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第五十七話 クルサは我の女であり、お弁当であり、お弁当(供物)だ。

 殺気だっていた魔気が、最初からなかったかのように消え失せた。

 

「主、その女をどうするつもりですか?まさか、生かすなどと」


 ベルゼブブの爪が音もなく伸びていく。その鋭い先端は、クルサの首へとまっすぐに向かっていた。命令に抗い、殺そうとしている。


【とりあえず、様子見といったところだ。クルサがどうやってこの魔界に来たのか、掛かっている”呪い”が何なのか、これらを知らなくてはならぬ】


 魔界に入る手段は一つ――“冥界門”を開き、現世とこちら側を繋げ、その門を通過するしかない。

 そして、その“魔法”を行使できるのは、アンリマユ様と我のみ。


 つまり、クルサがいかにして魔界へ到達したのかは、まったくもって謎というわけだ。

 直接問いただすのは、あまりにリスクが高い。「王の瞳」の呪いを使って強制的に話させる手もあるが――その場合、クルサの記憶に魔界という情報が残る。外に漏れれば致命的。

 ならば、別の手段をとるべきだ。

 再び冥界門を開く際、異形たちをクルサの身体に潜ませ、監視させる。

 それで十分。その他にも探る手はある。こちらは、そう時間をかけずに解決できるだろう。


 問題は、呪いの方だ。

 ――何が条件で発動するのか。

 ――どういった効果を持つのか。

 この二点を突き止めれば、対処法も見えてくる。


 現時点で分かっているのは、

 ・クルサの魔力が急激に増幅したこと。

 ・殺意を向けてきたことから、自我を失っていること。

 これだけならば、紋章の強化魔法と何ら変わらん。

 だが、これは呪いだ。別の効果があると見た方がいい。

 

【安心しろ。我がこの女から危機を感じれば、即座に喰らう】


 そう言うと、ベルゼブブは鋭く声を上げた。


「いえ、今すぐに殺すべきです。この女が空間属性であれば尚の事。いずれあの英雄のように封印の魔法を習得する恐れがあります。最悪の場合、もう使えるという可能性さえ考えられる。最低限、魔界の牢獄にて監禁すべきかと。情報は拷問にて聞き出せばいい。さすれば、主に危害が加わることはありません」


 ベルゼブブは、何としてでもここでクルサを葬り去り、確実な安全を得たいのだ。

 他の配下たちも同様――このままでは納得しないか。


【貴様の言い分も理解できる。だが、こやつを“生かす理由”はもう一つある】


 我は一歩、前に出て告げた。


【もし、この呪いによってクルサが今後さらに強くなるのなら――その時に喰らえば、より強大な魔力を取り込むことができる】


「……」


【貴様たちも感じたはずだ。先ほど、クルサの魔気がこの場を支配した。たかが人間一人の魔気が、だ。呪いの影響であろうが、それでも“確かに”魔力は増している。

発動条件も効果も不明。しかし、このまま成長を続ければ――ファフニールや、あるいはジークフリートすら超える可能性があるかもしれん】


 少々大げさかもしれぬ。だが、あれほどの魔気を放てるのであれば、決して夢物語ではない。

 どうせ喰らうならば、より強くなってからの方が良い。

 呪いによって力を得るのならば、尚のこと――今、殺すには惜しい。


【我の目的は、貴様らも知っての通りだ。そのためには、一刻も早く力を取り戻さねばならぬ。まだ未熟なこの女を今殺すよりも、育て、上等な供物として喰らった方が、はるかに効率が良い。結果として、目的への到達も早まる。――異論はあるか?】


 納得したのか、配下たちの動きがぴたりと止まった。

 ベルゼブブもまた、黙したまま動かぬ。

 命令に逆らおうとする者は、一人としていなくなった。ただ、命令の解除を静かに待っている。


 ……我の目的は【竜に戻り、世界を破壊すること】……。

 そして、魔力を効率よく高めるためには、魔力を持つ生物を喰らうこと。

 魔力が強ければ強いほど、得る力も増大する。

 配下たちは、これを知っているからこそ、我が強くなろうとすることを止めることはできない。

 まだ不満、不安はあるだろうが、それでも受け入れるしかないだろう。

 ……【この目的(破壊)は、アンリマユ様の意思でもあるからだ】……。


「御意のままに」


 その言葉を聞いた我は命令の解除をする。

 同時に配下たちが攻撃の手を引っ込め、我に再度ひれ伏した。


 クルサ……貴様は我の女であり、お弁当を提供する者であり、我に喰われるお弁当(供物)だ。

 その時が来るまで、傍に置いてやろう。

 

 配下たちには今後の方針を伝え、異形たちに大量の血肉を多く与えた後、我はクルサをお姫様抱っこし、現世へと戻った。



 ちょうどその時、館内放送が鳴り響いた。

 予定されていた試験はすべて中止となり、今日は一日休みとなった。

 生徒たちは各自、旅館内で自由に過ごすようにとのこと。

 ただし、旅館の外に出ることは禁止――あくまで内部での活動に限るという指示だった。


 我はクルサを抱えたまま、保健室へと向かっていた。


「はぁ~……またお前ら、何かやらかしたんじゃねぇだろうな?窓ガラスは割ってないか?」


 図太い声が耳に響く。

 そこにいたのは、保健教師――ハルク。

 筋骨隆々の体を持ち、我がGクラスの担任でもある男だ。


 その風貌から、筋トレ好きの脳筋かと思っていたが、第二次試験の際、ローゼとマイラを連れてきたことで見直した。

 見た目に反して、治癒の腕は確か。人は見かけによらぬという典型例である。


【この女が気絶した。診てやってくれ】


「意味が分かんねぇな……何があった?」


【さあな】


「相変わらずだな、お前は……」


 ハルクは溜息をつきつつ椅子に腰を下ろし、ペンとカルテらしき紙を取り出すと、ベッドの一つを指差した。


「そこしか空いてねぇ。とりあえず寝かせてくれ。容態を確認する」


 我は小さく頷き、周囲を見渡す。


 大半のベッドはすでに埋まっていた。

 この保健室は広めで、通常の学園よりもベッド数は多いはずだが、それでも足りていない。

 横たわっているのは、皆が引き締まった肉体を持ち、魔力もそれなりにある者ばかりだった。


【こやつらは誰だ?】


「ジークフリート……野郎の騎士たちだ。そんなことよりも早くクルサを横にしてやれ。可哀そうだ」


 そう言えば、アラクネが言っていたな。数名の騎士がいたから操り、遊んだと。それがこいつらか。

 もとより療養していた者という可能性もあるが、我にとってはどちらでもいい。


 我はそっと、クルサをベッドの上に寝かせる。


【後は任せた。ハルクよ】


 それだけ告げて、踵を返す。

 保健室を離れ、廊下の右側を歩いた――その時だった。


「オリオン君……」


 背後から声がした。我はゆっくりと視線だけを後ろに向ける。

 そこに立っていたのは――シリウスだった。

 いつものような輝く魔気は見られず、どこか影を落とした顔をしていた。

 今日だけで態度が急変した者が三名。

 マイラは裏の顔をさらし、クルサには殺意を向けられ、ベルゼブブは怒りを露わにした。

 そして、今度はシリウス……貴様か。


 我はゆるりと身体を向ける。


【何だ】


「君は知っているのかい?カイザーがこんな傷を負った原因を」


 シリウスは真剣な表情で言葉を続ける。


「ロボット達は確かに強かったが、あの傷は明らかにおかしい。でも、カイザーは何も言わないんだ。何かを隠している。何でもいいんだ。知らないかい?」


 なるほど、カイザーはマイラに奇襲され、重傷を負ったことを黙っているのか。

 理由は分からんが、奴がそう決めたのならそれでいいか。

 話に乗るとしよう。


【詳しくは知らん。だが、我がマイラたちの下へ赴いた時……“上級悪魔”がいた】


「――上級悪魔!?」


 思わずシリウスの声が跳ねた。

 無理もない。ロボット型魔獣だけが出現するはずの試験に、悪魔など出るはずがない。


「それは本当なのかい?」


【あぁ。一緒に居たマイラの話によれば、カイザーはその上級悪魔から彼女を守るために戦ったそうだ】


「……そうか。それで、あの傷が……。だとすれば納得はできる。けれど……なぜそんな存在が試験に……」


【それは我にも分からん。知っているのは、そこまでだ】


 静かに告げると、シリウスはしばし黙し――そして、目を伏せるように言った。


「……ありがとう。最後にもう一つ、君は何者なんだい?」


…………

次回:第五十八話 ”黒翼”:オリオン……新たなる目的

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