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第四十五話 宴もたけなわ

 ”ガブゥ”……。


 ベルゼブブの頭部が、“消失”した。


 否――噛み千切られたのだ。


 先ほどよりも遥かに凶悪な“竜の頭”が突如として顕現し、ベルゼブブ【?】の頭部を丸ごと喰らった。


 顕現時間:0.000001秒。

 ――“絶対の捕食”。


 さらに続く。


 ”ガブゥ””ガブゥ””ガブゥ””ガブゥ”。


 次の瞬間、四肢全てが爆ぜるように消失した。

 両腕、両脚。

 全てが時間差もなく、竜頭によって貪られた。


 残るのは、心臓の鼓動を宿した胴体――それだけ。


 ファフニールは口元を歪ませた。

 満足げに咆哮を上げ、再びその大口をベルゼブブ【?】の胴体へと向ける。

 心臓……核を喰らい……己が力とするために。


「お前は、俺の“糧”となれッ」


 ベルゼブブに再生機能はある。

 だが、喰われた部位には猛毒が巡っており、回復ができない状態。

 通常の敵であれば、ここで決して逃れられぬ死を迎える。


 グァァァァァ――


 喰われる――。


 ・

 ・

 ・


【――だが、余興にはちょうどいい】


 その声が、鳴り響いた。


 首の無い胴体からではない。空気でも、大地でもない。

 “魔界そのもの”が喋ったかのような声音。


 刹那。


 ズルゥ……グチュゥ……。


 忌まわしい音とともに、失われたはずの部位全ての再生が……終わった。


 猛毒を含んだ“牙”の捕食。

 本来ならば再生など不可能な領域。

 異常。常識を逸脱した再生速度。


 愕然とするファフニール。


 そして――


【腐爪滅界】


 シッ


 ベルゼブブ【?】はもう、そこにはいなかった。


 シャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャリンーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。


「グァ!!!!!」 


 ファフニールの巨躯が、裂かれた。

 胴、翼、脚、爪、尾、首――

 音を置き去りにした速度。

 一瞬で、数百、いや数千回の斬撃が、鋼鉄よりも硬い鱗と竜の肉を断ち切る。

 その一撃一撃が触れた“存在”を腐蝕させ、削り取り、無に帰す。


 ベルゼブブは――ファフニールの尾の後方に佇んでいた。

 その手には、黒く細長い“爪”。

 静かに滴るのは、赤黒く濁った竜の血。それが空中から少しずつ垂れる。


 ギギギギギギギギギギ   ギチャ。


 ファフニールは呻きながらも自らの筋肉を膨張させ、裂けた肉体を強引に繋ぎ止めた。

 強力な腐食を己が魔力で焼き潰して抑え込む。


「虫風情が……!」


 苦悶と怒気が入り混じった声。

 その声が咆哮へと変わると同時に、全身から紫黒の瘴気が吹き上がった。

 周囲の魔力が激しく渦巻き、風景すら歪む。


 ――そして、爆音。


 ボォンッ!


 竜が天を突き上がる。

 翼をたたみ、身を槍のように細め、天頂まで駆け昇る。


 ベルゼブブの斜め上。


「超級魔法:黒毒空環ヴェノム・ドミニオン!!!」


 空中で翼を勢いよく横へと展開。


 翼の左右から紫色の円環が次々と出現した。

 それらは大空に放射状の軌跡を描き、広がったそれは空全体を覆い尽くす。


 ピキンッ……!


 次の瞬間、光を放ち全円環から下に向かって毒の雨が噴出した。


 ドロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ――――――――!!


 空が“毒”で染まる。


 重油のように濁り、触れた瞬間に“命”を溶かす猛毒の濁流。

 空気が悲鳴を上げ、音が鈍く濁っていく。


「消えろ、害虫ガァッ!!」


 竜の咆哮……それに対しベルゼブ……ジリ……ジリ……は、ただ上……ファフニールだけを見ていた。


【無の怨嗟】


 パンッ


 ベル……ジリ………が口をわずかに動かした瞬間、空に浮かんでいた毒の円環が、全て、音もなく“消えた”。


「な、に……?」


 ファフニールの瞳が大きく見開かれる。


 それと同時に――全ての毒の雨が、まるで最初から存在しなかったかのように消失した。

 視界から、気配から、空気から……毒という概念そのものが“取り除かれた”。


 ――音が、ない。


 世界が呼吸を止めたような沈黙が、魔界を支配する。

 無の怨嗟……直径6666m状にある全魔法の強制解除。この効果は一定時間続くことになる……。


 この魔法を知らないファフニールは息を呑み、次の瞬間には、再び魔力を練り上げる。


「竜魔法――」


 パンッ


 無慈悲な音と共に、術式が弾け飛んだ。


「……くっ……竜魔――」


 パンッ


 また、弾ける。


 もう一度。


 ……また、もう一度。


 いくら唱えても、一向に発動しない魔法。

 焦りが、怒りに変わる。怒りが、恐怖に近づいていく。


 その時――


 シュンッ


 ベルゼブブが、一瞬で目の前に現れた。

 無音の移動。空間が“凪ぐ”ような、異質な気配。


 空中で猛毒竜「ファフニール」と、**ジリ……ジリ……………**が向かい合う。


「口だけではないと、褒めてやろう。……小さき者、ベルゼブブ」


 重い声が響く。だが、その声の端にあった“余裕”は、どこかでひび割れていた。


 ファフニールは、最初から理解していた。

 目の前にいる魔の者が、自分より上位の魔力を持つ化け物であることを。


 しかし、それが勝敗を決めるとは限らないのが戦いである。


 実際、戦力差がある中、猛毒を付与させ一瞬ではあるが戦いを優位に進めた。

 そして、今も変わらない――魔法は消えるが、猛毒が巡っている以上、相手はいずれ死に至る。

 竜は、未だ自分が優位であると信じていた。


「だが……お前とて、動けば体力を消耗し、魔法を使えば魔力を減らす。再生したとはいえ、俺の猛毒が全身を巡り、ようやく効いてきたはずだ。――もう、さきほどの“速さ”では再生できまい」


 それは希望だった。

 それは、自分を保つための、最後の論理だった。


 ――。


【そうかも……しれんな……】


 低く、静かに――それでいて、全身の毛穴が凍りつくような声が、耳朶を這った。


 ファフニールの意識が、一瞬、足元から冷たくなる。

 一滴の汗を垂らしながら、ゆっくりと口を開く。


「……これで、終わりにしてやる」


 ドクンッ!


 心臓が跳ね、猛毒が全身を駆け巡る……再び、魔力が編み上げられていく。

 自身が放てる最強の魔法を放とうとしていた。


 パリン


 無の怨嗟の効果が解除される……。


 シューーー……ヒュウウウウウィイイイ……


「竜魔法――」








 ゾクンッ








「ッ、う……?」






【……こちらの肉体ではな】







 シュドンッ






「なっ……なんだ」


 ファフニールの鼓動が高鳴っていく。

 焦燥――それは長き時を経ても忘れられぬ感覚。それが今、現れた。


 ドン


「……はっ」


 ドン ドン 


「……いや、まさか……ありえない。あの方は封印されたはずだ……!」


 ドンドンドン――!


 後退する。竜としてあるまじき、恐怖からの後退。

 そう、確かにそこにいたのは【ベルゼブブ】だった。

 ――だが、違う。姿だけだったのだ。


 シュゥゥゥゥゥゥ……


 その偽りの皮が、足元から剥がれてゆく。


 バンッ!


 姿を現したのは――人間。だが、脳みそがそれを否定する。




 あれは、人間ではない……。




 ゴォォォオオオオオオオ……


 解き放たれた魔気が、魔界全土に響き渡った。


 空が揺れ、大地が震える。


「お前……いや」


 ゾゾゾゾゾ……


 全身の鱗が逆立つ。竜としての本能が――逃げろと叫ぶ。

 目の前にいるのは、ただの人間のはず。

 だが――竜の瞳には、別の姿が映っていた。


「どうして【あなた様】が……ここに……」


 ファフニールの目には――


 三つの首を持つ【竜王】の姿……幻影が見えていた。


…………


 かつて。


 ――左頭が吠えた時、地は割れ。


 ゾ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――――





 ――右頭が叫んだ時、空間が歪んだ。


 ギィ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ヤ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――――





 そして、中頭が叫んだ時。





 ヴォ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ガ゛ギ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛―――――――――――――――――――――――――!!!!!!!





 【命に……"死"が訪れた】……。


 

 無数の生命が泡のように弾け、

 英雄たちが血の沼に沈み、

 幾千という神々を葬り去ってきた最凶の竜。





 

 その邪竜の名は……。





「あっ、あ……」


 ドクン――


 ドクン――


【"思い出したか"?】



 ・・・



【"我が"……"誰か"……】

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