第五十四話 竜王の玉座:緊急事態
試験が終わった。
初級、中級に参加したクラスは全班が合格。上級の合格班は以下の通りである。
Aクラス全班。Bクラス2班。
Cクラス全班。D、E、Fクラス0班。
そして、Gクラスは……オリオンの班を含めて2班が合格を果たしていた。
時刻は12時。
午後の試験開始までは、約一時間半の昼休憩が与えられている。
生徒たちは旅館に戻り、用意された料理を口にしながら、魔力と体力の回復に努めていた。
一方その頃――
午後の試験準備のため、一部の教師たちは森に設けられた試験会場へと足を運んでいた。
「……これは、いったい……」
彼らの目に映ったのは、まるで戦場のように荒れ果てた森だった。
木々は根元から焼き尽くされ、地面は大きく抉れ、黒煙の匂いが鼻をつく。
激しい戦闘の痕跡が、生々しく残されていた。
そこは、もはや“森”と呼べる状態ではなかった。
当然、午後の試験を安全に実施できる状況ではない。
教師たちは顔を見合わせ、困惑の色を隠せずにいた。
そのとき――
空を裂くように、白銀の輝きが降り立った。
大きな翼を広げ、天より舞い降りたのは、一人の騎士。
全身を白銀の鎧に包み、凛とした気配を纏っている。
「お前たちに、話がある」
その声と共に名乗りを上げたのは――ジークフリート。
この試験会場は、まさに彼と“アラクネ”が死闘を繰り広げた場所だった。
ジークフリートはアラクネを討ち果たした後、戦闘に巻き込まれた部下たちを魔法で一斉に搬送し、旅館にいた医療班へと治療を依頼していた。
その際、ここで“聖霊学園”の合宿が行われており、ちょうど今が試験中であることを知ったのだ。
戦闘の余波が試験に影響を及ぼした可能性、ここにいる危険性について考え、ジークフリートは教師たちに事の経緯を説明するため、この地で彼らの到着を待っていた――というわけである。
その後、教師陣とジークフリートは緊急の話し合いを行い、安全確保のため、生徒たちには旅館内で待機するよう指示が出されることとなった。
*
タッ タッ――
試験が終わり、我らはカイザーを保健室へと運び、教師に治療を依頼した。
我が傷を治したとはいえ、未だに目を覚まさない。
恐らく体が疲れ切っているのだろう。
シリウスは、眠っているカイザーのそばを離れようとせず、目覚めるまで付き添うらしい。
ローゼもかなり疲れており、魔力の器はボロボロ。エーテルを補給できないほどに魔力を使い果たしている状況。
食事を済ませた後は風呂に入り、部屋で休むと言っていた。
マイラもまた、ローゼと共に休むとのこと。
クルサは――「我と一緒にいたい」と、そう願い出てきた。
しかし、我には別に用がある。
クルサには怒らせないよう丁寧に断り、班の皆にはこうだけ告げる。
【この試験で起きたことは決して、口外するな】
それだけを伝え、静かにその場を後にする。
そして――数秒前、”我は誰もいないことを確認した上”で【冥界門】を発動。
我は一人、魔界へと帰還していた。
シャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ
無限に湧き上がる異形たちが、道を開けるように跪き、蠢く。
タッ タッ
シャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ
タッ タッ
我が歩むごとに、禍々しい魔界の空気が波紋のように広がっていく。
黒と紅に彩られた、深淵の王城――魔界の中心、我が居城。
天井は高く、壁も床も漆黒の魔石で覆われている。
中央には紫の絨毯が伸び、我はその上を静かに進んだ。
階段を昇り、我が竜であった頃に君臨していた玉座に、再び身を沈める。
――ザッ。
玉座の前に並び立つのは、ベルゼブブ、アラクネ。そしてケルベロスを含む数名の魔の者。
その背後には異形たちが列をなし、整然と片膝をついていた。
【――あげろ】
低く、重く、響く声。
その一言だけで、全てが動く。
「ハッ!」
異形たちが声を揃え、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には恐怖ではなく、絶対なる忠誠が宿っている。
【ベルゼブブ、アラクネ、ケルベロス、ならびに異形たち、貴様らよく働いてくれた。褒美を与えよう】
「ヴァン! ワン! ガァン!」
真っ先に口を開いたのはケルベロス。
お座りをしながら、三つの首がそれぞれに意思を持ち、言葉を発したのだ。
「肉ッ! 肉ッ! 肉ッ!」
三つの首がそれぞれ同じ言葉を叫び、ケルベロスは尻尾をぶんぶんと振っていた。
どれも同じだが――いつものこと。
我は手をゆるやかに上げ、低く告げる。
【用意しよう。だが――少し、待て】
「くぅ~……」
即座に報酬が得られないと察し、ケルベロスは情けない声を漏らした。
しょんぼりとした態度で、三つの頭を床に伏せる。
その様を一瞥した我は、視線を横へ――
次に、ベルゼブブへと移した。
【ベルゼブブ……貴様は何を欲する】
「余の部下、サタナキアおよびフルーレティの蘇生を――それだけで十分にございます」
我はわずかに頷き、掌をかざす。
【竜魔法:魂魄喰再臨】
シュン――パァァアアア……
幾体かの異形たちが糧となり、黒き二つの球体がその場に出現。
やがて破裂するように弾け、二つの影がその中から現れる。
ヴァンッ!! ドンッ!!
目を開いたサタナキアは両腕を大きく広げ、歓喜に満ちた咆哮を上げる。
「うぅーーーしゃぁーーー!!蘇ったでぇぇぇ!!」
その隣では、フルーレティがメイド服の裾を整え、優雅に膝をついた。
「喜ぶのは結構ですが……ここが誰の御前か、お忘れなく」
「あっ、そやった……す、すんません主様ぁ……」
気まずそうに頭を垂れるサタナキア。
我が殺した上級悪魔の二体はこうして蘇った。
そもそも、この二体を殺したのには理由がある。
マイラに、我と上級悪魔との間に繋がりがないと錯覚させるためだ。
我は洞窟攻略試験でベルゼブブと入れ替わった。
そして、ベルゼブブはある命令を下していた。
【マイラとカイザーに貴様の部下を潜ませろ。特にマイラの動きには注意を払え】
我はかつて、無数の命を奪い、幾度も殺意を向けられてきた。
ゆえに――風を肌で感じるように、殺意もまた敏感に反応できる。
試験前、作戦会議の場にて、微かに感じた異質な気配。
それは――マイラからカイザーへと向けられた、殺意だった。
人は恨みや怒りを抱けど、そう簡単に“殺意”は放てぬ。
しかし、あの瞬間、彼女は確かに――“殺す”という殺意を放っていたのだ。
マイラとカイザー、双方に眷属を潜ませたのは、まさにその兆しを追うため。
加えて、試験中に不測の事態が起きた際の“保険”でもあった。
マイラ――母性おっぱい。
魔力は高く、性格は柔和。第二次試験では的を破壊できないほどの優しさを見せていた。
だが、体を乗っ取った時……明らかに違和感があった。
……ローゼよりも遥かに動きやすい。
服越しには分からなかったが、鍛えられた肉体。反応速度。魔力の制御。
その“内側”には戦闘の素養が刻まれていた。
【やはり、マイラの素質は悪くない】
我がこう言ったのはそういうことだ。
まぁ、あの大きなおっぱいは邪魔であり、実際に重く感じたが、肉体は戦闘に“最適化”されていたのだ。
それらを勘案し、我は今回の策を講じた。
結果、マイラはカイザーに対して刃を向け、試験を不合格にしかけた。
もちろん、我は“何も知らぬ”顔でその場に現れ、事態を収束させた。
あの場にいなかった我が、全てを把握していることなど――不自然極まりない。
マイラの様子を見に来たと言う言い訳を作り、我と上級悪魔たちとの繋がりを断ち切るため、サタナキアとフルーレティは“見せしめ”として殺したのだ。
今後も我は“無知”を装い、マイラを泳がせる。
果たして使える駒か、それとも……排除すべき敵か。
見極めには、もう少し時間が要るだろう。
【ベルゼブブ。貴様は第一次試験でも働き、部下たちの時間稼ぎも無事成功。他に望みはあるか?】
問いに、ベルゼブブは一礼し、短く答える。
「いえ。今のところ、ございません」
【分かった。何かあれば、報告せよ】
「はっ」
我は頷き、次へと視線を移す。
【……アラクネ、貴様は――】
「純愛ピー、NTピー、Bピーの大好きな絵師のピーさんの薄い本、今出てる5冊ぜんぶ欲しいのぉ~♡あとね、あとね――」
長い。あまりに長い。
とはいえ、アラクネはジークフリートとの戦闘で十分に働いた。
この程度の願い――聞いてやるのが主たる勤め。
【用意できるかは分からんが、努力しよう】
「ありがと♡」
残るは異形たちだが、彼らの褒美は言われなくても伝わっている。
我の血肉だ。
異形たちはベルゼブブたちよりも力はないが、活躍度合いで言えば、一番といっても過言ではない。
こうしている今も、千年後のこの世界の情報を常に集めあらゆる場所に広がっている。
彼らにスタミナという概念はなく24時間365日働き詰め、褒美を与えねば示しが付かぬ。
その異形たちは、我の血肉が大好物。
我の肉体は不滅のため、いくらでも血肉を与えることができる。
異形たちは我の血肉を求め、我は異形たちの労働力を求める。
絶対的な主従関係があるが、それと同時に需要と供給の関係もしっかりと成り立っていた。
我は右腕に魔力を流し、膨張させ――左手で切断した腕を、容赦なく異形たちへと投げ放った。
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ――
咀嚼音が、玉座の間にこだまする。
そして数秒後――静寂。
欠片も残さず、すべて平らげたようだ。
……ふむ、また後で補充してやるとしよう。
バンッ!
我の右腕が再生し、玉座に背を預けた。
【さて……これからの方針だが――】
言葉を発しようとした、その時だった。
「オリオン様ッ!大変なことがッ!」
一匹の異形が慌てふためいた様子で、玉座の間へと飛び込んでくる。
【……どうした】
「女が……人間の女が、この魔界に――!」
【何?】
我は眉をひそめ、思考を巡らせる。
一体、誰が――?
その答えはすぐに現れた。
城の奥。重厚な扉の先――
その影が、静かに姿を現す。
【……クルサ……だと……?】
…………
次回: 第五十五話 終末のOO「OOOーOO」:「……私は、”運命”に導かれたかのように……そこにいた」




