第六十六話 【崩壊】英雄 ロキ :この世界を最も憎んだ者
……
もう少しで新幹線が駅に着くという頃……聖都市では。
「なんで魔族が……!」「おがぁざん……おどぉ……」
「あがッ!」「……っめ……」「だずげでぇぇ!」
「いやだ!喰われたくない、いやぁあああ!」
「う、腕が……俺の腕がぁぁ!」
「誰か、誰があ!」
「やめて……弟に手を出さないでッ!お願い、やめ……ぎゃぁぁ!」
「助けて……まだ死にたくない……死にたくな――」
突如として現れた多数の魔族により、都市は一瞬で地獄と化した。
大半の人間は理性を失い、黒い血管が皮膚の下を這い回るように浮かび上がり、獣のような咆哮を上げて魔族へと変貌していく。
カイザーやシリウスのように強大な魔力を持つ者だけが魔族化を免れたが、彼らの周囲には中級悪魔並みの力を持つ魔族が群れをなし、数は膨大。勝てるはずもなく、ただ次々と屠られていった。
残された大多数は次々と魔族へと変じ、隣人を、恋人を、家族を、肉片に変えるまで容赦なく噛み裂いた。
街路に赤黒い飛沫が散り、石畳を染めていく。
母親は乳飲み子を抱いたまま喉を食い破られ、子は母の死体に縋ったまま小さな胸を貫かれる。
男の叫びは舌を噛み千切られた瞬間に潰え、残された眼球だけが絶望を映し続けた。
肉は引き裂かれ、骨は砕かれ、悲鳴が絶えるまで蹂躙される。
それはもはや戦場ではなく、悪夢そのものだった。
事態を把握した五つの騎士団はすぐに放送を流し、市民に都市中央の城へ避難するよう指示した。
彼らは五方向に散開し、まだ人のままの者を救い出しながら、魔族と化した者たちを次々と排除していく。
魔法で生み出した翼を背に、空から舞い降りる騎士たちと魔族の激しい戦闘が、都市の至るところで繰り広げられていた。
そんな最中――緑翼騎士団の団長が、「紫翼騎士団団長:ロキ」のもとへ姿を現した。
「こちらは粗方片付いた。お前の方はどうだ、ロキ」
緑翼騎士団は六騎士団の中で上から三番目の実力を誇り、集団殲滅に特化した部隊。
誰よりも先陣を切り、多くの魔族を討ち取ってきた。
一方、紫翼騎士団は二番目に強いと言われてはいるが、大型の魔族に対し強い部隊。 集団戦にはあまり強くないため、仲間思いの緑翼団長は、心配になってロキが担当するこの戦場へと駆けつけてきたのだ。
「……」
ロキは無言のまま、ただ下を向いていた。
緩やかな風が吹き、彼の綺麗な銀髪が揺れる。
「他の団員の姿が見えないが……まさかやられたのか!?」
「……」
ロキは下を向いたまま、冷酷な顔を浮かべていた。
遠くの地上で必死に戦う人々を――まるでゴミでも見るかのように空中を佇んでいる。
いつもとは明らかに違う表情に心配になった緑翼の団長は声を掛ける。
「……おい」
「……」
「おい、聞いているのか!」
「……うぬとは付き合いが長い。だから最後に問おう。差別のない、平和な世界を作る。われと共に作らないか、新世界を」
ロキと緑翼の団長は学生時代からの友であり、戦場を共に駆け抜けてきた戦友。
ロキはゆっくりと顔を上げ、片手を差し伸べた。
まるで小さな希望を抱くかのように。
だが――
「最後?……お前、大丈夫か?その問いは何度も聞かされたし、真剣に考えもした。だが答えは変わらん。不可能だ。……こんな緊急事態に、ふざけている場合じゃ――」
緑翼の団長の言葉が途切れた。
ロキの口元が歪み、冷ややかな声が落ちる。
「そうか……残念だ」
ホォワァァ――。
ぞわり、と。
ロキの髪の根元から、色が変わり始めた。
*
ここで一つ思い出してほしい。
――なぜ、城の地下深くに厳重に保管されていたはずの《ファフニールの骨》が奪われたのかを。
外部からの干渉を一切拒む特殊な結界。
限られた者しか立ち入れず、さらに強固な封印まで施されていた。
その場所から、一体どうやって骨が持ち出されたというのか。
――答えは、内側にあった。
パリン、パリン……。
骨を囲う結界、および封印を解除できる唯一の存在――それは《騎士団長》である。
団長の権限によって結界が一時的に解かれ、そこに現れたのは一人の老人。
アスモデウス。
彼と騎士団長は音を遮断する結界を張り巡らせ、巨体の残骸を一本ずつゲートに投げ込み、外へと運び出していった。
そう、すべては――裏切り者による犯行だったのだ。
*
銀の髪が、じわじわと――黒へと染まっていく。
いや、黒髪へと戻った、の方が正しい。
「……お前……その髪……」
六つの騎士団を束ねる団長たちは、皆が人の身では決して成せぬ偉業を果たし、英雄と崇められてきた。
英雄ロキ……彼もまた尋常ならざる力を持つ人間である。
「なぜ……変えた」
緑翼の団長が震える声で問う。
だがロキは答えず、ただ静かに腰の剣へと手をかけた。
低く、呟くように――
「われは、ずっと待っていた」
……………………………………………………………………
”黒髪を忌み嫌い、差別してきた者たちを……皆殺しにする”
――この時を。
紫翼騎士団長:【ロキ】。
***彼こそが【黒翼の盟主】***
今、ここに全てが ”動き出す” 。
……………………………………………………………………
「聖剣レーヴァテイン」
鞘から抜き放たれた刃に、漆黒の炎がまとわりつく。
「さらばだ……」
ドン シュワン――。
黒炎の一閃が奔った。
緑翼団長の首は胴から離れ、虚空を舞い、やがて翼の光を失った身体と共に地へ墜ちる。
信じていた仲間に、戦友に――裏切られるなど想像もせず、その命はあっけなく絶えた。
六つある騎士団のうち、一つはジークフリートが率いる白翼騎士団。
しかしアラクネとの戦闘により、今や団長は一人。実質的に壊滅状態である。
残る五つの騎士団……それぞれに団長が一名ずつ存在する。
そして今、ロキは一人の騎士団長を斬り伏せた。
自分を除けば、残る騎士団長はあと三名。
ロキは一滴の涙も流さず、悲しみに暮れることもなく、冷徹に部下たちへ指示を飛ばす。
「殺せ」
「はっ」
ホホホホ……ホワァァ――。
魔族を討つふりをしていた紫翼騎士団の全員が、黒髪へと戻り、黒翼の構成員として行動を開始した。
目的は他の騎士を全員討ち、生贄とすること。
黒翼、そして魔族化した人間たちが都市を蹂躙する中、ロキは漆黒の翼を広げ、悠然と飛び立った。
・
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「グハッ……」
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ロキは都市にいる最後の騎士団長の心臓を貫いていた。
たった数十分……。
それほどの時間で3名の騎士団長が全員、殺されたのだ。
決して他の騎士団長が弱いわけではない。
ロキが強すぎたのだ。
この世界を誰よりも憎み、妬み、恨み続けた男の憎悪が命を喰らった。
騎士団長を失った他の団員たちは、副団長の指示の下に行動しているが、ロキ団長による裏切り、止まらない魔族化した人間の進行。
あまりにも絶望的な状況に混乱をしていた……。
……
そんな中、ようやく駅に到着し、壁に覆われた聖都市へと走った生徒、教師、ジークフリート。
遠くから壁の内部から無数の火煙が立ち上っているのを目にした彼らは速度を上げ、閉じていた正門を無理やりこじ開け中へと入る。
そこはもう、自分たちが知っている都市の風景の原型を留めてはいなかった。
建物は焼け落ち、戦闘の痕跡が至る所にあり、空気は淀み、地面は血の赤、その上に転がる大量の死体。
”Bクラスの何名かの生徒”は気持ちが悪くなりその場で嘔吐、地面に倒れるほどに中は悲惨なことになっていた。
ハルクはGクラス担任と同時に保険教師、急ぎ具合が悪くなった生徒の介護に回る。
「ここは俺に任せろ。後で合流する」
すると、Bクラスのリーダーであるアルターがハルクの後ろから声を上げた。
「魔族が現れる可能性もあります。僕たちBクラスも残ります」
「Bクラスは必要ない。都市にいる人間を救え」
一人でも十分だと言うハルクに、アルターは毅然と反論する。
「ハルク先生、賢明に行動しましょう。リーダーである僕がクラスメイトを置き去りにするわけにはいきません。都市の人々を助けるのも大事ですが……」
「分かった、分かった。すぐに終わらせる。そこで待っていろ」
「承知しました」
ハルクはこれ以上の議論は無駄と判断し、ジークフリートに手を払って先に行けと合図を送る。
ジークフリートは軽く頷き、正面を向く。その大きな背中が皆の視界に映った。
「頼んだ。それでは諸君、行動を開始せよ。全員、生きて帰ることを願っている」
ジークフリートと他の教師は正面へ、Aクラスは左斜め、C・Gクラスは右斜めへと進み、都市を三方向から隈なく駆け抜け始めた。
都市に残っている人々を一人でも多く、救うために……。
*
次回:第六十七話 ギリシャ神話最強の英雄 ヘラクレス




