第四十三話 ”オリオン”……いえ、あなた……”誰なの”?:お前は、”誰だ”?
*
余らは右の道へと進んだところで下へと落ちた。
余は空中でクルサを抱き抱え、シリウスはローゼをキャッチした。
地面に叩きつけられる前に、余が地面に向けて水魔法を放ち、クッションを作った。
無事に着地。「助かった~」と安堵するローゼ。一方、クルサという女は微妙な表情を浮かべ、「あっ、ありがとう」と素っ気なく言い放つ。
口にした言葉は一応の礼。だが、その声音は淡々としていた。
照れとも違う。警戒とも違う。――距離感があった。
おかしい。情報によればクルサは余の女のはず。こんなにも態度が悪いとは聞いていなかった。
まぁ今はよいか。
そう割り切り、余は現状を整理する。
落下した先には、先ほどよりも広い道が続いていた。
余はすぐに通話を開き、後続にいたカイザーとマイラへ状況を報告する。
そのとき――ローゼが声を上げた。
「マイラたちも、同じ穴から落ちてもらって、一度集まろうよ!」
ローゼが心配なのは分からなくはない。
生存率を保ち、試験を高確率で合格できるこの作戦……だが絶対ではない。
試験時間はギリギリになるとは思うが、今からでも皆で行動した方が安全性は高い。
六人中、すでに四人がこの下層にいる。ならば一度集まるのは合理的とも言える。
――だが、余はそれを拒んだ。
獲物が釣れないからだ。
「いや。このまま別の道を進み、それぞれで試験を攻略すべきだ」
明確な意志を込めた声音。
ローゼがか細く言葉を継ぐ。
「でも……」
戸惑い、不安、そして――それでもなお余を信じたいという想い。
複雑な感情が入り混じった声色だった。
余は静かに、彼女の目を見据える。
【王の瞳】――相手の意思をねじ伏せ、命令に従わせる呪い。
シリウスとクルサに気づかれぬよう、瞳の色の変化を最小限に抑えたまま、低く言い放つ。
「このまま進む……変更はない」
その瞬間、ローゼの瞳が大きく見開かれた。
驚き……ではない。何かが崩れ落ちる音が聞こえるような、そんな反応だった。
そして次第に、目が細められていく。
まるで魂を抜かれたかのように、感情が薄れていく。
「……そっ……そう……だ、ね……うん。分かった……」
乾いた声だった。
ローゼは小さく頷き、静かに歩き出した。
「えっ……合流しなくていいの?」
当然の疑問が、クルサの口から漏れる。
余は舌打ちしそうになるのを堪え、視線を彼女に向けた。
このままでは時間を浪費する――ならば、クルサにも呪いを掛けるしかない。そう判断しかけた、そのときだった。
クルクルクルッ――シュタッ!
シリウスが空中で軽やかに回転し、割って入るように着地した。
「まぁいいじゃないかっ!元々、別行動の作戦だったんだ。それに向こうにはカイザーがいる。心配はいらないっ!」
明るく笑いながら、シリウスは軽やかにローゼの後を追う。
余はその場で通話を開き、後続の二人に状況を伝える。
「そういうことだ。引き続き、作戦を続行する」
「うん」
「了解だ」
ピッ。
通話が切れる。
余も静かに足を踏み出し、先を行く者たちの背を追った。
「行くぞ、クルサ」
隣を伺うと、クルサが何か言いたげにこちらを見つめていた。
けれど、その言葉は口には出されない。ただ――彼女は小さく頷いた。
「……うん」
その声は、どこか遠かった。
20分経過……残り時間は二時間。残り核はあと90個。
「はぁ、はぁ、はぁ~……やっと、倒せた……っ!」
「水も滴るいい男っ! 僕ッ!」
「……アンタの汗だけどね」
息を整えるローゼの隣で、シリウスがポーズを決めて自画自賛。汗が周囲に飛び散った。
そんな中、クルサが手を挙げて言った。
「次、私が問題を解く番だよね?」
ロボットたちが明らかに強化されている――それは、誰もが肌で感じ取っていた。
このまま進めば、さらに手強い個体と遭遇するのは避けられないだろう。
だからこそ、まだ二人きりで行動しているカイザーとマイラには、これ以上奥へ進ませず、強敵との接触を極力避ける策が取られた。
具体的には、マイラの解答を早めに終わらせ、そのまま帰還させるというものだ。
安全を優先し、少しでもリスクを減らすための判断だった。
残る問題は、あと四問。
それに合わせて解読の順番も見直され、現在は【クルサ → マイラ → ローゼ → クルサ】という構成になっている。
なお、同じ人物が連続で問題を解くことは禁止されているため、二問目を担当したマイラは三問目には挑めない。
本来は五番目に予定されていたマイラを、四番手に繰り上げることでこの制限に対応した形だ。
周囲にロボットはおらず、目の前に端末が置かれている。
「そうだよぉ~。オリオンと二人っきり~♡」
ローゼがニヤニヤしながら、通話越しにからかうように言ってくる。
「ちょ、ちょっと!そんなふうに誇張して言わなくてもいいでしょ!それに今は状況が……」
クルサは顔を赤くし、慌てて抗議の声を上げる。
「ふふふ。じゃあ、私たち先に行ってるから~」
「ロッ、ローゼー!」
「お二人でぇ~ご・ゆ・っ・く・り~♪」
「もう、まったく……!」
クルサは火照った頬に手を当て、ぱたぱたと内輪のように仰ぎながら小さくため息をついた。
「行くよっ! ローゼ君っ! 僕が君の騎士っ!」
「はいはい。そうですね」
「相変わらず冷たいっ!」
軽口を最後に、作戦通り――余らが端末の前に残り、ローゼとシリウスはさらに奥へと進んでいく。
やがて、その足音すら聞こえなくなった……。
三問目はクルサの番。
余は地面に胡坐をかき、警戒を怠らず辺りを見張っていた。
カキ、カキ、カキ……
クルサが端末にペンを走らせる音だけが、静まり返った洞窟内に微かに響いている。
その静寂の中で、余は意識の一部を“眷属”へと向け、テレパシーにて会話をしていた。
コトッ。
ペンが置かれる音。
どうやら、問題を解き終えたようだった。
次の瞬間……。
「ねぇ、おかしなこと、聞いてもいい?」
クルサが突然、こちらを振り返った。
その頬にはうっすらと汗が滲み、声は微かに震えている。
「なんだ?」
余が返すと、彼女はじっと余を見つめながら、言った。
「オリオン……いえ、あなた……誰なの?」
――その言葉を聞いた瞬間、余の内側で何かが切り替わった。
胡坐をかいていた体勢のまま、余はゆっくりと視線を上げる。
冷たい眼差しが、目の前の“クルサ”――否、“下等な人間の女”を静かに射抜いた。
*
ファフニールが消える、その一秒前――。
【冥界門】
何者かがは、自らと猛毒竜ファフニールを強制的に魔界へと送り込んだ。
ウィーーーードン……
視界が暗転したと思えば、巨大で禍々しい扉が空間に現れた。それが重々しく開かれる。
その闇の奥へと、一頭の竜が呑み込まれていった。
――そして、ファフニールが再び目を開けたとき……そこに広がっていたのは、かつて見慣れた風景だった。
「ここは……魔界……? なぜ、俺が……?」
「絶対支配の指輪」の命令――「洞窟にいる学生たちを襲い、殺せ」
その命に従い、空を駆けていたはずのファフニール。
だが、たどり着いたのは地上ではなく、かつて自分が住んでいた場所――魔界だった。
シャシャシャシャシャシャシャシャシャ……
不気味な音を奏でながら、魔界の異形たちがファフニールの前に道を開けていく。
それは、【王】のための道だった。
困惑するファフニールの耳に、重く乾いた足音が響き渡る。
タッ……タッ……タッ……
静寂を断つ足音が、魔界の地をゆっくりと叩く。
その一歩ごとに、圧倒的な魔力と威圧が空気を震わせた。
ファフニールは首をめぐらせる。そこには、自分と同等……否、それ以上の力を纏う“何か”が歩いてきていた。
【――異形たちよ、手を出すな】
……こやつは、我の供物だ……。
「お前は……誰だ?……」
唸るように問いかけるファフニール。
現れた男……黒き翼、赤き瞳、長くしなやかな尾が揺れ、足元に影がにじんでいた。
ただ口元を歪めて、獰猛な笑みを浮かべた。
【”我”は・・・ふむ。違うな……”余”は――ベルゼブブ。王である】
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次回:第四十四話 猛毒竜【ファフニール】 対 蠅の王【ベルゼブブ】???




