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第六十四話 

 そんな惨たらしい光景を前に、彼女は——。


「死んじゃったね」


 両手を背に組み、感情の欠片も見せない。

 ただ人が死んだという事実を、淡々と口にしただけだった。


「見慣れた光景じゃろうが……ん……そういえばあの“哀れな娘”はどうしておる?復讐は終わりそうなのか?」


「んん~。“マイラちゃん”って呼んであげなよ。可哀そうだよ~せっかく可愛い名前があるのに~」


「ふっ、何も知らぬ復讐人形など、哀れな娘で十分。名を呼ぶのは本人の前だけでよかろう。それに‥‥」


 老人はここに居ないマイラに対して、とても同じ人間とは思えない言葉を発した。


「……ほんと、酷いおじさんだこと〜」


 ゼーロは肩をすくめ、吐息を洩らしながらその場を去るように歩き出す。

 ——自分自身も、全く同じことを思いながら。

 

「今更じゃよ。それより……この地に移したことで、ようやく魔方陣は完成した。あとは発動するだけじゃ。聖都市からジークフリート率いる騎士団が離れている今こそ、好機よ。準備はいいか、ゼーロ」


「いいよ~。ボクのおもちゃたちさえ生き残ればそれで満足。他の人間は全員、生贄になればいいって思ってる。特に……お・と・こ♡」


 ゼーロは笑みを浮かべるが、その瞳の奥の真意を誰にも見せはしない。

 アスモデウスは目を細め、にやりと嗤った。


「相変わらずじゃのう……」


 二人はゆっくりと歩き、大きな魔方陣が床に広がる場所へと立った。


「その大半の男も含めて、煩わしい騎士団どもを殺し、多くの生贄を捧げるとしよう」


「うん!」


 …………


 黒翼……彼らは騎士団に追われながらも追跡を避けては、次の場所へと拠点を移し移動している。

 そして、その行動範囲は追いつかれないよう、一見、ランダムにまばらに逃げているような動いているように見えた。

 しかし……ちゃんとした意図をもった行動だった。

 彼らは移動してきた拠点の一つ一つに目には見えない魔方陣を刻んできていたのだ。


 移動しては魔方陣を刻み隠す。

 そして逃げる。

 これを繰り返し数年。


 *それらの魔方陣は今や、聖霊都市全体を円のように囲っている*


 アスモデウスは”ある魔法”を唱え、魔力をこの地面に広がっている魔方陣へと当てる。

 ゼーロは老人の魔力が尽きないよう、彼に魔力を注ぐ。

 

 ピン ピン ピン


 今まで刻んできた魔方陣の一つ一つが繋がり円をなし、聖都市全体を覆い始めた……。


 ……


 ——数分前。聖都市。


「おじちゃん!」


「……おっ!何だい嬢ちゃん、一人で買い物か?」


「うん!」


 お金を握りしめた小さな少女が、野菜を売る屋台の前に立っていた。

 髭をたくわえた優しい中年の店主は、満面の笑みでその姿を迎える。


「今日は何を買っていくんだ?」


「ええっとね……」


 少女は手にした紙切れをぎゅっと握りしめる。そこには母親から頼まれた野菜の名前が書かれていた。

 前回は家族と一緒に来たが、今日は「一人でできるもん!」と意気込んでのお使いだ。

 ただ、心配性の母親は近くの店の陰から娘の様子を見守っている。

 店主はそれに気づき、思わず小さく頷いた。——これは少女が一歩、大人になる瞬間だと。


「これと、それ!」


 紙を見ながら、少女は玉ねぎとにんじんを指差す。


「一つずつでいいか?」


「う〜ん……二つ!」


 個数までは見えなかったが、母親が陰で「よしっ」と頷いているのを確認し、店主は安心して野菜を袋に詰めた。

 少女は差し出したお金と引き換えに袋を受け取り、ぱっと笑顔になる。


「ありがとう!」


「こちらこそ、ありがとよ!」


 そのやり取りを見届けた母親は、安堵の息を吐きながら姿を現した。


「あっ! お母さん!」


 少女は駆け出し、母は膝をついて両手を広げ、抱きとめようとする——。


 だが、その瞬間。


 ゴゴゴゴゴ……ッ!


 大地が唸るように揺れ、突如として都市を震わせた。


「きゃっ!」


 大きな揺れに少女は転び、手から滑り落ちた袋から玉ねぎとにんじんが石畳の上をカランと転がった。

 母親は急いで娘に駆け寄る。伸ばしたその手の先で——


 ピンッ!


 乾いた音とともに、目の前が紫の光に包まれる。


 次の瞬間。


 倒れていたはずの少女が小さく声を洩らした。


「……お母、さん……」


 か細い声。震える声。だが、すぐにそれは異様に変わる。


 メキメキ……ビキビキ……


「おが……あ、さ……」


 骨がねじれ、皮膚が裂け、肉が歪む。


 バキッ!


「オガァァァアアアアアアアアアザァァァァン!!!!」


 ドンッ!!!!


 少女の体は跳ね上がり、母の胸を蹴り砕くようにぶつかる。

 次の瞬間——


 ガブッ!


 ブチィッ!!


 少女……いや、変わり果てた魔族が、母の頭部へと食らいついた。

 石畳を抉るほどの勢いでかぶりつき、血飛沫が弧を描く。


「じょ……嬢ちゃ」


 屋台の店主も声を上げる間もなく、その顎に引き裂かれ、喰われた。


 ……


 その日。聖都市の人々のほとんどが、次々と魔族へと変貌した。

 魔力が弱い……抵抗力がない人間から先に魔族化したのだ。

 ——約五百万の人間が、一瞬にして絶望に呑み込まれたのである。


 街を覆い尽くすのは、悲鳴と絶叫。

 言葉も祈りも、すべてがかき消されていった。



第四章 絶叫 完


第五章 【地獄】 開幕


次回:第六十五話 ローゼは誰?:ボクの名前はねぇ~ゼーロって言うの♪

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