裂ける。
王の長い爪が二人の間を斬り裂き、魔力の奔流が交錯した。
ロキは咄嗟に身を後退する。
【ベルゼブブ……貴様の方から出向くとは珍しいな】
蠅の王は翼を畳み、ひざまずいた。
「主に牙を向ける不届き者がおりましたので」
【そうか、我は二人を相手にしても良かったのだがな】
「申し訳ございません」
【いや、いい。元々、ここに来た目的は……】
オリオンの瞳が静かに動く。ロキではない。
その視線の先――ジークフリート。
【あやつだからな】
ジークフリートは未だ混乱している。
学園の生徒であるオリオン。
彼がこの場に現れてからロキの様子がおかしくなり、取り押さえろと命令、その後、オリオンの言葉と共に上空に歪な形をした門が開き、地を這う化け物、翼を生やし膨大な魔力を持った者まで現れた。
状況を理解するのに時間が掛かっている。
「全く、困ったものだ。このような手下まで居るとは」
ロキが焦りを隠せず吐き捨てる。
ベルゼブブは主へと問いかけた。
「主、あの者の処遇は」
【生け捕りにしろ】
「はっ」
フッ――。
ドンッ!!!
「っ!?」
空気が爆ぜ、次の瞬間にはロキの身体が吹き飛んでいた。
視認すらできぬ速さ。剣で受け止めた刹那、建造物を突き破り、彼の身体は遠くの塔を貫通していた。
ベルゼブブは無音の翼を広げ、闇へと消える。
残されたのは、風と、二人。
空を裂く突風が吹き、瓦礫と灰が舞い上がる。
黒髪がはためく。
銀の瞳が細められる。
【ジークフリート――邪魔者は消えた。我と戦え】
その言葉に、ジークフリートは静かに息を吐いた。
先ほど現れた羽を持つ虫のような怪物――あれもオリオンの仲間、あるいは召喚による存在だろう。
自ら手を下さず、仲間にロキを任せておきながら、戦いを挑んでくるその姿勢。
嫌な予感が、いや――確信がジークフリートの胸に重くのしかかる。
オリオンは黒翼の味方でも、こちら側でもない。
あの時――初めて出会ったときに感じた、竜と同じ匂い。
あの瞬間に斬っておけば、と。
あのまま剣を振り抜いていれば――と。
「……」
ジークフリートの視線が、ロキからオリオンへと移る。
聖剣を握る手に力がこもり、魔力がじわりと滲み出す。いつでも放てるよう、戦闘態勢を整えた。
一方で――オリオンの胸には高揚があった。
これまで自らが《アジ・ダハーカ》であることを隠してきた。
だが、学園は崩壊し、都市も荒廃。
異形たちの報告では、騎士団もほぼ壊滅している。
そして何より――供物は満ちていた。
ならば、もはや隠す理由などどこにもない。
ヴァァァン!!!
空気が震え、全属性の魔力が奔る。
オリオンはここに、ジークフリートと戦うために来た。
己の力を確かめるために。
ファフニール、アラクネを討ち果たしたこの男と――真の意味で、殺し合うために。
ようやくジークフリートと戦える……そう思った時、異形たちからの思念伝達が走る。
ハルク、ゼノン(Aクラス・リーダー)、シリウスの三名がこちらへ向かっているという知らせだ。
興が乗ったところへ冷やかしのように届く、邪魔者の接近。
それが、オリオンの……竜の機嫌を損ねた。
シリウスもいるが、もはやどうでもいい。
同じ……人間だ。
【アラクネ、出てこい】
門から黒い光が再び高速で噴出し、嫌な気配を伴って徐々に形を成す。
ジークフリートの瞳が鋭く見開かれた。――同じ気配だ。討ち果たしたはずの、あの巨大な蜘蛛女が、目の前にいる。
「また会ったわね、ジークフリート♡」
くちゅり、と唇を鳴らす音が、いやらしく砂塵の中に混じる。
「元気にしていたかしら〜♡」
ジークフリートは考える余地もなく聖剣を振り上げる。上空の剣先は瞬時にアラクネの頭上へ伸びた――
【どこを見ている】
メキッ——。ドンッ。
触れる寸前、真横から豪速の蹴りが入る。ジークフリートは弾き飛ばされ、空へ――
ドンッ! 右へ、バンッ! 左へ、下へ、上へ――
幾度も殴り飛ばされ、最後は斜め下に叩きつけられる。瓦礫が粉塵を上げた。
「キャー♡ 王子様みたい〜」
アラクネは甲高く笑い、媚態を崩さない。だが、彼女の視線は玩具を弄ぶ獣のそれだ。
オリオンは上空に静かにとどまり、風の魔法でふわりと浮いている。アラクネの戯言など気にも留めず、命じた。
【迫るゴミ共を殺せ、塵一つ、我に近づけるな】
「ふふふ……了解♡」
アラクネは多足を蹴り、地面を力強く弾くようにして去って行く。
【さて……】
オリオンはジークフリートを見下ろしながら決意する。
力を取り戻し、世界を――破壊することを。
この場にいる全員を……
全てを……喰らって……。
次回:第七十二話 最強 対 最凶




