第六十八話 ローゼの真実:聖剣……せいけん……生剣
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アルターが息絶える数分前。
場面は変わり、今度は左側へ進んだGクラスとCクラスの合同チームに映る。
都市では今もなお、人々が次々と魔族に変わり、血を流し、命を落としていく。
恐怖に怯え、殺意に駆られ、復讐を誓い、あるいは野望を燃やす中で――ただひとり、クルサだけは違った。
彼女の胸にあるのは、オリオンのことだけ。
最悪、この地獄から彼と共に逃げ出し、どこか遠くで二人だけで暮らすことさえ考えていた。
それもすべては、彼女にかけられた呪いのせいだ。
愛する人を一度、自分の手で殺そうとした過去を忘れているからこそ、彼女は幸福に浸っていられる。
――今、だけは。
*
あの夜。
オリオンと結ばれた後、私は幸福感で胸がいっぱいだった。
大好きな人と一つになれたあの感覚。ぬくもりも、肌の触れ合いも、全部が愛おしい。
……正直、オリオンのエクスカリバーがあまりに大きくて最初は不安だったけれど、最後までやり遂げられて嬉しかった。
普段は凛々しいオリオンが、あの時は可愛く見えてしまったのも印象的で、私だけの宝物のような思い出になった。
――これで、オリオンは完全に私のもの。そう信じて疑わなかったのに。
「ねぇ、オリオンちゃん……おっぱいって、大きい方が好き?それとも小さい方がいい?ボク……小さい方なんだけど、君の好みに合ってるのかな……?」
私の視線の先、オリオンの隣を走るCクラスのゼーロ。
都市に入ってからずっと、彼女はオリオンに話しかけ続けている。
――なに、その質問。
そんなの、オリオンが答えるはずないのに。
【おっぱいは大きい方が好みだ。悪いが、貴様では我の欲を満たすことはできん】
……言うんですよね。ほんとに。
正直者、あれが私の彼氏。
オリオンはゼーロを一切見ず、都市の中心だけを見据えて答えている。
興味なさげなその態度は私を安心させるけれど、やっぱり許せない。
私以外の女と話すなんて――マイラとローゼは別、でもそれ以外は全部ダメ。罰として作戦が終わったら、お弁当の量を減らします。
そんなことを考えていると、違和感が胸を刺した。
正門から左へ走り続けてきたはずなのに、生きている人も、魔族の大群も見当たらない。あるのは血の跡と、食い散らかされた遺体の断片だけだ。そろそろ遭遇してもおかしくないはず。
この異変に誰もが気づいているはずなのに話しているのは、オリオンとゼーロの二人だけ、私も含めて他のみんな黙っている。
ワタシの後ろのマイラは噛み物を咀嚼しながら走り、カイザーとシリウスは険しい表情のまま。さらに後ろにいるCクラスの人は静かで、隣にいるローゼは合同行動が決まった時から挙動が不自然。
そういえば、”ローゼ”とゼーロ……名前が似てる……もしかして姉妹? でも……駄目だ。本能が言っている。あれには「踏み込むな」と。
よく分かんないけれど、私のこういう感は当たる気がする。
だって二日目の合宿の時も……あれ?
どうして……私の感は当たるん……だっけ?
同じようなことが確か……思い出せない。
とっとにかく、今はオリオンとゼーロが先頭だ。二人次第で私たちの行動も決まる。私はオリオンについていけばいい。
「僕って男の人は基本、大っ嫌いなんだ。でもね、黒髪の人だけは別。だから君に聞いてみたんだけど……残念だなぁ~。じゃあさ、ボクがどうして男嫌いか――当ててみてよ」
【知らん。興味もない】
「えぇ~、冷たいなぁ。寂しいなぁ……」
――その笑みは妙に艶やかで、どこか不気味だった。
「じゃあさぁ……最後に質問があるんだけど――」
シャン。
足元で冷たい金属音が鳴った。振り向く間もなく、ザクッ――。
「ねぇ……オリオンちゃんってさ、強いよね♪なら……この毒入りの剣も耐えて見せてよ」
ザザザザッ――!!!!!
ガクッ、バタン。
オリオンが一瞬のうちに何カ所も刺された。
黒い短剣のような刃が首筋や腕、腿に深く突き刺さり、彼は言葉も発せず横たわった。走っていたはずのオリオンが、そこに崩れ落ちる。
一瞬、世界が止まったように感じた。周囲の足も止まる。空気が凍る。目の前で――オリオンが動かない。
私の足は一歩も動かなくなった。
それと同時に怒りが胸の奥で爆ぜた。言葉にならない熱が全身を駆け巡る。私は咄嗟に両手を伸ばし、横手の大きな瓦礫を魔力で浮かせた。
ガラガラ──ドンッ!!!!!
ゼーロを瓦礫を挟み込み、押し潰そうとする。
今までに感じたことのない、真剣な殺意だった。初めて――人を本気で殺そうとした瞬間でもある。
「ゼーロ!!!!」
私は喉から絞り出すように、彼女の名を叫んだ。怒りと悲しみで声が震える。
「何するのよ!許さない!絶対に!」
シュバババババッ――
バンッ!!!
瓦礫は瞬時に粉砕され、その中からゼーロが姿を現した。両手には鋭い短剣――オリオンを刺した、あの刃が握られている。
理由なんてどうでもいい。
私のオリオンを殺そうとする者は、全員――私の敵だ。
さっき毒入りの剣って言ってた。
オリオンが血を流して動けないのはそれが原因だと思う。
生きてる。絶対に生きてる。
そう信じて、今は目の前の敵を倒す。
「あはっ!あなたいいね♪このなまくらじゃ、すぐ壊れちゃうかも。やっぱり、聖剣じゃないとね♪」
何としてもこの女を殺っ!。
「上級魔法:台風」
突如、周囲を巨大な風が覆い、私は流され建物へと投げ飛ばされた。
「さっすがマイラちゃ~ん。でも、これはボクの戦闘になりそうだから、もう邪魔はしないでね♪」
「うん。分かった」
「それと……今だよ♪二人を殺すなら」
「うん。それは分かってる」
怒りで我を忘れそうになったけれど、衝撃で頭が冷えた。
そんな私の視界に映ったのはゼーロの隣に立って、こちらに殺意を向けているマイラだった。
オリオンだけでなく、マイラまで刺されちゃうと思った私はさらに大声を上げる。
「マイラ!危ない!その女はオリオンを攻撃して……」
「うん。知ってる。見てたから」
「だったら!」
「うん。ごめん。私は……こっち側の人間だから」
「……えっ?」
頭が真っ白になった。
マイラが……オリオンを刺した女と仲間?
「何を言っているの?冗談やめてよ。その人……オリオンを刺し」
「うん……いい奇襲だったと思う。オリオンが血を流して倒れてる。学園で一番厄介な人が動けない――それは好機でしかない」
「……厄介……?」
胸の奥が冷たくなる。
黒髪の私を受け入れてくれた……友達だと言ってくれたマイラは……嘘だったのかと。
もしマイラが敵なら――”ローゼ”も?
私は恐る恐る視線を”ローゼ”へ向けた。
そこには――片手で自分の胸を押さえ、涙を流しながら、こちらを見返すローゼの姿があった。
そして、その光景に被せるように――ゼーロの不気味な声が響く。
「聖剣ヴィーナス」
*
剣は鉄からできる物。
しかし、聖剣は「魔力の強い人間が死んだ際、時々出現する剣」である。
これを知るのは騎士団、神のみ。オリオンが知らない事実。
ジークフリートの聖剣「バルムンク」は、最愛の妻クリームヒルトの死から生まれた。
ロキの聖剣「レーヴァテイン」は、親友の死から生まれた。
そして――「聖剣ヴィーナス」。
それは、ゼーロの母であり英雄、アフロディーテが逝った時に現れた剣。
バルムンクは感情を喰らい、属性を得る。
ヴィーナスは己を喰らい、肉体を得る。
そう、【”ローゼ”】という少女は、【聖剣ヴィーナスが肉体を得た姿】にすぎなかった。
持ち主であるゼーロは、剣を人間の姿へと変え、マイラを監視するように指示、学園へと送り込んだ。
マイラが裏切らないように……裏切れないようにするために。
マイラはこのことを知っているが、”ローゼ”自身に自覚はない。
記憶がなかったのは――彼女が本来、人ではなく、剣だからだ。
”ローゼ”。ロゼ。ゼロ。零。
存在しないはずの少女。
マイラがこの計画まで黒翼を裏切らず、ついでにカイザーとシリウスを殺すため舞台も用意できた。
ローゼはもう、用済み。
激しい戦いが始まるため、ゼーロは指示を出した。
今、”ローゼ”は“元の姿”へと帰ろうとしていた。
彼女は最後を悟り、言葉を放つ。
*
「クルサ!あなたはオリオンと、幸せに生きなさい!……ずっと応援してる!」
全身を赤い光に包まれながら、”ローゼ”は私に笑みを向けた。
まっすぐで、透き通るような瞳で。
「短い時間だったけど……ありがとう!」
――へへっ。
その笑顔を最後に、悲鳴のような音を立てて――
「たのしっ……」
バンッ!!
風船が破裂するように弾け飛んだ。
鮮血が霧となって宙を舞い、肉片が花びらのように散っていく。
柔らかな頬も、白い腕も、次々と裂け、赤黒い断片に変わっていく。
ビチャッ、ビチャリ――
地面に落ちた破片が蠢き、互いに引き寄せ合う。
血の糸を垂らしながら、じわじわと、ひとつの形へとまとまっていく。
やがてそれは、二本の鋭い短剣となり、主の手元へと戻った。
”ローゼ”。
血に染まり、肉を裂かれ、花弁のように散った少女。
その短く残酷な人生は、今ここで終わった。
ファン……シャン。
金属音だけが、虚しく夜気に響く。
「お帰り……お母さん」
ゼーロが呟いたその声が、胸の奥を抉った。
彼女は優しく、その短剣を握りしめる。
……。
もう……ローゼはいない。
あの笑顔も、声も、温もりも――すべて血の中に消えた。
「な、ん……で……」
訳が……分からない。
オリオンは刺されて……マイラは裏切って……ローゼは……剣になった。
嗚咽が喉を突き破る。涙で視界が滲む。
許せない。許せない!
私は涙を散らしながら、ゼーロへと突進した。
「ああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
今までに発したことのない……声で……叫びながら。
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クルサ……彼女は友達を二人失った……。
たった二人の友達を。
ゼーロとクルサ。
黒髪同士の戦いは、しばらく続くこととなる。
場面は変わり……次の地獄へと進む。
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次回:第六十九話 殺さずに止めるたった一つの方法:決戦の火蓋




