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第六十八話 ローゼの真実:聖剣……せいけん……生剣


 アルターが息絶える数分前。


 場面は変わり、今度は左側へ進んだGクラスとCクラスの合同チームに映る。

 都市では今もなお、人々が次々と魔族に変わり、血を流し、命を落としていく。


 恐怖に怯え、殺意に駆られ、復讐を誓い、あるいは野望を燃やす中で――ただひとり、クルサだけは違った。

 彼女の胸にあるのは、オリオンのことだけ。

 最悪、この地獄から彼と共に逃げ出し、どこか遠くで二人だけで暮らすことさえ考えていた。


 それもすべては、彼女にかけられた呪いのせいだ。

 愛する人を一度、自分の手で殺そうとした過去を忘れているからこそ、彼女は幸福に浸っていられる。


 ――今、だけは。



 あの夜。

 オリオンと結ばれた後、私は幸福感で胸がいっぱいだった。

 大好きな人と一つになれたあの感覚。ぬくもりも、肌の触れ合いも、全部が愛おしい。


 ……正直、オリオンのエクスカリバーがあまりに大きくて最初は不安だったけれど、最後までやり遂げられて嬉しかった。

 普段は凛々しいオリオンが、あの時は可愛く見えてしまったのも印象的で、私だけの宝物のような思い出になった。


 ――これで、オリオンは完全に私のもの。そう信じて疑わなかったのに。


「ねぇ、オリオンちゃん……おっぱいって、大きい方が好き?それとも小さい方がいい?ボク……小さい方なんだけど、君の好みに合ってるのかな……?」


 私の視線の先、オリオンの隣を走るCクラスのゼーロ。

 都市に入ってからずっと、彼女はオリオンに話しかけ続けている。


 ――なに、その質問。

 そんなの、オリオンが答えるはずないのに。


【おっぱいは大きい方が好みだ。悪いが、貴様では我の欲を満たすことはできん】


 ……言うんですよね。ほんとに。

 正直者、あれが私の彼氏。

 オリオンはゼーロを一切見ず、都市の中心だけを見据えて答えている。

 興味なさげなその態度は私を安心させるけれど、やっぱり許せない。

 私以外の女と話すなんて――マイラとローゼは別、でもそれ以外は全部ダメ。罰として作戦が終わったら、お弁当の量を減らします。


 そんなことを考えていると、違和感が胸を刺した。

 正門から左へ走り続けてきたはずなのに、生きている人も、魔族の大群も見当たらない。あるのは血の跡と、食い散らかされた遺体の断片だけだ。そろそろ遭遇してもおかしくないはず。


 この異変に誰もが気づいているはずなのに話しているのは、オリオンとゼーロの二人だけ、私も含めて他のみんな黙っている。

 ワタシの後ろのマイラは噛み物を咀嚼しながら走り、カイザーとシリウスは険しい表情のまま。さらに後ろにいるCクラスの人は静かで、隣にいるローゼは合同行動が決まった時から挙動が不自然。

 そういえば、”ローゼ”とゼーロ……名前が似てる……もしかして姉妹? でも……駄目だ。本能が言っている。あれには「踏み込むな」と。

 よく分かんないけれど、私のこういう感は当たる気がする。

 だって二日目の合宿の時も……あれ?


 どうして……私の感は当たるん……だっけ?

 同じようなことが確か……思い出せない。


 とっとにかく、今はオリオンとゼーロが先頭だ。二人次第で私たちの行動も決まる。私はオリオンについていけばいい。


「僕って男の人は基本、大っ嫌いなんだ。でもね、黒髪の人だけは別。だから君に聞いてみたんだけど……残念だなぁ~。じゃあさ、ボクがどうして男嫌いか――当ててみてよ」


【知らん。興味もない】


「えぇ~、冷たいなぁ。寂しいなぁ……」


 ――その笑みは妙に艶やかで、どこか不気味だった。


「じゃあさぁ……最後に質問があるんだけど――」


 シャン。


 足元で冷たい金属音が鳴った。振り向く間もなく、ザクッ――。




「ねぇ……オリオンちゃんってさ、強いよね♪なら……この毒入りの剣も耐えて見せてよ」




 ザザザザッ――!!!!!




 ガクッ、バタン。




 オリオンが一瞬のうちに何カ所も刺された。

 黒い短剣のような刃が首筋や腕、腿に深く突き刺さり、彼は言葉も発せず横たわった。走っていたはずのオリオンが、そこに崩れ落ちる。


 一瞬、世界が止まったように感じた。周囲の足も止まる。空気が凍る。目の前で――オリオンが動かない。

 私の足は一歩も動かなくなった。

 それと同時に怒りが胸の奥で爆ぜた。言葉にならない熱が全身を駆け巡る。私は咄嗟に両手を伸ばし、横手の大きな瓦礫を魔力で浮かせた。

 

 ガラガラ──ドンッ!!!!!


 ゼーロを瓦礫を挟み込み、押し潰そうとする。

 今までに感じたことのない、真剣な殺意だった。初めて――人を本気で殺そうとした瞬間でもある。


「ゼーロ!!!!」


 私は喉から絞り出すように、彼女の名を叫んだ。怒りと悲しみで声が震える。


「何するのよ!許さない!絶対に!」


 シュバババババッ――


 バンッ!!!

 

 瓦礫は瞬時に粉砕され、その中からゼーロが姿を現した。両手には鋭い短剣――オリオンを刺した、あの刃が握られている。


 理由なんてどうでもいい。

 私のオリオンを殺そうとする者は、全員――私の敵だ。

 さっき毒入りの剣って言ってた。

 オリオンが血を流して動けないのはそれが原因だと思う。

 生きてる。絶対に生きてる。

 そう信じて、今は目の前の敵を倒す。


「あはっ!あなたいいね♪このなまくらじゃ、すぐ壊れちゃうかも。やっぱり、聖剣じゃないとね♪」


 何としてもこの女を殺っ!。


「上級魔法:台風」


 突如、周囲を巨大な風が覆い、私は流され建物へと投げ飛ばされた。

 

「さっすがマイラちゃ~ん。でも、これはボクの戦闘になりそうだから、もう邪魔はしないでね♪」


「うん。分かった」


「それと……今だよ♪二人カイザーとシリウスを殺すなら」


「うん。それは分かってる」


 怒りで我を忘れそうになったけれど、衝撃で頭が冷えた。

 そんな私の視界に映ったのはゼーロの隣に立って、こちらに殺意を向けているマイラだった。

 オリオンだけでなく、マイラまで刺されちゃうと思った私はさらに大声を上げる。

 

「マイラ!危ない!その女はオリオンを攻撃して……」


「うん。知ってる。見てたから」


「だったら!」


「うん。ごめん。私は……こっち側の人間だから」


「……えっ?」


 頭が真っ白になった。

 マイラが……オリオンを刺した女と仲間?


「何を言っているの?冗談やめてよ。その人……オリオンを刺し」


「うん……いい奇襲だったと思う。オリオンが血を流して倒れてる。学園で一番厄介な人が動けない――それは好機でしかない」


「……厄介……?」


 胸の奥が冷たくなる。

 黒髪の私を受け入れてくれた……友達だと言ってくれたマイラは……嘘だったのかと。

 もしマイラが敵なら――”ローゼ”も?


 私は恐る恐る視線を”ローゼ”へ向けた。

 そこには――片手で自分の胸を押さえ、涙を流しながら、こちらを見返すローゼの姿があった。


 そして、その光景に被せるように――ゼーロの不気味な声が響く。


「聖剣ヴィーナス」



 剣は鉄からできる物。

 しかし、聖剣は「魔力の強い人間が死んだ際、時々出現する剣」である。

 

 これを知るのは騎士団、神のみ。オリオンが知らない事実。

 ジークフリートの聖剣「バルムンク」は、最愛の妻クリームヒルトの死から生まれた。

 ロキの聖剣「レーヴァテイン」は、親友の死から生まれた。


 そして――「聖剣ヴィーナス」。

 それは、ゼーロの母であり英雄、アフロディーテが逝った時に現れた剣。


 バルムンクは感情を喰らい、属性を得る。

 ヴィーナスは己を喰らい、肉体を得る。

 そう、【”ローゼ”】という少女は、【聖剣ヴィーナスが肉体を得た姿】にすぎなかった。


 持ち主であるゼーロは、剣を人間の姿へと変え、マイラを監視するように指示、学園へと送り込んだ。

 マイラが裏切らないように……裏切れないようにするために。

 マイラはこのことを知っているが、”ローゼ”自身に自覚はない。

 記憶がなかったのは――彼女が本来、人ではなく、剣だからだ。


 ”ローゼ”。ロゼ。ゼロ。零。

 存在しないはずの少女。


 マイラがこの計画まで黒翼を裏切らず、ついでにカイザーとシリウスを殺すため舞台も用意できた。

 ローゼはもう、用済み。

 激しい戦いが始まるため、ゼーロは指示を出した。

 今、”ローゼ”は“元の姿”へと帰ろうとしていた。

 彼女は最後を悟り、言葉を放つ。

 


「クルサ!あなたはオリオンと、幸せに生きなさい!……ずっと応援してる!」


 全身を赤い光に包まれながら、”ローゼ”は私に笑みを向けた。

 まっすぐで、透き通るような瞳で。


「短い時間だったけど……ありがとう!」


 ――へへっ。


 その笑顔を最後に、悲鳴のような音を立てて――


「たのしっ……」


 バンッ!!


 風船が破裂するように弾け飛んだ。

 鮮血が霧となって宙を舞い、肉片が花びらのように散っていく。

 柔らかな頬も、白い腕も、次々と裂け、赤黒い断片に変わっていく。


 ビチャッ、ビチャリ――


 地面に落ちた破片が蠢き、互いに引き寄せ合う。

 血の糸を垂らしながら、じわじわと、ひとつの形へとまとまっていく。


 やがてそれは、二本の鋭い短剣となり、主の手元へと戻った。


 ”ローゼ”。

 血に染まり、肉を裂かれ、花弁のように散った少女。

 その短く残酷な人生は、今ここで終わった。


 ファン……シャン。


 金属音だけが、虚しく夜気に響く。


「お帰り……お母さん」


 ゼーロが呟いたその声が、胸の奥を抉った。

 彼女は優しく、その短剣を握りしめる。


 ……。


 もう……ローゼはいない。

 あの笑顔も、声も、温もりも――すべて血の中に消えた。


「な、ん……で……」


 訳が……分からない。

 オリオンは刺されて……マイラは裏切って……ローゼは……剣になった。


 嗚咽が喉を突き破る。涙で視界が滲む。

 許せない。許せない!

 私は涙を散らしながら、ゼーロへと突進した。


「ああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 今までに発したことのない……声で……叫びながら。



 クルサ……彼女は友達を二人失った……。

 たった二人の友達を。


 ゼーロとクルサ。

 黒髪同士の戦いは、しばらく続くこととなる。

 場面は変わり……次の地獄へと進む。



 次回:第六十九話 殺さずに止めるたった一つの方法:決戦の火蓋

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