第五話 人間の皮を被った竜
魔族――それは、人間に害を成す者たちの総称。
オーガ、ゴブリン、魔鳥、リザードマン、スケルトン、ダークエルフ――。
その姿も生態も多種多様。
生殖する者、しない者。言葉を操る者、本能のまま生きる者。
彼らは時代と共に変異し、進化し続けてきた。
だが、ただひとつ変わらぬ本質がある。
――「人間を苦しめ、捕食する」こと。
*
血に濡れた髪が顔に張り付き、目は虚ろに開いている。
転がった女(母親)の首はまっすぐ我を見上げていた。
【……そうか。貴様、死んだのか】
声に感情はなかった。
ただ、事実として、口に出しただけ。
己の内を探る――が、何もない。
怒りも、悲しみも、恐怖も……何ひとつ、湧かない。
目の前で死んだのが、我を育てた女(母親)であるというのに。
それでも、この心は揺れなかった。
村を見渡す。
炎が燃え盛り、赤黒い影が瓦礫の隙間を蠢く。
焦げた肉の臭いが鼻を突き、魔族たちの笑い声が夜空に響く。
そこに――見るも無残な男の亡骸。
四肢をもがれ、転がるその姿。
【男(父親)……貴様もか】
苦悶の表情を浮かべたまま、天を見上げるようにしている。
半年間、共に過ごしてきたため、こういう別れの時くらいは情が沸くかと思ったが……何もない。我の心は竜のまま、ということか。
ドン……ドン……ドン……
我の元に、重たい足音が近づく。
「ダッ、ダレダ?ニンゲン……コドモ?」
魔族共が、街に踏み入った我に気づいた。
「ギャハッハーーー!!!」
ゴブリンたちが、オーガの周囲で笑い声を上げる。
一匹がニヤつきながら近づき、手にした棍棒を振り下ろした。
ゴン!
続けて、何度も。
ゴン! ゴン! ゴン!
……しかし、我の小さな体には、かすり傷一つつかない。
「ギ……?」
ゴブリンの顔から、笑みが消える。目を見開き、固まった。
その様子に苛立ったオーガが、ゴブリンを蹴り飛ばし、巨体を揺らしながら前に出る。
そして、巨大な金属棍棒を高く振りかぶった。
フゥン――ドン! ドカン―――!!!
轟音とともに、オーガの金属棍棒が我の頭に振り下ろされた。
大地が震え、衝撃で砂塵が舞い上がる。
だが―――。
ピキピキ パリン!!!
金属棍棒は、我の頭上で砕け散った。
破片が光を反射しながら、夜空へと飛び散る。
「……ガ?」
オーガの表情が、困惑から恐怖へと変わる。
ゴブリンたちは、一歩、また一歩と後ずさる。
そんな中、我は、魔族たちに向けて小さな手を差し出す。
【下等な雑種どもが……我に牙を剥くとはな。身の程を弁えろ】
【異形たちよ………我を食らえ】
*
魔鳥に食われる。
死ぬ。
復活する。
また食われる――。
その繰り返し。
魔鳥が去ったのは、満腹になったからではない。
――「食えなくなったから」だ。
歯を立てようとも、地面に叩きつけようとも、強力な魔法を叩き込もうとも――
もはや、傷一つつかなくなった。
死と再生を繰り返すたび、
オリオンの肉体(皮膚)は「強固」になっていった。
今や、ゴブリンの棍棒が通るはずもなく、オーガの渾身の一撃ですら、まるで届かない。
………………………………
彼ら魔族は、知らなかった。
目の前にいる人間が――
ましてや、食われるだけの赤子が――
【自分たちよりも、強者であることを】
………………………………
オリオンの腕が脈動する。
その小さき体に宿る異形たちが、内側から集い始める。
肉が膨張し、皮膚が裂け、骨が軋む音が響く。
強靭なる肉体をもってしても抑えきれぬほど、無限に存在する異形たちが暴れ狂う。
そして――
それは、たちまち「無数の蛇の頭」へと変貌を遂げた。
牙が閃き、瞳が赤く光る。
咆哮とともに、蛇たちが襲いかかる。
絶叫が響いたのは、ほんの一瞬。
オリオンの前にいた魔族たちは、全て、喰われた。
その肉も、骨も、魂すらも喰らい尽くされ――
跡形もなく消え去った。
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魔法も使えない、力もない、
だが、同時に、ただの人間でもない。