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第四十三話 ”オリオン”……いえ、あなた……”誰なの”?:お前は、”誰だ”?

 

 余らは右の道へと進んだところで下へと落ちた。

 余は空中でクルサを抱き抱え、シリウスはローゼをキャッチした。

 地面に叩きつけられる前に、余が地面に向けて水魔法を放ち、クッションを作った。

 無事に着地。「助かった~」と安堵するローゼ。一方、クルサという女は微妙な表情を浮かべ、「あっ、ありがとう」と素っ気なく言い放つ。

 口にした言葉は一応の礼。だが、その声音は淡々としていた。

 照れとも違う。警戒とも違う。――距離感があった。

 おかしい。情報によればクルサは余の女のはず。こんなにも態度が悪いとは聞いていなかった。

 

 まぁ今はよいか。


 そう割り切り、余は現状を整理する。

 落下した先には、先ほどよりも広い道が続いていた。

 余はすぐに通話を開き、後続にいたカイザーとマイラへ状況を報告する。


 そのとき――ローゼが声を上げた。


「マイラたちも、同じ穴から落ちてもらって、一度集まろうよ!」


 ローゼが心配なのは分からなくはない。

 生存率を保ち、試験を高確率で合格できるこの作戦……だが絶対ではない。

 試験時間はギリギリになるとは思うが、今からでも皆で行動した方が安全性は高い。

 六人中、すでに四人がこの下層にいる。ならば一度集まるのは合理的とも言える。


 ――だが、余はそれを拒んだ。

 獲物が釣れないからだ。


「いや。このまま別の道を進み、それぞれで試験を攻略すべきだ」


 明確な意志を込めた声音。

 ローゼがか細く言葉を継ぐ。


「でも……」


 戸惑い、不安、そして――それでもなお余を信じたいという想い。

 複雑な感情が入り混じった声色だった。


 余は静かに、彼女の目を見据える。

 【王の瞳】――相手の意思をねじ伏せ、命令に従わせる呪い。


 シリウスとクルサに気づかれぬよう、瞳の色の変化を最小限に抑えたまま、低く言い放つ。


「このまま進む……変更はない」


 その瞬間、ローゼの瞳が大きく見開かれた。

 驚き……ではない。何かが崩れ落ちる音が聞こえるような、そんな反応だった。

 そして次第に、目が細められていく。

 まるで魂を抜かれたかのように、感情が薄れていく。


「……そっ……そう……だ、ね……うん。分かった……」


 乾いた声だった。

 ローゼは小さく頷き、静かに歩き出した。


「えっ……合流しなくていいの?」


 当然の疑問が、クルサの口から漏れる。

 余は舌打ちしそうになるのを堪え、視線を彼女に向けた。

 このままでは時間を浪費する――ならば、クルサにも呪いを掛けるしかない。そう判断しかけた、そのときだった。


 クルクルクルッ――シュタッ!


 シリウスが空中で軽やかに回転し、割って入るように着地した。


「まぁいいじゃないかっ!元々、別行動の作戦だったんだ。それに向こうにはカイザーがいる。心配はいらないっ!」


 明るく笑いながら、シリウスは軽やかにローゼの後を追う。

 余はその場で通話を開き、後続の二人に状況を伝える。


「そういうことだ。引き続き、作戦を続行する」


「うん」


「了解だ」


 ピッ。


 通話が切れる。

 余も静かに足を踏み出し、先を行く者たちの背を追った。


「行くぞ、クルサ」


 隣を伺うと、クルサが何か言いたげにこちらを見つめていた。

 けれど、その言葉は口には出されない。ただ――彼女は小さく頷いた。


「……うん」


 その声は、どこか遠かった。




 20分経過……残り時間は二時間。残り核はあと90個。


「はぁ、はぁ、はぁ~……やっと、倒せた……っ!」


「水も滴るいい男っ! 僕ッ!」


「……アンタの汗だけどね」


 息を整えるローゼの隣で、シリウスがポーズを決めて自画自賛。汗が周囲に飛び散った。

 そんな中、クルサが手を挙げて言った。


「次、私が問題を解く番だよね?」


 ロボットたちが明らかに強化されている――それは、誰もが肌で感じ取っていた。

 このまま進めば、さらに手強い個体と遭遇するのは避けられないだろう。

 だからこそ、まだ二人きりで行動しているカイザーとマイラには、これ以上奥へ進ませず、強敵との接触を極力避ける策が取られた。


 具体的には、マイラの解答を早めに終わらせ、そのまま帰還させるというものだ。

 安全を優先し、少しでもリスクを減らすための判断だった。


 残る問題は、あと四問。

 それに合わせて解読の順番も見直され、現在は【クルサ → マイラ → ローゼ → クルサ】という構成になっている。


 なお、同じ人物が連続で問題を解くことは禁止されているため、二問目を担当したマイラは三問目には挑めない。

 本来は五番目に予定されていたマイラを、四番手に繰り上げることでこの制限に対応した形だ。


 周囲にロボットはおらず、目の前に端末が置かれている。


「そうだよぉ~。オリオンと二人っきり~♡」


 ローゼがニヤニヤしながら、通話越しにからかうように言ってくる。


「ちょ、ちょっと!そんなふうに誇張して言わなくてもいいでしょ!それに今は状況が……」


 クルサは顔を赤くし、慌てて抗議の声を上げる。


「ふふふ。じゃあ、私たち先に行ってるから~」


「ロッ、ローゼー!」


「お二人でぇ~ご・ゆ・っ・く・り~♪」


「もう、まったく……!」


 クルサは火照った頬に手を当て、ぱたぱたと内輪のように仰ぎながら小さくため息をついた。


「行くよっ! ローゼ君っ! 僕が君の騎士っ!」


「はいはい。そうですね」


「相変わらず冷たいっ!」


 軽口を最後に、作戦通り――余らが端末の前に残り、ローゼとシリウスはさらに奥へと進んでいく。

 やがて、その足音すら聞こえなくなった……。


 三問目はクルサの番。

 余は地面に胡坐をかき、警戒を怠らず辺りを見張っていた。


 カキ、カキ、カキ……


 クルサが端末にペンを走らせる音だけが、静まり返った洞窟内に微かに響いている。

 その静寂の中で、余は意識の一部を“眷属”へと向け、テレパシーにて会話をしていた。


 コトッ。


 ペンが置かれる音。

 どうやら、問題を解き終えたようだった。


 次の瞬間……。


「ねぇ、おかしなこと、聞いてもいい?」


 クルサが突然、こちらを振り返った。

 その頬にはうっすらと汗が滲み、声は微かに震えている。


「なんだ?」


 余が返すと、彼女はじっと余を見つめながら、言った。


「オリオン……いえ、あなた……誰なの?」


 ――その言葉を聞いた瞬間、余の内側で何かが切り替わった。


 胡坐をかいていた体勢のまま、余はゆっくりと視線を上げる。

 冷たい眼差しが、目の前の“クルサ”――否、“下等な人間の女”を静かに射抜いた。



 ファフニールが消える、その一秒前――。


冥界門ゲート・オブ・アビス


 何者かがは、自らと猛毒竜ファフニールを強制的に魔界へと送り込んだ。


 ウィーーーードン……


 視界が暗転したと思えば、巨大で禍々しい扉が空間に現れた。それが重々しく開かれる。

 その闇の奥へと、一頭の竜が呑み込まれていった。


 ――そして、ファフニールが再び目を開けたとき……そこに広がっていたのは、かつて見慣れた風景だった。


「ここは……魔界……? なぜ、俺が……?」


 「絶対支配の指輪」の命令――「洞窟にいる学生たちを襲い、殺せ」

 その命に従い、空を駆けていたはずのファフニール。

 だが、たどり着いたのは地上ではなく、かつて自分が住んでいた場所――魔界だった。


 シャシャシャシャシャシャシャシャシャ……


 不気味な音を奏でながら、魔界の異形たちがファフニールの前に道を開けていく。

 それは、【王】のための道だった。


 困惑するファフニールの耳に、重く乾いた足音が響き渡る。


 タッ……タッ……タッ……


 静寂を断つ足音が、魔界の地をゆっくりと叩く。

 その一歩ごとに、圧倒的な魔力と威圧が空気を震わせた。

 ファフニールは首をめぐらせる。そこには、自分と同等……否、それ以上の力を纏う“何か”が歩いてきていた。



【――異形たちよ、手を出すな】





 ……こやつは、我の供物だ……。





「お前は……誰だ?……」


 唸るように問いかけるファフニール。

 現れた男……黒き翼、赤き瞳、長くしなやかな尾が揺れ、足元に影がにじんでいた。

 ただ口元を歪めて、獰猛な笑みを浮かべた。


【”我”は・・・ふむ。違うな……”余”は――ベルゼブブ。王である】


ーーーーーー

次回:第四十四話 猛毒竜【ファフニール】 対 蠅の王【ベルゼブブ】???

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