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第三十五話 魔界の番犬【ケルベロス】

 我は溜息をひとつ。だが責める気はない。

 先ほどのファフニールの魔気……結界で弱まり、感じたのは一瞬、それでも尋常ではなかった。気絶しないだけマシだと思う。


 我はローゼの腕を掴み立ち上がらせた。


【行くぞ】


 すぐに前を歩き始めるが、後ろからはクルサの足音しか聞こえてこなかった。嫌な予感がしたため、振り返ると予想通りの風景がそこにはあった。


【おい、貴様、まさか……】


「……あっ歩けない」


 ローゼは足をビクビクと震わせ、今にも崩れそうだった。


 はぁーっと、我は心の中でため息をついた。

 「こやつを班に加えるのは不正解だったかもしれん」と思いながら、少し先を歩いていたカイザーに声を掛ける。


【カイザーよ。ローゼを抱えながら上に登れるか?】


 我が荷物のように担いでもいいが──ローゼに触れると、その後にクルサがどんな行動を見せるか予測がつかん。お弁当の減量……それだけは避けねば。


「何だ…っておい、マジかよ」


 カイザーは振り向き、すぐに状況を察してローゼに近寄った。

 二人は話し合い、結果、カイザーがローゼを背中におんぶという形で上に上ることになった。

 

 さて、これで再……開……。


 そう思い上に登ろうとするが、一人足りなかった……。マイラがいない。

 再び、後ろを振り向く……。


「うん。立てない……助けて」


 ──ダメだ。このポンコツおっぱい共は……。


 その後、シリウスがマイラを“お姫様抱っこ”で運ぶこととなり、我らは再び山を登り始めた。



数十分後……。


 登るたびに現れるロボットたち──我らは連携して魔法を放ち、それらを次々と打ち倒していく。


「光刃っ! 光弾っ! 光槍っ……んぬっ!」


 シンッ! バンバンバンッ! ヒャリン──バンッ!


 シリウスの魔法が炸裂し、巨大な魔蛇型ロボットが地響きを立てて崩れ落ちた。


「……チッ、これも外れかよ」


 カイザーが眉をしかめ、ロボットの残骸を軽く蹴る。


「えー、またぁ~?もうそろそろ旗出てもよくない~?」


「うん……結構、ピンチかも……」


「ピンチっ!になる僕も、美しいっ!」


「呑気に言ってられそうにないぞ。マジでピンチだ。どうするよ……」


 カイザーが渋い顔で頭をかきむしった。無理もない。我らは、試験不合格の危機に瀕していたのだ。


 現在、山の中腹より少し上まで登ることに成功している。だが、ここまでで既に一時間が経過。残された時間は、あと一時間。


 焦りの理由は“旗”だ。


 我らが手にした旗は、最初の一体目から回収した一本のみ。それ以降、一本も手に入っていない。

 試験に合格するには、あと四本の旗を回収、山の麓まで持ち帰らなければならない。


 帰り道は下り。魔法を使えば、二十分足らずで戻れる――ただし、それは“今すぐ”引き返した場合の話だ。

 この先に登る時間、ロボットとの戦闘時間を加味すれば、現状のペースでは到底間に合わない。

 ここまで、慣れない山道に急な傾斜、見通しの悪い視界、待ち受けるロボットたち……あらゆる要素が時間を奪っていった。

 我らは、旗を保有している可能性が高いロボットを求めて上へと進んできたが、その過程で仲間たちの精神はじわじわと削られていた。

 ……まぁ、シリウスだけは相変わらず、何も気にしていなさそうだが。


 そんな中、クルサが不安げに我へと声をかけてきた。


「オリオン……どうしよう?」


 我は答えなかった。ただ、静かに目を閉じていた。耳に神経を研ぎ澄まし、風の音、木々の揺れ、遠くの気配――すべてを捉えようとしていた。

 

 ただ静かに、そこに立ち尽くして。



 ヒュー……。



 ……時間、か。




「ワォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」



 ヒョォォォォォォォンッ――ドンッ!



 突然、どこかから轟くような咆哮が響き渡った。時間差で山全体を揺らすような突風が吹き抜ける。

 班の全員が驚きの表情を浮かべ、空気が一変する。


「なっ、何だ今のは!」


 カイザーが反射的に声を上げ、ローゼは警戒を強めながら即座に魔法を放てるように構える。


「何何何?さっきの魔気を放ったやつが来たってこと!?」


「違う。これはまた別だ。さっきのは結界の外からだったが、今のは……山の上の方からだ。それに、魔気の質が違う。微弱だが――別種だと思うぞ」


「え?じゃあ、試験中に本物の魔族でも出たってわけ?それともこれもロボットの仕業なの?」


「俺に聞かれても分からん」


 混乱する仲間たち。しかし、その動揺に構っていられる時間はすぐに無くなった。


 ドンドン、どんどんどんどんどんどん――ッ!


 足元から伝わる地鳴り。揺れる木々。先ほどの魔狼など比べものにならないほどの、圧倒的な物量。


 森の奥へ目を凝らす。


 そこには――数えきれないほどの魔獣型ロボットたちが、群れをなして走ってきていた……。



 試験に配置されているロボットは、魔獣を精密に再現している。

 その姿、能力、魔法――あらゆる要素を模倣し、この山に大量に潜んでいた。


 匂いセンサーや魔力探知システムを搭載しており、人間が一定範囲に近づけば即座に反応し、容赦なく襲いかかってくる。

 当然、個体差もあり、上に行くほど数も強さも増していく。


 だが――忘れてはならない。

 彼らはロボットでありながら、魔獣として作られている。

 それはすなわち、“感情”すらもプログラムされているということ。

 恐怖すらも、例外ではない。


 そして今、試験会場であるこの山の“上”に突如として――本物の魔獣が現れた。

 それはロボットではない。命を持ち、意志を持ち、一個体で姿を現したのだ。


 その名を――ケルベロス。


 魔界の番犬【ケルベロス】:

 漆黒の毛並みは闇と同化し、三つの巨大な頭が獰猛に唸りをあげる。

 それぞれの瞳は赤く燃え上がり、見る者の魂までも凍てつかせる冷たい光を宿していた。

 口から覗く鋭利な牙、唸り声と共に吐き出される毒気を帯びた息。

 首筋や背中には無数の蛇が絡みつき、時折、鎌首をもたげて周囲を威嚇する。


 しなやかでありながら、岩をも粉砕する力を秘めた四肢。

 その漆黒の爪が大地を削るたびに、魔界の沈黙すら震える。

 全身からにじみ出る圧倒的な威容と威圧感――魔界の門番にふさわしい存在。


 だが、今のケルベロスには――首輪がつけられていた。


 鈍く青く光るその首輪は、魔力を封じる特殊な拘束具。三つの首それぞれに装着され、明らかに“何者か”によって制御されている証だった。

 その影響でケルベロスは、魔力を本来の十分の一以下に抑えられ、体もわずかに縮小されている。


 それでも――威圧は絶大だった。


 試験用に配置された魔獣型ロボットたちは、プログラムされた恐怖反応を超えて、まるで“本能”を持ったかのように怯えた。

 そして、ケルベロスが山頂に姿を現し咆哮を上げた瞬間――

 山の上にいたロボットたちは一斉に、雪崩のように駆け下りはじめたのだ。


 その結果――


 「ほとんどのロボットたち」が今、オリオンたちの元へ向かって殺到しようとしていた。


 そう……“何者か”によって……誘導されているかのように……。


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