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第三十二話 魔法合宿

「窓から陽光を浴びる僕。実に美しい……!」


 新幹線の窓際でも様々なポーズを決めながら呟くシリウス。

 我の前席で朝の陽光を受け、さらにキラキラとしたオーラをまとっている……。


「シリウスてめぇ、席そんなに大きくねぇんだがら、こっちにまで来んな」


「我慢したまえカイザーよ。これは“朝の光に感謝を捧げる舞”だっ!」


「自分の席だけしろや」


 カイザーの低く静かな怒声が隣席から飛ぶ。

 無言で拳を鳴らすその姿に、シリウスは一瞬で直立不動になるが――数秒後には懲りずに自分の席でポーズを取り始めた。なんという不屈の精神。


 時計の針は朝の九時を回ろうとしていた。

 我ら(一学年)は新幹線に揺られながら、合宿地――《黒嶺くろみね魔法訓練旅館》へと向かっている。


 目的地は、強力な結界によって外部からの魔法干渉を完全に遮断されており、瞬間移動や空間転移などの手段が通用しない。よってこのように、人間の乗り物での移動を強いられているというわけだ。


「わー、見て見て!山がでっかーい!」


 我の席から通路を挟んで右側、ローゼが騒ぎながら指を指している。その隣ではマイラがパクパクとお弁当を食べていた。


「うんうん。ご飯、美味しい」


「アンタ、聞いてないでしょ!」


 前の席からも隣の席からも、賑やかな声が飛び交っている。

 そして――我の隣には、静かに読書をしているクルサが座っていた。

 ページをめくる指先は落ち着いているが、その視線だけは時折こちらをチラチラと泳がせている。


【なんだ、クルサよ】


「……別に。なんでもないわよ」


 我が「関わりたくない」と明言していたローゼとマイラを仲間に加えた以上、クルサが黙っているわけがなかった。


 班決めが終わった日の放課後――我はクルサと共に帰ることになり、その道すがら、彼女に詰め寄られることとなった。

 その時の彼女は、不安と怒りをない交ぜにしたような瞳で、まっすぐにこちらを見つめてきた。


「ねぇ……ローゼとマイラ、嫌いって言ってたよね?」

「……嘘だったの? 私に、嘘ついたの?」

「他の子でも良かったはずなのに……どうして、あの二人を迷いなく選んだの? ……怒るよ?」


 面倒だな、と思いつつも、我はちゃんと向き合って答えた。


【単に、実力を把握している相手の方が、連携が取りやすいからだ。

 どのみちクルサ以外の女子を二人選ばなければならない。ならば、ローゼとマイラで良いと判断した】


「……私は、確定ってこと……?」


【当たり前だ】


 そう返すと、彼女はほんの少し驚いたように目を見開いた後、安心したように微笑んだ。


「……ありがとう。……そうだね。たしかにそれが一番合理的かも。……他に、意味はないんだよね?」


【その通りだ。あくまで試験のために“利用する”――それ以外は考えていない】


「……うん。分かった」


【だから合宿中、あの二人との会話は許せ。でなければ、試験に合格できなくなる】


「……了解……私も試験に合格したいし、仕方ないわね」


 口ではそう言っていたが、彼女はまだ、ほんの少しだけ頬を膨らませていた。

 そして、我は以前から気になっていたことを、ついに切り出す。


【ならいい。ところで――昼休みの“あの”ハグについてだが……】


「ひっ!?そ、それは……! また今度ーっ!!」


 勢いよく叫ぶと、彼女は音を立てるように走り去った。

 それ以来というもの、我がその話題を切り出すたびに、クルサはまるで煙のように姿を消すようになったのである。


 ハグをされ、唇を当てられて大きくなった我がエクスカリバー。クルサに聞けぬのならばと異形たちに情報を集めさせたが、話を聞いても知らぬ単語ばかり、辞書を開いても載っていない。

 疑問は解けぬまま、我はもやもやとした日常を過ごすことになった。


 ――そして、最近では。

 彼女との触れ合いも、いつしか“最初の頃”の形に戻っていた。

 以前は、膝枕をねだったり、我の体に触れてきたり――積極的な要求も多かった。だが、ハグをして以降、そうした仕草はぴたりと止んでしまったのである。


 そして今――


「オリオン……今のうちに……ね」


 彼女は小さな声でそう囁き、ほんのりと赤らんだ頬のまま、潤んだ瞳をこちらに向けてくる。


【あぁ】


 我らは周囲に気づかれぬよう、そっと手を繋いだ。

 クルサは我の肩にそっと身を寄せ、微かに安堵したような吐息を漏らす。


「まもなく終点――黒嶺駅に到着いたします。お忘れ物のないようご注意ください」


 車内に響く放送に、生徒たちの空気が一変する。

 荷物を整える音、椅子が軋む音、制服を直す気配――それぞれが、これから始まる“非日常”に向け、身構えていた。


 新幹線が減速し、車窓の外に立ちこめる深い霧の中、小さな山間の駅が姿を現す。

 我らは鞄を手に、列をなして車外へと出る。


 ここから先は徒歩だ。

 霧に包まれた山道を、ざっくざっくと踏みしめながら進むこと二十分――


 やがて木々の間から、ひときわ大きな建物が姿を現した。


 それは、木造三階建ての立派な旅館だった。

 軒先には風鈴が揺れ、瓦屋根にはうっすらと苔が生え、時折、小鳥のさえずりが静寂を縫うように響いている。

 旅館の周囲には、手入れの行き届いた庭園と池、そして大小の岩が配され、自然との調和を感じさせる静謐な空間が広がっていた。


 建物の正面には《黒嶺魔法訓練旅館》と刻まれた木製の看板が掲げられている。

 広い玄関をくぐれば、畳の香りと木のぬくもりがふわりと鼻をくすぐる。

 中は想像以上に広く、左右に複数の大部屋や個室が並び、さらに奥には訓練用の広間や湯治場など、合宿に適した施設が揃っているようだった。


「荷物を部屋に置いたら、さっき言った集合場所、広場に来い。さっそくだが、一日目の試験を行う」


 教師の合図とともに、生徒たちはそれぞれの部屋へと向かっていく。


 どの班も、男子三人・女子三人の構成。隣り合った二部屋に分かれ、それぞれ荷物を置くこととなる。

 我は部屋を一望し、手早く荷物を隅に置き、すぐに部屋を出る。


「オリオン君、もう行くのかい?」


【トイレに向かう。先に広場へ行っていて構わん】


「了解だっ!」


…………………


 トットット……

 ガチャ……ウィーン……ガチャ。


 廊下を進み、個室トイレへと入る。


 見知らぬ地に足を踏み入れたとき、我が最初に行うべきことは一つ。

 自らの強靭な腕に爪を立て――


 チッ……と、浅く裂く。

 滴る赤い血をトイレの中に落としながら、我は静かに命じた。


 【…………異形たちよ、散れ…………】


 ――シャアアアアアアアアアッ!!!


 その瞬間、傷口から黒き影が、音もなく床を這う。

 壁を駆け、通気口を抜けて旅館全体――さらに、この地全体へと静かに広がっていった。


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