第六十五話 私(ローゼ)は誰?:ボクの名前はねぇ~ゼーロって言うの♪
ねぇ、あなたは自分が生まれた時のことを覚えているかな?
この話をすると大半の人は忘れているって言うけれど、本当なの?
私?私は……知らない。
分かんないんだ。
知らないから、それを知ろうと聞いているの。
年を取ると自然と忘れていくものだよ?
そういうものなのかな~?でも、皆そう言うからそういうことなんだろうね~。
年月が過ぎる度に記憶が無くなっていくってことでしょ~。
記憶って、曖昧なもの。
だったら……”学園に来る前の記憶が一切ない”私をあなたは、どう思うかな?
タッ タッ
何もないよ。
自分がどこで、生まれたのか。
親は誰なのか?
何をしてきたのかも……すら。
タッ
”あなたに話しかけている私は、一体、誰、なのかな”?
教えてよ。私は、誰?
*
走行中の新幹線。
パリン――シュタッ。
Dクラスがいた車両、その窓を割ってジークフリートが入ってきた。
彼は都市へ帰還する途中、他の騎士団から都市内で起きていることを聞き、急旋回、この聖霊学園の生徒たちが乗っている新幹線へと飛んできたのだ。
生徒たちに向けて彼はこの車両付近、自分の声が届く位置に全員が集まるように指示を出した。
数分後、A、B、C、Gクラスの全生徒、教師が集まる。
周囲に学園の生徒がいる中、ジークフリートは聖都市内にいた仲間たちから聞いた情報を話す。
「率直に言おう。聖都市内に魔族が出現した。現在、五つの騎士団が総力を挙げて応戦している。しかし……人手が圧倒的に足りない。そこで君たちにも協力を要請する。学園に入ったばかりの一年生であることは承知しているが、もはや選択肢はない。私の指示に従ってもらう」
あまりにも突然の事態に、生徒たちの間で動揺が広がった。
聖都市内に魔族が現れるなど、聞いたことがない。
都市の外周は巨大な壁と結界で覆われている。並の魔族では侵入すら不可能だ。
だが、ジークフリートの眼差しは、これが幻でも試験でもないと突きつけてくる。
――本当に、魔族が都市に溢れている。
妹や弟、家族は無事か?
その不安が生徒たちの胸を締め付ける。
重苦しい沈黙を破ったのは、Aクラスのひとりだった。
「ジークフリート団長さんよォ……。報酬はあるのか?」
「……お前は」
「”ゼノン”だ」
低く名乗るその男――ゼノン。Aクラスのリーダー格。
銀髪のセンターパート、小柄な体躯に不釣り合いなほど膨大な魔力を宿す。
歴代試験はすべて合格、入学試験は唯一の満点。
傲慢さを隠そうともしないが、実力だけは揺るがない。聖霊学園の頂点に立つ存在だ。
「ゼノン……報酬はある。参加し生き残った者は全員、騎士団に入りを許可する」
あまりに突飛な言葉に、生徒だけでなく教師たちまでもが息を呑む。
ゼノンは目を見開き、すぐにニヤリと口角を吊り上げた。
「へぇ……そりゃまた高くついたもんだな。たかが魔族を殺して人を救うだけで、その報酬はデカすぎやしねぇか?」
「今回出現した魔族は、我々騎士団ですら手こずる。数は膨大、一体一体が中級悪魔並みの力を持つ。お前たちの命の保証はできない。強大な個体は未確認だが、もし出現すれば――全滅もあり得る。それほどの魔族が都市におり、人手が足りない状況。そして……白翼騎士団はある事情により、今や動けるのは私ひとりだ。だからこそ、お前たち生徒の力が必要なのだ」
「チッ……。ってことはよ、都市の中に急に魔族が湧いたってことか? 結界はどうした? 数はどれくらいだ?」
「結界は破られていない。奴らは内部から現れたと見ている。まだ確定ではないが……300万、いや400万体以上だろう」
耳を疑う数。冗談としか思えない規模に、さすがのゼノンも一瞬だけ冷や汗を流す。
いくら広大な聖都市といえど、その数がうごめいているとなれば、中は地獄以外の何物でもない。
暗い表情に沈む周囲とは対照的に、彼は楽しげに笑い声を漏らした。
「……ハッ、こりゃいい。けどよ、オレ達全員を突っ込ませるのはリスキーだぜ。特によ……Gクラスの雑魚どもなんざ外しておいたほうがいい。魔族に喰われて強化されちまったらさらに事態は悪化するからよ」
「お前の言う通り……魔族は人を喰らえば喰らうほど強くなる。だから全員を参加させるつもりはない。最低でも実績が三つ以上――その中で希望者のみに絞る」
「さすが団長さん、いい判断だなぁ。弱い奴は死ぬだけ、できるだけ強ぇ~奴だけを募るのは当然だわな」
「……質問は後で受けつける。都市に着くまで時間がない。急だが、この場で挙手をして参加表明をしてくれ」
A・Bクラスの生徒は条件を満たしており、実力に自信があるからか全員が手を挙げた。
Cクラスでは半分近くが挙手。
そして、Gクラスで条件を満たしているのは――たった6名。
オリオン、クルサ、ローゼ、マイラ、シリウス、カイザー。
彼ら全員が手を挙げた。
その光景に、周囲の生徒たちは正気かよとざわめいた。
とりわけ格下と見下しているゼノンは、言葉を飲み込めず吐き捨てる。
「おいおい……今の話、聞いてなかったのかよ。Gクラス、てめぇらは邪魔だって言ってんだよォ。いくら報酬が欲しいからってなぁ――」
カチャリ、と冷たい音が割って入った。
「ここは賢くいきましょう、ゼノン」
声の主はBクラスのリーダー「アルター」。
オリオンに匹敵する長身に、大人びた雰囲気。
青髪を肩まで伸ばし、スラリとした体で眼鏡をクイッと押し上げる。
体力は乏しいが頭脳は学園随一。ただし、ときおり抜けた一面もある。
「僕らがここで争ったところで時間の無駄です。参加者を早急に募り、作戦を立てるべきでは?」
ゼノンの眉が吊り上がる。
「アァ?オレの発言を邪魔するとはいい度胸だな。魔族の前にお前から先に殺してやろうか?」
「やってみろ――と言いたいところですが、今はやめておきましょう」
「……もう口に出てんだよ、雑魚が。本当に殺すぞ」
その一触即発の空気に、Cクラスの一人の白髪女がふわりと割って入った。
「まぁまぁ~、二人とも落ち着きなよぉ~。男同士の喧嘩が一番みっともないんだからさぁ~♪」
「今度はCクラスのビッチかよ。てめぇもまとめて相手してやろうか?」
「やだなぁ~。男となんて極力関わりたくないの。汚いからね♪」
「あなたの発言は火に油を注いでいるだけだ――と言いたいですが、止めておきましょう」
「よし、決めた。二人まとめて、今ここで殺す」
ゼノンが拳を鳴らし、一歩踏み出した瞬間――
シャキンッ!
ジークフリートの剣が一瞬だけ抜かれ、風を裂く音と共に稲妻のような衝撃が走った。
刹那の出来事に、上位クラスの三人が同時に硬直する。
「……お前たち。その闘志は嫌いではない。だが忘れるな。我々の敵は魔族だ」
ゾンッ――。
低く響く声と共に、剣気が場を支配した。空気そのものが凍り付く。
「どうしても力を振るいたいのであれば……私が相手になろう。お前たちが暴れれば他の生徒たちに被害が出るが、相手が私なら――犠牲は三人で済む」
その圧倒的な殺気に、三人どころか周囲の生徒全員が背筋を凍らせた。
怒りの熱が一瞬で氷に変わる。
ゼノンは舌打ちをし、頭をかきながら背を向けた。
「チッ……ノリの悪ぃ奴ばっかだな。今までの試験で潰しておくべきだったぜ。……つまんねぇ」
そして去り際、鋭い視線をGクラスへと突きつける。
「おい、Gクラス。てめぇら、足引っ張んじゃねぇぞ」
吐き捨てるように言い残し、自分の車両へと戻っていった。
…………
ジークフリートとハルク。
新幹線は進む。
騒ぎが収まり、生徒たちは各自の車両へと戻っていった。A・B・Cの担当教師が集まり話し合う中――Gクラス担任のハルクは、Eクラスが消えた車両でジークフリートと向かい合っていた。
「ハルク……私と共に前線で戦ってほしい」
二人は共に偉業を成し遂げた英雄同士。
たまに飲みを交わす仲であり、師範と弟子の関係でもある。
弟子であるジークフリートは、その剣の冴えを誰よりも知っていたからこそ、彼を求めた。
「ジーク。俺は戦わんぞ。どれだけ一般人の犠牲が増えようとな」
腕を組み壁に背を預け、硬い意思を告げるハルク。
「お前が人々を救いたい理由は知っているが、俺にも戦いたくない理由ってもんがある。それはお前に散々言ってきたことだ」
「知っている。大切な人を倒す戦いに身を投じたと」
「あぁ、とても大切な人(推しキャラに似たアンリマユ)を失った。あの時の後悔は今でも忘れられん。戦いなんぞ二度と御免だ」
「……そうか」
ジークフリートの声にわずかに落胆が滲む。
それを見たハルクははぁ~っと息を吹きながら、
「前線には出ん。だが生徒は守る。それだけは約束する」
「……ありがとう。善神の加護が――」
「やめろ。俺は善神が大嫌いだ」
「そうだったな。癖が出た。すまない。……ならば、戦地で会おう」
「ったく……」
ジークフリートが立ち去ろうとしたとき、ふと思い出したように振り返る。
「そういえば……D・E・Fクラスの生徒はどこに行った?姿を見かけなかったが」
「俺が知りたいくらいだ」
「どういうことだ?」
「この走行中に、忽然と消えたんだ」
「……不可解だな。この件が片付いたら、捜索をしよう」
「頼む。……だがな、ジーク。お前の言い回しは時々、死亡フラグにしか聞こえんぞ。直したほうがいい」
ジークフリートは一瞬だけ口角を上げ、フラグはもう懲り懲りだ――そう胸の内で呟き、ハルクに背を向けた。
…………
GクラスとCクラス。
「ねぇねぇ~そこの黒髪のお・に・い・さ・ん♪」
自分の席へ戻ろうとしていたオリオンの背に、甲高い声が突き刺さった。
「……何だ、貴様は」
振り返ると、先ほどA・Bクラスの男たちを煽っていたCクラスの女が立っていた。
「あなたたち人数が少ないじゃない?だからさぁ~ボクたちと組もうよ」
オリオンと彼女が言葉を交わすのは初めてだった。
彼は警戒をしながらも状況を整理する。
そして少し間を置き、即座に答えを出した。
「分かった。いいだろう」
「やったぁ~♪即決で黒髪の人間は嫌いじゃないよ」
「貴様、名を何という」
「うん?あぁ~そういえばまだ名乗ってなかったね~」
目の前の女がスカートを軽く持ち上げお辞儀をしながら丁寧に挨拶をしてきた。
「ボクの名前はねぇ~”ゼーロ”って言うの♪よろしくね。黒髪のオリオンちゃん」
……
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