SS日記4 温泉:女子風呂編:クルサ、初めての友達
私はシャワーを終え、今は静かに湯船へと身を沈めている。
周囲では、クラスの皆が友達同士で笑い合っていた。
だけど、私はその輪に入ることができない。
……というより、これまでの人生で友達と呼べる存在が、一人もいない。
黒髪……“この世すべての悪”とされた、悪神アンリマユと同じ色だと……それだけで。
ただそれだけの理由で、私は蔑まれ、避けられ続けてきた。
けれど、母から受け継いだこの髪を、私は嫌いになれなかった。
むしろ、これを嫌う人たちの方が、よほど醜い――そう思うようになった。
だから私は、ずっと一人でいる。これからも、きっと――
「ねぇ、これであの黒髪、第一試験、第二試験、フラッグ試験で実績が3つもあるんでしょ?」
声が、遠くから聞こえてきた。
……黒髪。私のことだ。
わざわざ、皆の迷惑にならないよう露天風呂の端に来たのに……私が居て、ごめんなさいね。
「有り得ないよね~。私たち同じGクラスの底辺のはずなのに」
「ふふ、でも聞いたことあるよ。強化魔法もらってるって噂」
「え、どこから?」
「Aクラスの男子。すごい魔力量の持ち主らしいよ」
「何それズルじゃない?でも、どうやって」
その囁き声は、風呂の中全体に広がっていく。
気づけば、あちこちから視線が向けられていた。
何人かと目が合ってしまい、私は反射的に身体を壁際へと移した。
「ま、どうせ身体使ったんでしょ」
「あぁ~確かに、胸だけは大きいもんねぇ~」
「何それ~男たらし、単なるビッチじゃん」
「無理~私、そんな手段で騎士団入りたくないなぁ」
「あははっ、ほんとそれ~」
私は小さく、ため息をついた。
……ああ、またか。
こんな悪意に満ちた言葉は、もう何度も聞いてきた。
慣れたはずなのに――それでも、やっぱり、心は少しだけ痛む。
別に、好きであなたたちと同じ湯に浸かってるわけじゃない。
でも、部屋には湯船がない。シャワーだけじゃ、体の芯からは温まらないからここにいるだけ。
せめて視線の届かない場所で、静かに一息つきたかっただけなのに……。
私はそっと、自分の長い黒髪に手を伸ばした。
指先で絡め取ったその髪は、母と同じ――深く、美しい黒。
こんなにも綺麗なのに。
それが“悪”とされるなんて、どうして?
……確かに、歴史書に描かれたアンリマユは、恐ろしい神として語られている。
けれど、それは千年前の話。
本当にそうだったのかなんて、誰にも分からない。
そもそも、その神様に会った人なんているの?
見たことも、話したこともない存在を、一方的に“悪”と決めつける――
そんな世界のほうが、よっぽど恐ろしい。
「アンリマユって……どんな神様だったんだろう」
私はふと空を仰ぎ、湯気の向こうに遠い過去を思い描いた。
この髪が、何かの記憶と繋がっているような気がして――
「クッ、クルサ!」
ビクッ。
突然、名前を呼ばれて、思わず肩が跳ねた。
振り返ると、そこには――同じ班のローゼとマイラが立っていた。
「隣、座ってもいい?」
ローゼが少し照れたように笑い、マイラも静かに言葉を添えた。
「うん。わたしも」
一瞬、信じられなくて返事ができなかった。
すると――
「嘘、あの黒髪と同じ湯に浸かるつもり?」
「巨乳同士って惹かれ合うのかしら〜?笑」
「うっわ、きったな〜い」
「湯に入った瞬間に汚水で皮膚剥がれたりして〜」
「キャー、怖〜い!」
浴場の向こうから、あからさまな嘲笑と侮辱の声。
その悪意が、容赦なく耳に突き刺さる。
……ああ、そうだった。
私は言いかけた言葉を飲み込み、二人を見つめながら静かに言った。
「嫌……あなたたちと一緒に入りたくない」
本当は、こんな冷ややかな言葉は言いたくなかった。
でも、私と一緒にいるだけで――二人まで変な噂の標的になる。
この髪は、私だけのもの。この孤独も、私だけのもの。
迷惑をかけたくなかった。だから、あえて突き放した。
するとローゼは一言だけつぶやいた。
「……そう」
……これで、大丈夫。
嫌われるのは私だけでいい……そう思った時。
「よいしょ」
「うん」
ぽちゃっ ぽちゃっ
「あぁー温まるわ~」
「うん。気持ちいい」
ローゼとマイラは離れるどころか、私の両隣を挟むように湯船に浸かった。
「二人とも……何して……」
私の問いかけに二人は答える。
「何って、あなたとお話しするために決まっているじゃない。それに今のわざとでしょ。あなたのことまだ全然知らないけど、優しい人ってことは知っているんだから」
「うんうん」
……お話?
それだけなら、部屋で話せばいい。
みんなの目があるところで、わざわざ……。
「……やめた方がいいと思う。ほら、クラスの皆が見てるし……嫌われちゃうよ」
「いいよ。全然気にしないし」
「私も……そんなのどうでもいい」
――どうして。
どうして私に、そんなふうに優しくするの?
もしかして、何か裏があるんじゃないの……?
私は、家族と……オリオン以外の人間なんて信じていない。
どうせこの二人も、私の髪を……。
「……えっ?」
――触ってる?
気づけば、両隣に座るローゼとマイラの手が、私の黒髪にそっと伸びていた。
違和感の正体は、それだった。
湯の中で微かに揺れる、指先のぬくもり。
「すべすべ〜……ねぇ、どんな手入れをしたらこんな髪になるの?」
ローゼが目を輝かせながら聞いてくる。
「うんうん、さらさらで気持ちいい」
マイラも小さな声で、嬉しそうに頷いた。
――そんなふうに言われたの、初めてだった。
家族以外に、私の髪を触られたのも、褒められたのも、初めて。
「……怖く、ないの?」
思わず、口から本音がこぼれる。
「最初はちょっと怖かったよ。悪い神様と同じ髪色だもん」
ローゼは正直にそう言った後、ふっと笑って続ける。
「でも、今は違うよ。同じ班で、一緒に試験を乗り切った仲間でしょ?髪色何て関係ないっ!」
「うん。仲間」
マイラも、すぐに肯定してくれた。
「それに私たち、あなたのことずっと気になっていたの。綺麗だし、クールで凛としてるというか……正直惹かれてたんだ~。試験中はバタバタしてて、ゆっくり話す暇もなかったけど……今なら、時間あるでしょ?ねぇ、あなたのこと、もっと教えてよ!」
「うん。知りたい」
まっすぐに向けられた言葉に私は戸惑いを隠し切れない。
こんなふうに他人から向き合われたことなんて、一度もなかったから。
話したい気持ちと、やっぱり怖いという気持ちが、ぐるぐると心の中で絡み合う。
私は何となく周囲の視線が気になって、ちらりとクラスメイトの方を見ようとした。
「ちょっと、今は私が話しかけているんですけど」
ふっと視界が塞がれた。ローゼが身を乗り出して、私の視線をふさぐように体を入れてきたのだ。
「……ごっ、ごめん」
マイラが少しだけ驚いたように目を丸くして、そのまま笑った。
「ほ〜らっ」
次の瞬間、私の体がくいっとマイラ側――壁の方へ向けられた。
直後、背中にふわっとした温もりが当たる。ローゼが、私の背中にぴったりと抱きついてきたのだ。
「さあ、話そ!」
二人の顔が、すぐそこにある。
あまりに近くて、胸がドキドキした。
……でも、不思議と、嫌じゃなかった。
冷たく固まっていたはずの心が、じんわりと熱を帯びていく。
「……うん。わかった」
小さく頷いたそのとき、二人の顔がふわっと綻んだ。
それから、私たちは時間ギリギリまで、湯船の中で他愛ない話をし続けた。
学校のこと、試験のこと、くだらない笑い話や、好きな食べ物まで。
そして最後――
「クルサ、私たちと友達になろうよ!」
ローゼが、まっすぐに私を見て言った。
マイラも、小さく頷いて、同じ目で見つめていた。
私はゆっくりと首を縦に振るう。
小さな湯の音だけが、その返事を優しく包み込み、周囲の雑音はもう、私の耳には聞こえてこなかった。




