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第三十六話 二人の天才 一人の天災

「これ、私たち……死んじゃうんじゃない?」


「うん……」


 我の隣でローゼとマイラが顔を引きつらせながら呟いた。

 木々の間から、鋼の巨体が幾重にも連なって迫ってくるのが見える。

 自分たちの実力を理解しているからこそ、迫りくる“死”が現実味を持ってやってきていた。ローゼとマイラは絶望し、その場に立ち尽くす。


 だが――そんな状況にもかかわらず、カイザーは口元を吊り上げ、笑っていた。


「縁起でもねぇこと言うんじゃねぇ……とか言いたいとこだが、まぁ事実、大ピンチだよな」


「じゃあ、なんで笑って……」


「けどよ。これは……逆に“大チャンス”でもあるぜ?」


「えっ? 死ぬのが?」


「違うよっ、ローゼ君っ!」


 シリウスは指を立て、わざとらしいほどにキラリと笑った。


「状況を見るに、あのロボットたちは山の上から来た連中だ。ってことは――僕が!輝くのさっ!」


「輝くかは置いておくが、そういうことだ。あいつらは旗を持っている確率が高いロボット達。つまり、あいつら全員倒せば、旗の四本くらい余裕だってことだ!」


 パンッ!


 カイザーが拳を鳴らし、笑みを深める。その手には紫の魔力が浮かび上がり、周囲の空気がわずかに震えた。

 冷や汗は確かに浮かんでいる。だが、その目は炎のように楽しげに燃えていた。迫りくる死線すら、彼にとっては最高の舞台のようだった。


 クルクルクルクルーーー! シュタッ、シュタッ、シュタッ!キラーンッ!


「輝きが僕を導いてくれるっ!」


 ポーズをビシッと決めたシリウスが、光の魔力を全身に纏いながら地を蹴った。

 眩い光とともに飛び出し、一直線に敵の群れへと突進していく。


「シリウス、先に行きやがったか……。悪ぃな、オリオン。俺も行く。女子たちの護衛は頼んだぜ」


 カイザーが我の方に振り返り、真っすぐな視線をぶつけてきた。


【我に命令するな……だが、安心しろ。クルサだけは、必ず守ってやる】


 その一言に、クルサは小さく息を呑み、頬を赤らめた。一方で、ローゼは呆れたように眉をひそめる。


「……オリオン」


「ちょっと!私たちも守ってよ!」


 微妙な空気の中、カイザーは笑いながら前を向いた。


「はっ、こんな状況で冗談が出るとはな。頼もしいこった!」


 満面の笑みとともに、魔力を弾けさせながら、カイザーは再び駆け出す。光の如く駆けるシリウスの背を追って、戦場の先へと。



 シリウス:光属性。

 カイザー:闇属性。


 二人は、いわゆる“天才”の部類に属する存在だった。


 魔力量、技術、発動速度、応用力、耐久力――

 すべての項目で、他の生徒とはスタート地点から違っていた。まるで魔法が肉体に刻まれているかのように、考えるより先に動く戦闘直感と実行力を備えていた。


 そして彼らは努力も怠らなかった。日々魔法の訓練に明け暮れ、その才能をさらに研ぎ澄ませてきたのだ。


 結果、Gクラスに所属しながらも、実力はC、あるいはBクラス以上。

 Gクラス内では成績総合点一位と二位を争う実力者だ。


 本来なら上位クラスに引き抜かれていてもおかしくない――

 だが、彼らは“Gクラス”にいる。


 シリウスは知識と道徳が10点。

 カイザーは道徳が5点。

 この欠点も確かに理由のひとつではある。


 だが最大の要因は――


 “全生徒皆殺し事件”。


 小学校時代に起きた、悪名高い惨劇。

 その犯人とされたのが、シリウスとカイザーだった。


 学年全員が命を落とし、生き残ったのは彼ら二人だけ。

 証拠は曖昧で真相は闇の中だが、世間は彼らを恐れ、忌み嫌った。


 それでも彼らがこの学園に入学できたのは、完全なる実力主義によるもの。


 アルバートが死んでも何事もなかったかのように進行するこの学園。

 死者は“弱かった”と判断されるだけ。過去の罪も、ここでは意味を成さない。

 実力があれば生き、なければ死ぬ――それがこの学園の掟、どんなものでも入学することは可能だった。


 つまり彼らのGクラス配属は、道徳と知識の欠如、そして“事件”の影響によるマイナス要素があったため。

 だが実力だけを見れば、間違いなく上位に位置する。


 それが、シリウスとカイザーである。


…………


 二人は迫りくる魔獣ロボットの群れに自ら突っ込んだ。

 

「中級魔法:光鎧っ!」


「中級魔法:黒鎧」


 同時に詠唱される二つの魔法。


 シリウスの全身を光の粒子が包み込み、まばゆい輝きの鎧が形成される。あたかも天より遣わされた戦士のごとく、黄金のオーラが空気を震わせた。


 一方でカイザーの体には闇がまとわりつくように集い、漆黒の鎧が音もなく形を成していく。所々が尖っており、周囲を寄せ付けない彼の雰囲気そのものを表しているかのような鎧だった。


 先には、十体以上の獣型ロボット。牙を剥き、咆哮を上げながら迫ってくる鋼の魔物たち。


「中級魔法:光焔射こうえんしゃっ!」


 シリウスが手を突き出すと、掌から放たれた光の奔流が一直線に走る。


 ピカンッ! ピピピドドド ドンッ!


 光線はロボットたちの中心を貫き、爆発を起こして周囲の機体ごと吹き飛ばした。

 一方、カイザーは突進しながら両腕を交差させる。


「中級魔法:闇牙あんが!」


 ドォォォンッ! シャンッ!


 闇の魔力が三本の巨大な爪となって現れた瞬間、カイザーの疾走にさらに加速がかかる。

 振るわれた爪は鋭い軌跡を描き、ロボットの首元を容赦なく切り裂いた。火花が散り、首が吹き飛ぶと、胴体は力なく崩れ落ちる。

 その勢いを殺すことなく、カイザーは次なる獲物を次々と凪倒していく。


「僕は美しいっ! はっ!」


 シリウスはロボットの背に飛び乗り、勢いをつけて跳躍。空中で展開された光の翼がまばゆく輝く。天翔けるように舞い上がり、手のひらを振り下ろす。


「中級魔法:光天爆雷っ!」


 ヒュー…… ビリッ! ヒョォーーーッ ドンドンドンッ!


 空から降り注ぐ光球が地面に触れた瞬間、十字型の雷光が地面に炸裂。戦場は一瞬で閃光に包まれ、複数のロボットが吹き飛んだ。


 カイザーは地を滑るように駆け抜けながら、両手を地面に突き立てる。


「中級魔法:漆黒葬送陣!」


 闇の波紋が大きく地面を這い、触れたロボットの足元から黒い手が現れる。金属の脚を絡め取り、引きずり込もうとする。逃れようと足掻く機体の関節が、ギシギシと音を立てて破壊されていく。


 ――ドグシャッ!


「オラッ!」


 カイザーは闇を纏った黒い爪で、転倒したロボットの頭部を次々と粉砕していく。

 周囲にいたロボットはほとんど片付き、一時の静寂が訪れた。


 だが、それも束の間だった。


「チッ、キリがねぇな……」


 倒しても倒しても、次から次へとロボットたちが森の奥から湧くように走り込んでくる。

 その光景を、オリオンたちは後方から静かに見守っていた。


「二人って、本当にGクラスなの?凄すぎだよ」


「うん。圧倒的」


 ローゼとマイラが素直に感嘆の声を漏らす中、クルサはオリオンの背中に隠れながら、小さな声で呟いた。


「……オッ、オリオンの方が……強いもん」


 ぷいっと頬を膨らませ、不満げな顔をする。


【まったく、よくわからん女だ】


 そう思いながらも、オリオンは口元をニヤリと歪める。

 ――もし、シリウスとカイザーの二人が同時に襲いかかってきたら?少しは楽しめるだろうか。あるいは、自分を殺すことができるだろうか。

 そんな妄想に少しだけ胸を躍らせつつ、冷静に戦況を観察していた。


 これから現れるロボットたちは、山の頂上付近にいた「強個体」。つまり、今までのロボット達とは違い、討伐にはそれなりの時間がかかる。


 だが、シリウスとカイザーがこれまでに撃破したロボットの中には、体内からカプセル――すなわち旗を露出させている個体が四体以上存在しているのを、オリオンはすでに確認していた。


 本来なら、ここで「逃走」を選ぶのが最も合理的で、合格に近い。そして、実力を極力隠したいオリオンにとって、これ以上とない好機――それは、誰よりも本人が理解していた。


 それでも――彼は最初から戦うつもりでいた。

 力を制限しながら、心の中で静かに呟く。


 ……少し、アシストしてやろうか……


 そう決めると同時に、囁くように詠唱をし始めた。


【竜魔法:滅弱刻印メルジアーク


 ――これは第二次試験でCクラスの連中に仕掛けた、時限式の大幅弱体魔法。

 視界に収めた対象を自由に選択し、その対象全ての筋力・視力・魔力――あらゆる能力に「大幅なデバフ」を付与することができる。

 今回は発動時刻を待たず、即時起動とした。

 その瞬間、目の前へ迫っていたロボットたちの動きが急激に鈍くなる。

 山頂近くにいた強化型の個体たち――本来なら一体でも苦戦する相手。

 だが今や、オリオンの魔法によって「ゴブリンと同程度の力」しか出せない存在と化す。

 

「んだよ、急にへばったなこいつら。どうなってんだ?」


「ふふっ、狩りやすくて助かるよっ!」


 シリウスとカイザーは、敵の異常な弱体化に気づいた。

 しかし、その原因が魔法によるものだとは気づかない。ましてや、それを誰が放ったのかなど想像すらできなかった。

 ――それほどまでに微細で一瞬、かつ強力なオリオンの魔法は、戦場に波紋のような変化をもたらしていた。


 その結果、二人の討伐ペースは加速度的に増していく。

 だが、それでもなお押し寄せるロボットたちの群れは凄まじく、すべてを捌ききるには至らなかった。


 オリオンはポケットに手を突っ込んだまま、ちらりとクルサへ視線を送る。


【クルサ】


「うんっ! 空間魔法:重力反転!」


 紫に輝くクルサの瞳。

 両手を前方に突き出すと、数体のロボットがふわりと宙に浮き上がる。


 オリオンは、浮いた敵、浮かなかった敵、さらにその奥の進行してくるロボット群――すべてに狙いを定め、静かに魔力を高めていく。


【初級魔法:(火球)(水球)】


 詠唱の声と共に、彼の周囲に無数の球状魔法が浮かび上がる。赤と青の光が交錯し、爆発の予感を漂わせながら。


【いけ】


 ヒュンヒュンヒュンヒュン――ッ!

 ドドドドドドドドッ!!


 炎と水の球が連続して発射され、空気を引き裂くようにして敵陣を襲う。

 炸裂した爆炎と衝撃波が周囲を包み込み、ロボットたちは次々に破壊され、黒煙と共に地面へ崩れ落ちた。


「くらえっ!」


 クルサの掛け声と同時に、空中に浮かんでいたロボットたちが一斉に射出される。

 弾丸のごとく吹き飛ばされたそれらは、奥から突進してきた敵群へと正面から激突。凄まじい金属音が木霊し、鉄と鉄が激突して火花が舞い散った。


 その圧巻の連携攻撃に、ローゼとマイラは唖然として言葉を失っていた。


【ローゼ、マイラ。貴様らも働け】


「わ、わかってるわよっ!」


「うん、頑張る……!」


 その後、オリオンたちは迫りくるすべてのロボットを撃破し、旗を無事に回収。

 制限時間内に麓へ戻り、フラッグ試験を無事合格したのだった。


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