第三十八話 宴の主演……集う強者たち:オリオンの策
フラッグ試験でのオリオン(アジ・ダハーカ)の策
オリオンは、この合宿が始まって間もなく、異形たちをこの地に解き放っていた。
彼らには、まず地形や環境の把握を最優先とし、これから始まる試験にて、各クラスの生徒たちの戦闘データを収集しろと命令していた。
その中には、「ベルゼブブ」や「アラクネ」ではなく、もう一体。
アジ・ダハーカの忠実な獣犬にして、魔界の門を守護する存在――「ケルベロス」も含まれていた。
本来は魔界の入り口にて警備を担っているが、今回は特別に魔力を抑制する首輪を装着させ、呼び寄せた。
……でなければ暴れ、この地一帯を滅ぼしかねないからだ……。
オリオンによって首輪を付けられ、魔力を制限されたケルベロスは、アリ以下の大きさにまで姿を縮め、合宿所のトイレにて密かに待機していた。
当初、ケルベロスを呼び寄せた目的は、上位クラスの生徒たちと交戦させ、戦闘データを収集することだった。
だが、試験の内容を知ったオリオンは、その計画を即座に見直す。
山頂には、多くの旗を持った魔獣ロボットたちが存在する。
しかし、それらを確実に手に入れるのは難しい。運が悪ければ旗を持つ個体に出会えない。そして、上位クラスの生徒に先に旗を全て回収されているという可能性まであった。
*ならば、戦場そのものを自分のもとに引き寄せればいい*
それが、オリオンの導き出した戦略だった。
彼はケルベロスを山の頂上に潜伏させ、ひとつの命令を下していた。
【今から一時間後に姿を現し、魔獣ロボットたちを我が陣地へと誘導せよ】
そして、時は来る。
ケルベロスは本来の姿に戻り、抑制された魔力を開放する。
その直後、天を裂くような咆哮を山々に響かせた。
「ワォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
三つの首が咆哮と同時に分裂し、それぞれが一体のケルベロスへと姿を変える。
三方向から山を駆け下りるその威容に、魔獣ロボットたちは恐慌をきたして逃げ出し、結果として、オリオンたちの陣地周辺へと群れを成すように集まっていく。作戦通りに事が運んだ。
誘導を終えたケルベロスには、当初の計画通り、上位クラスの足止めと戦闘データの収集を命じる。
一方、オリオンは自らの陣地に誘い込まれた魔獣ロボットたちを狩ることで、安全かつ確実に旗を獲得していく。
試験への合格と、生徒の戦闘データの収集――。
両方を同時に達成する、まさに一石二鳥の作戦であった。
*
猛毒竜「ファフニール」が復活する少し前……。
「何!?ファフニールの骨が消えただと!?」
ジークフリートは机をバンッと叩きつけた。
目の前に立つ部下がその音に驚き、ビクリと肩を震わせる。
「は、はい。地下の保管庫に厳重に封印していたのですが……先ほど確認したところ、一本残らず消えていました」
竜は死してなお、骨に強大な魔力を宿す。破壊は不可能であり、長らく聖都市の地下保管庫にて守っていた。
しかし、何者かが――おそらく昨夜から今朝にかけて――その全てを盗み出したのだ。
保管庫に立ち入れるのは、騎士団の限られた者のみ。内部に裏切者がいるかもしれないという可能性が、よりジークフリートの頭を悩ませていた。
「すぐに魔力の痕跡を追跡し、現地へ向か――」
ヴァァァァァァァァァアアアアン……!!
ゴロゴロゴロゴロ……ピキピキピキッ――
突然、聖都市を守る強力な魔力結界が震え、空間に不穏な波動が走った。
部屋の床が鳴動し、数枚のガラスが激しく割れて砕け散る。
「まさか……これは……」
ジークフリートはファフニールと対峙し打ち取った。だからこそ分かる……これは本物のファフニールの魔気であると……蘇ってしまったのだと。
誰がやったのか、どんな魔法で蘇らせたのかは分からない。しかし直感が、本能がそうだと感じ取った。
「天翼騎士団、全員を招集せよ!ファフニールが蘇った。急ぎ、現地へと向かう」
ジークフリート率いる天翼騎士団は、ファフニールの魔力の痕跡を辿り、その姿を追って動き出した――。
向かう先は……。
*
【悪神「アンリマユ」の復活を目論むもの達】
ここは、聖都市でも、オリオンたちが滞在する旅館でもない――遠く離れた第三の場所。地下深く、広大な基地だ。
そこには、女と老人、そして蘇った猛毒竜ファフニールの姿があった。
「どう?ちゃんと使役できそう?」
「ワシを誰だと思っておる?……この通りじゃ。――伏せ」
ドンッ。 ホォォォン。
山をも砕く巨躯の竜が、まるで飼い犬のように地に伏した。
「おお、すごい。あの竜が犬みたいに伏せしてるよ。面白いね」
「まぁ、三日しかもたんがの」
「三日だけか~」
「文句を言うでない。蘇生魔法が完成しただけでも、有難く思え」
老人の使う蘇生魔法――それは、この世界において禁忌とされる術だ。
過去の遺骨や血、そして大量の人間の命。それらを生贄とし、代償に発動される恐るべき魔法。
加えて「絶対服従の指輪」――こちらもまた禁具とされる代物――を用いて、蘇ったファフニールを支配していた。
だが、その魔法は未完成。
蘇った者は三日間しか現世に留まることができず、加えて“完全なる蘇り”には程遠い。
アンリマユ復活に必要な生贄も揃わぬ今、計画の核心に至るには、なお多くの時間を要する。
「はいはい。でも、今のところは“遺骨”が必要なんでしょ?」
「その通りじゃ。それにのう……完成したとは言っても、今はまだ“土台”にすぎん。我らの計画――《アンリマユの復活》には、まだまだ時が要るわ」
「そっか~、ざーんねん。でもさ、せっかくファフニールが手に入ったんだし……。三日しかもたないなら、その前にちょっとどこか壊してみるのも、面白くない?」
「相変わらず話を聞いておらんのう、お前さんは。言うたじゃろう、ファフニールを蘇らせたのは“混乱”を引き起こすため。
その間に、我らが拠点を移し、次の段階へ進む時間を稼ぐのじゃ」
「そっか? ……てへっ」
――トコ、トコ、トコ。
女がファフニールに近づき、鼻先を撫でながら無邪気に笑う。その瞳には、純粋さに似た狂気の光が宿っていた。
「ねえ、このファフニール……ボクでも操れるの?」
「もちろんじゃ。この指輪を嵌めれば、命令は通るはずじゃ」
「やった♪ ねぇ、少しだけ貸してよ。ちょうど今、学校の合宿中なんだよね~」
「そういえば、そうだったのう。楽しいか?」
どうやら彼女は、生徒の中の誰か……“ゲート”という魔法の門を使って、拠点と合宿所を自由に行き来しているらしい。
「うん、すっごく楽しいよ!“試験”っていうのがあるんだけどさ、それに乗じて……生徒たちを使って、いろいろ実験してる最中なんだよね」
その声は明るく無邪気で――それでいて、どこまでも冷酷だった。
「ねぇ、ファフニールが暴れたら、生徒たちはどうすると思う?必死に逃げる?それとも戦う?それとも……仲間を見捨てて、自分だけ助かろうとするのかなぁ~?」
彼女はくすりと笑いながら、ファフニールの首元にそっと手を添える。
その目は、まるで残酷な遊戯を前にした子供のように、期待と興奮で光っていた。
彼女は指輪を嵌めた……。
「――行こうか、ファフニール君」
ガァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
*
魔界……「アラクネ」
「はぁ……はぁ……っ」
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ
暗く、ねじれた魔界の奥底。瘴気と糸が絡み合う地底の巣穴にて、その“怪物”はじっと待ち続けていた。
「せっかく……せっかく主と繋がれたってのに……たった一度だけ使われただけじゃない……もっと、もっと主を感じたかったわ~ん」
ギチ……ギチチ……ピキピキピキ……
異様に長い手足が、痙攣するように震える。赤黒い目が、巣の奥でゆらりと開いた。
「焦らしプレイは嫌いなの……アタシ、ずっとずっと疼いてるのに……!」
――はぁっ……はぁっ……はぁっ……!
体中から音を立ててヒビが走る。鋭利な脚が岩壁を突き刺し、巣の天井から黒い液体がポタリと垂れる。
「ねぇ、まだかしら……アタシの出番……」
ピキ……ピキキキ……パリンッ!
その瞬間、空間が割れた。自らの殻を破るようにして、彼女の身体が軋みを上げる。
楽しみだわ~。
ふふふ……。
*




