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第六十三話 捧げもの:聞こえない魂の絶叫

「おーい〜こっちー!……って、何でクルサをお姫様抱っこしてるのよ」


 少し先にいるローゼと目が合った。手を振りながらこちらに来るように促している。

 我はクルサを腕に抱えたまま街を歩いていた。

 理由は単純。儀式の後、こやつが疲れたと言って、我の膝の上でうたた寝を始めたからだ。

 あまりにも起きず、このままでは集合時刻に間に合わぬと判断し、そのまま抱えて移動してきたのである。


 ・ 

 ・

 ・


「気持ちよかった……もう一回、する?♡」


 ブルブルブル


 思わず、儀式での出来事が脳裏をかすめる。

 我は首を横に激しく振り、雲のように浮かび上がった記憶をかき消した。


 何とか集合時間内に班と合流、指定の場所にたどり着いた。

 生徒全員が揃ったところで、我らはその場を後にする。

 皆、満足そうに周囲の人間との会話を楽しみながら歩いている。

 そんな中、我はクルサを抱きながらあることを思っていた。


【魔力が……増大している】


 信じられないが、これは事実だ。

 我はクルサの言う通り儀式を進めた。そして終えた今、我の魔力は確かに増えている。



 この世界では、人が体内に持つ「魔液」は魔力と深く結びついている。

 ”魔液”とは魔力から自動的に生成され体内に常にあるものであり……男女共に違う液があり……察してほしい。

 激しい聖なる儀式を経て、オリオンとクルサは互いの魔液を分かち合った。

 自分以外の魔液に触れることで魔力が増大する。

 その結果、二人の魔力は増大したのだ。

 オリオンはクルサの言う通りに動いたとはいえ夢中だった。

 そのため、儀式を終えることで魔力が増大すると思い込む。



 これは新発見。

 塔に登ることもなく、割と楽しみにしていた美味なる食事にありつくこともなかったが儀式により魔力が増大するという情報を手に入れた。

 6時間以上、クルサが必須という条件があるが、強くなる第三の選択肢が増えたことは大きい。大きい……おお……


「ふふ、赤ちゃんみたい。もっと吸って♡」


 ブルブルブル


 だが、魔力を得られた代償に儀式での出来事が時々頭をよぎることが難点だ。

 首を横に振り脳を揺らせば一時的に解放されるがそれも束の間。呼び起こされる記憶に関しては我にも制御することはできない。

 我は解決策を考えながらクルサを見やる。腕の中で微睡んでいた。

 小さく規則正しい寝息が、やけに耳に残る。



 合宿のイベントが全て終わり、生徒たちは教師の指示のもと新幹線に乗り帰宅している。

 各々、周囲の人と話したりこの合宿の思い出に浸ったりとしている。

 そんな中——オリオンは、ひときわ深い眠りに沈み込んでいた。

 儀式による眠き、いらゆる賢者タイムによるものだ。

 


 深い眠りに……。



 そう、これから起こる悲劇に……気づかないまま……。


 ・

 ・

 ・



 プシューーーー


 ・

 ・

 ・


 

 女子個室トイレから、新幹線内に異様な空気が滲みだす。




 

・・・





 ポワン……。タッ タッ


 ここは地下室。この広く暗い空間に老人の声が響く。


「ようやく帰ってきたようじゃのぉ~」


 薄い黒髪、猫背、木の杖を支えに長いローブを羽織る老人。

 名を「アスモデウス」。

 ゲートの存在に気づきそちらへと視線を向けた。


「ただいま~。いやぁ~遅くなってごめんごめん。個室トイレ大渋滞でさぁ~」

 

 白髪から元の黒髪へと戻しながら、一人の女が姿を現した。

 黒く長いポニーテール、聖霊学園の制服を着用、首元に蝶の紋章が刻まれている。

 名を「ゼーロ」。

 学園に忍び込んでいる彼女は先ほど個室のトイレに入り、ゲートを開いてこの地下室へと帰還したのだ。

 

 アスモデウスは不満げに鼻を鳴らす。

 それに気づいたゼーロは、ため息をつきながら口を開いた。

 

「まだ怒ってるのぉ~?もう誤ったじゃぁ~んファフニールのことはぁ~」


 彼女はどうやら一度誤ったようだが、それでも老人はかなり怒っていた。


「誤ったで済むものか馬鹿もんが!あの骨を手に入れるのにどれだけ苦労したと思っておる!追ってきた騎士団たちから逃れられたとはいえ、ファフニールが死んだのは大損害、大損害じゃ!」


「また言っているようるさいな~。仕方ないでしょ~。ボクだって試験中にファフニールが現れて大混乱……大虐殺が起きることを期待してたのに、その手前で急に消滅して行方不明じゃ、ボクも対処のしようがないよ」


「ぐぬぬ……はぁー。全く、お主に指輪を渡すのが間違いだった。返せ」


「はぁ~い」


 ゼーロはアスモデウスに絶対服従の指輪を渡した。

 それを手に取った老人は自身のポケットへとしまい込み、手を前に、下に刻まれている蘇生魔法の陣に魔力を注ぎ込む。

 これで生贄を捧げる準備は整った。


「それで、やることはやってきたんじゃろうな」


「もちのろん!ちゃ~んと言われた通りに置いてきたよ。今頃皆、夢のなかじゃないかな~」


「はっ、そうでなければこっちが困るわ」


 二人は黒翼の幹部。

 彼らはこの世で最も強い魔の存在、「悪神アンリマユの復活」を望んでいる。

 蘇ったアンリマユを操り、「黒髪以外の全人類を滅ぼす」ことを目的としていた。


 だが、それは容易ではない。

 蘇生には膨大な“生贄”が必要となる。何千、何万……数えるのも馬鹿らしいほどの命が。


——常識的に考えれば、不可能。


 だが、その数を削減する方法が一つだけある。

 魔力の高い者を生贄とすれば、一人が二人分に、時には何十人分にもなるのだ。


 魔族化——蝶の紋章。

 どちらも人間を強化させる魔法。


 二人はそれらを習得し、幾度も実験を繰り返してきた。

 より強力な魔族に変え、紋章でさらに力を上乗せし、生贄とするために——。


 * * *


 その頃、新幹線では——。


 運転席を除く全車両に、目に見えぬ“何か”が充満していた。

 座席に腰掛けた生徒も、通路に立つ教師も、次々と瞼を閉じ、深い眠りへと落ちていく。

 車内を満たすのは、重い静寂だけ。


 これは〈催眠の壺〉の効果だった。

 ゼーロがアスモデウスから託されたそれを、個室トイレに置き、蓋を開けたのだ。

 壺から溢れ出す気体は、触れた生物すべてを強制的に眠らせる。

 効力はわずか五分間、使えるのは一度きり。使用後は即座に壊れ、気体も消える。

 だが——魔法を行使するには、これで十分だった。


 アスモデウスは、A〜Gの7クラスのうち、DEFの3クラスの生徒とその担任教師を選び、足元に転移ゲートを開いた。

 彼らは一斉に姿を消し、次の瞬間——。

 地下室の“巨大な魔方陣が刻まれた石の板”の上に、無防備なまま横たわっていた。


 黒い翼を広げ、その光景を見下ろすゼーロは、念のため確認を取る。


「ねぇ、ちゃんとDEFクラスだけにしたよね?ABCはボクのおもちゃだし〜、Gクラスはもっとダメだよ。だって“マイラちゃん”がいるんだから〜」


 この3クラスを選んだ理由は明確だ。

 ゼーロはCクラスの誰かに紛れ込み、クラスメイトを蝶の紋章で操っては、壊さない程度に実験を繰り返している。

 ABクラスは比較対象として残す必要がある。

 Gクラスには、彼女の言う通りマイラがいる——そして、マイラも黒翼の一員だ。


 マイラの目的は、同じクラスのカイザーとシリウスを殺すこと。

 その復讐を手伝うことが、彼女を黒翼へ引き入れる条件だった。

 良い駒がいるクラスを選ぶ必要はない。 

 よって、この3クラスが標的となった。

 彼らは眠りについたまま……覚めることなく。


「分かっておるわ。ささっと魔法を放つ準備をせんか」


「ふぅん、ならいいけど」


 二人は同時に両手を突き出し、魔法を発動させた。


 次の瞬間——。


 グキッ…… グシャ…… バギッ……


 眠ったままの人間たちの肉体が蠢き、形を変えていく。

 骨は折れ、肉は裂け、千切れた端同士が勝手に癒着しては、また剥がれた。

 悲鳴は一つもない。

 地下室に響くのは、どす黒い変質音だけ。


 やがてそこにいた全員が魔族と化し、直後にゼーロの魔法が紋章を刻む。


 瞬く間に魔力が跳ね上がり、圧倒的な魔気が地下室を満たす。

 暴走寸前——その瞬間、アスモデウスが一つの魔法を唱えた。


 グチャッ……


 全員の命が、一瞬で潰えた。

 溢れ出た血が魔方陣の刻まれた石板へ流れ込み、肉片すらも吸い込んでいく。


 ドクン——。


 魔方陣が紫の光を放ち、血肉を余さず取り込んだ。

 


次回:第六十四話 

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