【この世界の闇】:こうして、第一話となる。
*
この世界において、黒髪は悪神アンリマユと同じ髪色。
その髪色に生まれた者は「災いの印」を背負うとされ、忌み嫌われる。
クルサのように親に恵まれ、他人から嫌われるだけで済むなら、まだ環境は恵まれている方だったのだ。
――しかし環境が悪ければ、それはもう地獄。
これから語られるのは、そんな地獄の中を生き抜いた黒髪の者たちの過去――黒翼の主力たちの物語。
ゼーロは、アスモデウスは、
そして、ロキは……この世界の【終焉】を願ったのだ。
*
ゼーロの過去。
「お前のせいで……」
ボコッ。
「お前のせいで……」
ボコッ。
「全部お前のせいだ!!!」
殴るたびに父の声が荒れ狂う。
仕事がうまくいかなかったのも、母が亡くなったのも、借金が増えたのも、全部、何もかも黒髪のせいだと。
ボクの母は赤い髪で、とても綺麗な女性だったという。
英雄ヴィーナス。
その子供として生まれたボクだが、母はボクを産んですぐに死んだ。
母を愛していた父は、黒髪のボクを「災い」そのものだと決めつけ、母が死んだのもボクのせいだと信じ込んだ。
「……ごめん、なさ……ご、め……」
ボクは今日も父親から暴力を受けていた。
謝らなければもっとひどい目に遭うから、ただ謝る。
殴られるたびに体も心も擦り切れていく。
そんなある日――
タッ。
「んあ?……なっ、何だお前!人んちに勝手に――」
グサッ バッ タン。
赤い血が床に広がる。
父の醜い顔がボクの目の前に落ちた。
赤い血を流し、頭と胴体が分かれている。
その光景を見ても、ボクは何も感じなかった。
悲しみさえも。
「酷い有様だ……うぬは生きているか?」
聞こえた先に視線を向けるとこちらに向かって男の人が近づいてきた。
ボクは逃げる勇気も気力もなく、ただ地面に座り込んでいた。
男の人がボクの目の前に腰を下ろす。
「名前は?」
名前……あれ、ボクの名前って何だったっけ。
何か答えないと……また、ぶたれる……。
「……な……い」
「そうか、ならばわれが与えよう。ゼーロ……うぬは今日からゼーロだ」
「……ゼーロ……」
それが……ボクの名前……。
「われらと共に、うぬを苦しめた者どもを皆殺しにし、新世界を創る。共に来い……ゼーロよ」
男の人は手を差し伸べた。
そのときボクは何を考えたのか覚えていない。
ただ、母は死に、父も死んだ。
今のボクに居場所はない。
だから、掴むしかなかった。
たとえその道が、世界を滅ぼす道だとしても――。
男の人が渡してきたのは、ボクの母だという剣。
最初は意味が分からなかったけれど、魔力の強い人間は死ぬと聖剣が現れることがあるらしい。
母が死んだとき現れた聖剣――「ヴィーナス」。
その剣を握った瞬間、力が湧いた。
不思議なほど優しい温もりに包まれる。
なぜか涙が溢れて、母に会いたい気持ちが込み上げた。
その願いが届いたのか、この聖剣の能力は肉体を生み出すという能力。
ボクは力を使いながら、暗殺、潜入という任務を任されるようになった。
数えきれないほど人を殺し、痛い思いもたくさんしてきた。
でも決して嫌ではなかった。
むしろ、楽しかった。
黒髪だとか、災いの印だとか言っていた連中を殺すのは、最高にスカッとした。
悪神アンリマユと同じ髪色だとか、知るわけない。
子供は親を選べないし、髪の色も選べない。
生まれたときから決められたもので、ボクの人生は最悪な状態から始まった。
なら、仕方ないよね?
悪いのはボクじゃない。
――ボクを黒髪に生んだ、この世界が悪いんだ。
黒髪以外の男なんて……大っ嫌いだ。
滅んでしまえ、こんな世界。
……
アスモデウスの過去。
ワシの髪は生まれた時から黒じゃった。
幼い頃、親に捨てられ、奴隷としてこき使われた日々。
そんなどん底から始まったワシの人生。
髪色を染める魔法を知ったのは、ワシが50代の時じゃった。
ところでのぉ~そこにいるお前さん、好きなことはなんじゃ?
魔法か? 勉強か? 運動か? ワシはのう、「実験が好き」なんじゃ。
特に――「命を使う実験」がのう。
ワシが奴隷人生を過ごせたのも、この年まで生きてこられたのも、隠れてこの実験ができたからなんじゃ。
実験体の悲鳴、絶叫が響くたびにワシは生きていると実感する。
好きなことができて脳が歓喜し、成功したときはまるで命そのものを噛みしめるような感覚になるのじゃ。
ただ、のう――ワシの好みはこの世の法に引っかかる。
犯罪と呼ばれる代物なんじゃが、それは言い訳でも口実でもない。本心から、命を使う実験が好きなんじゃ。
そんなワシにとって、この世界は窮屈だった。
犯罪に触れない範囲で繰り返すだけの生活、普通の生活――それも悪くないと考えたが、時間は限られておる。
‥‥好きなことをやり続けて死ねるなら本望だ。
そう思うようになってから、ワシは何度捕まろうと何度拷問を受けようと、ひたすら好きなことを続けた。
楽しかった。
だが当然、罪は積み重なり、ついには深層牢獄――重罪囚が収容され、二度と出られぬと言われる牢へとぶち込まれた。
あと数日で死刑。
まだまだ実験がしたりないが、やりたいことは大方できた。
現状に不満を抱えると同時に、満足もしていたワシ。
そんな不安定な感情を抱いていた時、奴が現れたのじゃ。
ガタン——重たい扉が開き、真っ暗な独房に一筋の光が差し込む。男が入ってきた。
「なんじゃ?客人か?」
「うぬがアスモデウスだな?」
低い声を出すのは、聖都市で二番目に強いと呼ばれ、人々に称えられている英雄ロキ。
死刑が早まったとこの時はそう思っていた。
「お主は……英雄様ではないか。ワシに何の用じゃ?殺しに来たのか?」
「違う。仲間を集めに来た」
「なんじゃと?」
聞き間違いかと思ったが、その後すぐにこの男はある計画を話してきた。
それを聞いたワシは冗談であろうと鼻で笑った。
「馬鹿か、お主は?」
だがそのとき――ロキの顔でも、言葉でもなく、眼がワシの胸を貫いたのじゃ。
これは本当の話なのだと。
「正気の沙汰とは思えん。ワシが聞いていた英雄ロキとはかけ離れておる。何が、お前さんを変えたのじゃ」
沈黙の間に語られているように見えた。
【 全て だと 】
ふっ、とワシは笑った。何かが弾ける感触があった。
実験よりも、もっと奇妙で濃密な何かが待っている予感。
世界を破壊するという狂気じみた提案を前に、ワシの胸の奥が歓喜で震えたのじゃ。
例え、その先に死が待っていようと。
…………
ロキの過去。
われは黒髪で生まれた。
……黒髪は悪神アンリマユと同じ色。災いの印だと、人は囁いた。
われには両親がいた。
……黒髪であるわれを庇い、村の住民に殺された。
……その後、われは奴隷商へ売られた。
われには好いていた人がいた。
……黒髪であるわれと一緒に居たこと、好いている同士だと露見。
……女を穢れた奴隷だとほざき、商人はわれの目の前で女を犯した。
……われは拷問の末、ズタズタになりながらも這いよったが、女は涙を流して自ら舌を噛み、命を絶った。
――”その時の匂いと怒りは、今でも忘れられぬ”。
われは奴隷が栄えるその街を壊滅させた。
……ムカついた。
……力の限りを振るった。
……そこにいる、全員を殺した。
……人々は最初、われを死刑にすべき大罪人だと呼んだ。だが、やがて事実はねじ曲げられた。長年の法律違反者どもを一網打尽にした“英雄”として讃えられ、髪色を変え、学園へ入り、最終的に騎士団長となった。
”だが、それが、いったい何だというのか”。
われには親友がいた。
……他国との戦争の最中、われを庇い、死んだ。
……学園で一人だったわれに構い、ずっとついてきたたった一人の男だった。
……その男が、死んだ。
……うるさいほどに賑やか男だったが、嫌いではなかった。だが、死んだ。聖剣:レーヴァテインとなり、われの手元へと舞い降りる。
……死の後、人々のささやきが耳に響く。
「ロキは黒髪だった」「黒髪の匂いがしたから近寄らなかった」「黒髪に構ったからあいつは死んだんだ」「災いが親友を殺したのだ」――と。
黒髪、また黒髪か。
われが黒髪だから、親も、女も、親友も――死んだだと‥‥。
***【”ふざけるな”】***
ピキッ――。
内側で何かが、音を立てて割れた。
この世界は腐っている。誰も直そうとしない。ならば、われが正すしかない。誰も変えてくれぬなら、われ自身が世界を変える。
それが叶うものでないのならば、滅んでしまいえばいい。
そうして、われは同じような境遇の者たちを求め、大陸や都市を渡り歩き、仲間を集め続けた。
…………
16年前――。洞窟の奥深くでのこと。
シャリン……。
「その聖剣――万が一の備えに使うのではなく、今使ってもいいのか?一度しか使えぬのであろう」
声が低く震える。洞窟の空気は冷たく、石壁に反響した。
バルムンクは感情を喰らい、属性を得る。
ヴィーナスは己を喰らい、肉体を得る。
ロキの持つ聖剣:レーヴァテイン……それは
【肉体を喰らい、生を得る】
要するに、その者は肉体を失い、
*もう一度、新たなる生物として、この世に生まれる*。
他の聖剣とは違い、この力は一度しか使えない。
肉体であればよいため、自身にも付与できる。
今までは"アンリマユを蘇らせ、黒髪以外の人類を皆殺しにし、新しい世界を創る"というこの計画が失敗したときの為に、自分に使う予定だったが、千年前の者が洞窟に封印されているという情報を得た。
そして、見つけてしまった。
目の前の者……。
【アジ・ダハーカ】を。
「われが再び人生をやり直せたとしても、計画が完璧に遂行できるかは分からぬ。しかし――この者を“転生”させれば、世界は確実に滅びる」
「それはそうじゃろうが、黒髪の居ない新世界を創るのではないのか?」
「その通り、われは新世界を創る。だから、この者を唯一抑えることのできる神……悪神アンリマユを蘇らせ、操り、確実に世界を支配する。この者はわれの計画が失敗したときの保険だ。世界を壊すための」
「なるほどのぅ~。じゃが……死ぬぞ」
「覚悟など、とっくの昔にできている」
ボォーーーー。ブゥン……。
ロキは聖剣を立て、力を使った。
結界内にいた者は肉体を失い、新たなる生を得た。
光の結界は中にいる者を探知できなくなり……封印は解かれた。
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次回:第66話 オリオン 対 全て




