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第五十話 偽りのマイラ:”全生徒皆殺し事件”:【魔族化】

 …………………………………


 小学四年生の頃――“全生徒皆殺し事件”が起こった前日。


「あっ、やっぱりここにいたのか」


 公園の奥、木陰に一人体育座りでうずくまるマイラの元へ、声が届いた。


 顔を上げると、そこにはマイラの幼馴染――ヨセフが立っていた。

 二人は幼稚園の頃に出会い、ある出来事をきっかけに親しくなった。

 最初はただの知り合いに過ぎなかったが、会うたびに言葉を交わし、少しずつ、確かな絆を育んでいった。

 いつしか、互いを“友達以上”として意識し始めていた――そんな、淡く揺れ動く想いが芽生え始めた時期だった。


「もしかして、今回もテストで的を壊せなかったのか?」


 気取らない調子で放たれた言葉に、マイラの肩が小さく震える。


 ヨセフには親がいなく孤児。マイラは名家の生まれ……通う小学校は別だった。

 それでも放課後になると、まるで引き寄せられるようにこの公園に集まり、言葉を交わし、心を重ねてきた。


「……うん」


 ぽつりと呟くマイラの声は、小さくて、弱々しかった。

 魔法の成績はいつも芳しくない。特に「的を壊す」「魔族を倒す」といった攻撃系の実技は苦手だった。


「お前は優しすぎんだよ。もっとこう、かぁーっと!かぁーっと!容赦なく放つんだ!」

  

 彼女の前に立ち、小さな拳を振りながら熱弁するヨセフ。

 冗談半分の明るさで言った言葉。けれど、それはマイラの心に深く突き刺さった。

 彼女の腕に自然と力が入り、袖口をぎゅっと握る。


「それが出来たら苦労してないよ……」


 ヨセフの表情が曇る。自分の励ましが、届いていなかったことに気づいたからだ。

 無邪気な言葉が、かえって彼女を傷つけてしまったことに。


 数秒の沈黙のあと、彼は不器用に笑った。


「……まぁ、そんな落ち込んでるお前に……今日は、特別なプレゼントを用意してきたんだ。これで元気を出してくれ」


 そう言って、ヨセフは手提げバッグから小さな白い箱を取り出した。


「じゃじゃーん!これだー!」


 マイラの目の前で蓋をパカッと開くと――中には、小さな星のチャームが付いたネックレスが入っていた。

 細く繊細なチェーンが陽の光を受けて揺れ、黄色い星がきらきらと輝く。


「……きれい……これ、いいの?」


 驚きに目を見開くマイラの問いに、ヨセフは照れくさそうに頷き、彼女の頭の上にそっとネックレスを乗せた。


「プレゼントだって言ってんだろ。それに……今日はお前、誕生日だしな」


「……覚えててくれたんだ……ヨセフ、記憶力悪いのに」


「なっ!失礼だな!……ちゃんと覚えてるさ。そ、それに……お前は一応、俺の親友だからな!」


 そう言って頬を赤らめ、視線を逸らす。


 マイラはネックレスを手に取り、しばらくじっと見つめていた。胸の奥にあった重たいものが、ふっと和らいでいく。

 両手で大事に握りしめてから、ネックレスを首の後ろで留めようとする。


「……うん。そうだね……ありがとう。すごく、嬉しい」


 シャララ……。


「ど、どうかな……」


 ヨセフに見えるように少し体を傾け、星に指を添えて、笑顔を見せるマイラ。

 金髪のショートボブが揺れて、どこか誇らしげな、ほんのり照れた笑顔。

 その笑顔を見たヨセフは――


「いっ、いいんじゃね……似合ってるよ」


 可愛いと思いながら、鼻の下をこすり照れる。


「うん!」


 マイラにとって、彼は――いつだって、心の支えだった。

 想いを寄せる、たった一人の異性。


 ……まさか、数日後にその存在を永遠に失うことになるなんて――夢にも、思わなかった。


…………………………………


 ここは、ヨセフが通っていた――孤児たちが集う小学校。


 バチッバチッ…… バタン。


 燃え盛る炎が天井を舐め、血のような赤で世界を染め上げていた。

 その中心に立つ二人の少年――カイザーとシリウス。彼らの足元には、クラスメイトの死体が瓦礫と混じり合うように積み重なっている。

 友達、親友、ただのクラスメイトも――全員が命を落とし、見るも無残な姿で、あたり一面に散らばっていた。


 その死体の多くは、もはや「人間」と呼べる姿ではなかった。

 角が生えた者。赤や緑に変色した肌。翼、あるいは尻尾。


 【魔族化】――それは、人間が魔族へと変貌する異常な現象。


 数時間前、突如として学校全体が紫色の魔法陣に覆われた。

 その直後、生徒たちの体に変化が起こり、理性を失った魔族へと変貌していった。


 この魔法の効果を免れたのは教師陣と、カイザーとシリウスの二人だけ。

 魔力が高かった彼らは【魔族化】を逃れていたのだ。

 しかし、そのとき教師たちは皆、職員室で昼休みを取っており、違う校舎にいた。

 つまり――校内にいたのは、カイザーとシリウスだけだった。


 次々と襲いかかってくる魔族化した元・生徒たち。

 囲まれ、退路もなく、二人は……決断するしかなかった。


 ――生きるためには殺すしか、ない。


 そうして始まった、生存をかけた戦い。

 殺し、殺し、殺し続け――気づけば、全員を屠り尽くしていた。

 

 ・・・


 全てが終わった……。


 カイザーは隣に立つシリウスに視線を送る。

 だが、逆光で表情までは読み取れなかった。見えたのは、ただ一筋の涙。

 そして、強く握りしめられた拳からこぼれる血だけだった。


「……これで、よかったんだよな」


 カイザーの問いに、シリウスは沈黙を保ったまま、微かに震えている。


「あいつら……今ごろ天国に行ってるさ」


「……」


「俺たちは……地獄行き、確定だがな」


 バチッ……バチッ。


 炎が木材を焼き、死体を焦がし、空気を裂く。

 それでも、二人はその場から動こうとはしなかった。


「……僕は」


 沈黙を破ったシリウスの声は、あまりにも小さく、けれど確かな意志を帯びていた。


「……彼らが、もう二度と輝けなくなった分……僕が、輝くよ。彼らの分まで」


「あぁ、そうだな」


 この学校にいた全生徒を、シリウスとカイザーの二人が――たった数分のうちに殺し尽くした。


 そして――


 その生徒の中には、マイラの幼馴染であるヨセフの姿もあった。

 彼もまた、魔族と化し、彼らの手によって殺されたのだ……。


…………………………………


 ザァーーーーーーー。


「・・・」


 雨が降り続ける中、マイラはただ一人、ヨセフの墓前に立ち尽くしていた。

 葬式はすでに終わり、参列者たちも去った後。誰もいない冷え切った墓地に、マイラだけが残っていた。


 首に下げた星のネックレスに指を添える。それはヨセフが誕生日にくれたものだった。

 手にするたび、彼の声、笑顔、温もりが蘇ってくる。


 ポタッ ポタッ


 涙が止まらない。

 雨に濡れているのか、泣いているのか――もはや判別すらできない。

 彼を想うだけで、息ができなかった。胸が締めつけられ、立っていられなくなる。


 ずるり、と膝をつく。濡れた土に手を突き、額をつける。

 何もかもが奪われた。未来も、希望も、愛も――全部。


「……どうして……どうして……っ……」


 生き残ったのは、ただ二人。カイザーとシリウス。他の生徒たちは全員死亡していた。

 検出された魔法属性は「光」と「闇」。彼ら二人の属性と一致していた。遺体には魔法による殺害の痕跡が残されていた。

 そして、焦げた遺体から生徒たちが【魔族化】していたことも明らかになった。

 不可解なことは、死亡した生徒全員が魔族化していたにも関わらず、なぜかカイザーとシリウスだけはそれを免れていたということ。

 騎士団の捜査官たちは、二人が魔法で生徒たちを魔族に変え、自らの手で殺害したのではないかと疑った。

 だが、小学四年生の子供たちにそれほどの魔法行使や計画性があるとは思えず、また二人の沈痛な態度を見て、証拠不十分として除外した。

 それでも生徒を殺したことには変わりなく、二人は拘束され牢獄へ送られた。


 世間はまだ知らないのだ。人間が魔族へと変貌する現象――【魔族化】の存在を。

 その原因も、解除方法も未だ解明されておらず、騎士団上層部はこの現象がもたらす社会的混乱を恐れて、事実を隠蔽することを選んだ。


 その結果、事件はこう報じられた。

 *二人の少年が、通っていた小学校の生徒全員を虐殺した*――と。


 その小学校に通っていたのは、身寄りのない孤児たちばかり。

 保護者はおらず、抗議の声も上がらなかった。

 騎士団は密かに取引を持ちかけ、二人が【魔族化】の存在を口外しないことを条件に、刑期を三年と定めたのだった。


 ――#”だが、そんな真実を、マイラは知らなかった”#。


 彼女にとって、カイザーとシリウスはただの加害者だった。

 ヨセフを――誰よりも優しく、真っ直ぐで、弱者に寄り添い続けたあの少年を――無惨に殺した仇でしかなかったのだ。


 彼は、何の罪もなく、ただ巻き込まれ、命を奪われた。

 最期の瞬間、彼はどんな思いで死んでいったのか。

 助けを求めて、叫んだのではないか。

 生きたいと、必死にもがいたのではないか。


 その想像が、マイラの中で何かを壊した。


 希望は霧散し、未来は死んだ。

 残されたのは、絶望と――たったひとつの、決意。


 ヨセフを殺した、この二人を――自分の手で殺す。


 たとえ、人でなくなろうとも。

 たとえ、どれだけ汚れても。

 たとえ、この手で全てを失うことになっても――


「……絶対に、殺してやる……ッ」


 その瞬間から、彼女の人生は“復讐”のためだけに存在するものとなった。

 心を殺し、感情を殺し、ただ、力だけを求めた。

 強くなるためなら、どんな手段も厭わなかった。


 ――たとえ、それが【闇の組織】への加入であっても。


 やがて力を手に入れたマイラは、カイザーとシリウスが通う「聖霊学園」の入学試験を受けた。

 すべては計算通り。

 あえて成績を抑え、最下位のGクラスに入ることで、油断と隙を引き出すことが目的だった。

 好都合なことに同じクラス……それが彼女の殺意をさらに高めた。


 ……これまでの彼女は、すべて偽りだった……。


 Gクラスにいたことも、的を壊せなかったのも、優しい雰囲気も――全部が嘘。すべてが演技。

 その仮面の裏にあるのは、焼け焦げた心と、冷え切った怒りだけ。


 オリオンと同じ班になったのも、試験のためではない。

 カイザーとシリウスの実力を測り、油断を誘い、確実に“殺す機会”を探るため――。


 試験を通じて、彼女は確信した。

 二人を同時に相手取るのは難しい。

 だが分断さえできれば、一人ずつなら殺せる。


……………………………


 そして――現在。


 グググ……。


 マイラの右手が、カイザーの首を掴み、宙へと持ち上げていた。


 六人編成の班だったはずの彼ら。だが、状況は変わった。

 他の四人は下層へと落下し、合流の可能性は潰えた。

 完全な――二人きりの空間。


 この状況を、マイラは……ずっと……ずっと……ずぅーーーーーっと、待ち続けていたのだ。


…………………………………

第五十一話 復讐

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