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第六十九話 殺さずに止めるたった一つの方法:決戦の火蓋

 数年前――全生徒皆殺し事件が起きる少し前のことだ。

 カイザーとヨセフは、二人で最近の出来事を話していた。


「お前、好きな人いんのかよ!」


「シー!声がデカい」


「すっ、すまねぇ」


 いわゆる恋バナになり、俺は思わず声を上げて驚いた。

 ヨセフは周りを明るく引っ張るタイプで、よく女子にモテていた。だが、俺には知っていた――彼はこれまでみんなをフッてきたことを。

 今までは女子に興味がないと思ってきたが、もう既に好きな人がいるという事実に俺は驚きを隠しきれなかった。


「マイラって言うんだ。俺とあいつは幼馴染でよ。今度、このネックレスを渡そうと思ってる」


「綺麗だな。にしてもお金はどうした……ってお前まさか、あのお金全部使ったのか?」


 俺たちの小学校では、ちょっとした手伝いをすると小銭をもらえる。それを貯めて、ヨセフは財布の中身を全部はたいてネックレスを買ったのだ。

 今、彼は恥ずかしそうに財布を逆さにして、中身の空っぽを見せる。

 

「やるじゃねぇか。きっと喜ぶと思うぜ」


「そうだと嬉しい。あっ、これシリウスには言うなよ。あいつ、口が軽そうだから」


「分かった」


 …………


 ――どうしてこんなときに限って、ヨセフとの思い出が甦るんだ。

 目の前ではオリオンが刺され、Cクラス全員が俺とシリウスを取り囲んでいるというのによ。

 

「うん。手を出さなくていい。その二人は私が殺すから」


 女の声と同時に、周囲にいたCクラス連中は音もなく消えた。前方からゆっくりと迫ってくるのは、魔力を惜しげもなく前面に出すマイラだ。魔気が空気を震わせ、肌が刺されるような威圧が迫る。

 隣にいるシリウスはまだ事情を知らないが、マイラは以前、一度俺を殺そうとしたことがある。

 俺が疲れている隙を突き、首を絞めてきた。

 オリオンが助けてくれたようだが、もし、あいつが居なかったら俺は死んでいる。

 恐らくだが、全生徒皆殺し事件でヨセフが死んだことを知り、仇討ちってところだろう。

 学園が半壊、教師も騎士団もいねぇ絶好の機会ってわけだ。

 その証拠に今、目の前にいる彼女の瞳には迷いがない。

 思い出のあたたかさが一瞬で砕かれ、胸の奥に冷たい危機が降りてくる。

 

「マイラ、ヨセフを殺したのは俺だ。シリウスは関係ねぇ。殺すなら俺だけにしろ」


「カイザー……」


「さっき話しただろうが。都市に魔族が来たんじゃねぇ…魔族化だ。つまり、黒翼の奴らが近くにいるかもしれねぇ。お前が先に行って探してこい。俺もすぐに後を追う」


 オリオンは地に倒れちゃいるが、あいつがこの程度で死ぬとは思えない。

 というか、死んじまうと俺たちが困る。

 知っている情報だけでも、俺とシリウスだけで黒翼を壊滅させることは、ほぼ不可能。

 立ち上がると信じて、俺たちは今やれることをやるしかねぇ。


 俺はさっさと行けとシリウスに合図する。


「……分かった。先に行く」


 俺が頷いたのを見てからシリウスはこの場から立ち去ろうとする。


「うん。あなたの話を信用するわけがないよね。二人とも殺せば、解決」


 すると、三本の風の刃がシリウスの背後をめがけ飛んでいく。


「中級魔法:闇牙」


 俺は両手を振るい、三本の刃を全部打ち消す。


「聞こえなかったのか?お前の相手は俺だって言ってるんだよ、マイラ」


「うん。うざいから、まずはあなたから黙らせてあげる」


 かっこつけてしまったが、胸の奥で嫌な予感が膨らむ。もしかして、マイラの魔力は俺より強いのかもしれない――額に冷たい汗が一粒にじむ。緊張するといつもこうだ。


 だが――


 ゾワッ、と身体の芯が動く。やるしかねえ。


 見てろ、ヨセフ。今からお前の彼女を止めてみせる。



 数分後



 ――って言ったけどよ。

 全然近づけねえ。


 洞窟試験のときは奇襲でやられたが、今回は正面切っての勝負だ。俺はさっきまで、正面なら負けねえと思っていた。だがこいつ、本当に強い。オリオンもそうだったが、力を隠している奴らは底が知れねぇな。さっきから押されっぱなしだ。


「うん。そろそろしつこい、かな。」


 ビュビュビュン――――!!


 止まらない連続の風魔法。

 生身で一発でも喰らえば致命なんて、肌で感じている。

 だから俺は「上級魔法:闇纏い」で全身を闇の鎧で包んでいるが、おかげで動きが鈍り回避が遅れる。解除すれば即死のリスクが上がるし、そのままでは攻め手に欠ける。面倒くせぇ。


「うん……死んでよ」


 ビュビュビュン――――!!!!


「死んで」


 バンバンバン!!!


「ヨセフに……謝って!!!」


 ドドドドガガガガンンンン!!!!!


「超級魔法:葬竜風!!!!!」


 シャシャシャ!!! ビュワン!!!!!!!!!!


 マジかよ。さっき一発撃ったばかりだろ、まだ撃てるのか。今度は避けられそうにない――なら、一か八かだ。


「うぉぉぉー!!!」


 ガンガン!!! ドンッ!


 俺は武装を最大まで高め、闇の鎧を震わせながらマイラの魔法の雨に突っ込み、傷を負いながらも距離を詰めた。

 マイラが目の前にいる。

 手の届く距離まで来た。

 世界がスローモーションになったように見える中、脳内だけが異常な速度で現状打開の手段を絞り出している。


(魔力的にこれが最後のチャンスだ。どうする、殺しは絶対ダメだ。マイラはただの被害者、俺が殺す理由はない。だがこの好機を逃せば次はねぇ……どうする?)


 マイラが次の詠唱に入る。指先が震え、空気がさらに重くなる。


(魔法を使うか……間に合わねぇ。力で殴るか?それで抑えられるなら楽だが、抑えられるわけねぇ。くそ、何か打開策は――ヨセフ!)


 思考が行き詰まり、俺はふと目を閉じた。もう一度、過去を辿るために。


 …………


「あれはしたのか?チューってやつ」


「なっ!なんてハレンチなことを聞くんだカイザーは!」


「いいだろうがよ~教えてくれよ~ほれほれぇ~」


「……っ……もう、誰にも言うなよ……し、した」


「マジかよ!」


「いっ一回だけだ!」


「それで、どうだった!」


「どうって……まぁ、俺は良かったけどよ。マイラは、ぼぉっ~として、何も分からなかったんだ」


 ――その馬鹿みたいなやり取りが、ふと胸に刺さる。あのときの笑い声と、ヨセフの無邪気な目が浮かぶ。


 …………


 はっ!


「もう……これしかねえ!」


 目を開けると、決意が固まっていた。

 俺はマイラの両腕を掴み、強引に横に引き離した。

 周囲の視線も何も気にしない。

 ただ、ヨセフに詫びる気持ちを胸に、俺は一歩踏み込む。


 そして…………


 唇を重ねた。


「んっ!」



 この二人の決着もまた、意外な方向へ進むこととなる。

 

 ……


 場面は……変わる。


 タッ タッ タッ  


 正面から迫る複数の足音が迫る。

 そのの中で、異様に重く響く一歩一歩。

 最初にそれを察知したのはロキだった。


「ようやく来たようだな」


「……ほぉ、あやつが」


 隣で生贄をゲートで運んでいたアスモデウスもそちらへと振り返り、大きく目を開く。


 タ。


「ジークフリートか」


 ビリビリ……ッ。

 空気が震える。


「ロキ……これは、どういうことだ」


 低く、怒りを抑え込んだ声。その響きと同時に、とてつもない魔気が場を支配した。

 初めて相対するアスモデウスの額に、冷や汗が一粒伝う。彼も相当な強者だが、それでも英雄の圧に抗えない。

 ジークフリートの背後に並ぶ学園の教師たちも同じく、言葉を失っていた。


 その沈黙を破ったのはロキ。


「どうもこうもない。見ての通りだ」


 オリオンたちが通った道に人影も魔族化した者もいなかったのは、既にアスモデウスがゲートで回収していたため。しかし、ジークフリートが進んできた正面の道は処理が追いつかず、彼は——惨状を、そのまま目にしたのだ。


 都市を覆う地獄。横たわる騎士団長の亡骸。人を襲う魔族化した人間たち。

 そして、アスモデウスと共に立つロキ。

 そのすべてが裏切りの証だった。


 部下を守れなかった悔恨と、数多の命を奪われた憤怒が、ジークフリートを震わせる。


「目的は何だ」


 ビリビリ ビリビリ


「黒髪以外の全人類の根絶。そのために、うぬたちを生贄にする。ただそれだけだ」


 ドンッ——ッ!!


 魔気がぶつかり合い、空間そのものがきしむ。石壁が粉を吹き、空気が悲鳴を上げる。


 フォオオオオオ……。


「アスモデウス。他の雑魚どもを殺しておけ」


「ふっふっふっ……了解じゃ」


 ロキが冷ややかに命じた瞬間、ジークフリートは慈悲を込めて問う。


「ロキ……最後に言い残す言葉はあるか」


「ない」


 両者の手が、同時に鞘へと伸びる。


 カチン——。


 呼応するように聖剣が光を放つ。


「聖剣:バルムンク」


 ビリビリッ! シュウゥゥゥン……ッ!!


「聖剣:レーヴァテイン」


 ドンッ! シュワン……ッ!!





 ……ッ。





 ガキン——ッ!!


 ドオオオオオオオン!!!!!!!!


 天地を割る轟音。

 二人の英雄が、ついに刃を交えた。


次回:第七十話 英雄ジークフリート 対 英雄ロキ

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