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第二十六話 全異形の「力」を持ち合わせる者:「いいわよ。たっぷり使って♡」

 パチン!   ドォォォォン……シュン。


 3……2……1……スタート。

 上空に浮かぶ光の数字が、静かに試合の開始を告げる。


 我は悠然と、目の前の男へと声を投げかけた。


【男よ。我は一歩もここから動かん。好きなだけ魔法を放て。先手をくれてやる】


「……」


 しかし、男は下を向いたまま、ピクリとも動かない。

 口も開かず、気配すら薄い。奇妙な沈黙だ。


【ん? 聞こえぬのか?】


「……」


【無視……か。せっかくチャンスを与えてやったというのに】


 溜め息をつきつつ、我は魔力を集中させ、右手を上げ──

 その瞬間だった。


【……おい。貴様……その紋章は何だ】


 男が、ゆっくりと顔を上げた。

 血走った眼球が、赤黒く染まっている。

 その首元──皮膚の上に、紫色の蝶のような紋章が浮かび上がっていた。光っている。否、鼓動しているかのように動いている。


「うおぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!」


 突如、男が咆哮を上げた。

 両腕を天に広げ、全身から魔力が暴発する。

 ドウッ、と空間が歪んだ。

 紫色の魔力が渦を巻き、地面に亀裂が走る。空気が震え、周囲の結界が軋む音を立てた。


 Cクラスの戦闘データは把握している。目の前の男についても、徹底的に分析済みだった。だからこそ分かる。この魔力は明らかに“別物”。本人の器を超えている。異質な力、外部からの強化魔法だ。


「きゃぁ!」


 唐突に、右隣から甲高い悲鳴が上がる。


 ──ドン!


 振り向いた時には、ローゼの身体が宙を舞っていた。

 何が起きたのか分からぬまま、結界の壁に激突。

 鈍い音とともに地面へと崩れ落ち、咳き込むように血を吐いた。


「ぐ……うぅ……っ!」


 胸を押さえ、苦悶の表情を浮かべながらも、ローゼは両手を地面につき、何とか立ち上がろうとしている。


【何? ローゼがやられた……?】


 開始から数秒──もうそのざまとは。

 馬鹿な。少なくとも数分は逃げきれるはずだった。

 ……まさか、我が放った大規模弱体化魔法【滅弱刻印メルジアーク】の効果を上回る強化魔法なのか?


 我はすぐに魔眼を解放し、ローゼの対戦相手に掛けた魔法の痕跡を調べる……目に映った光景に、思わず息を呑んだ。


【……我の魔法が解かれている……?】


 信じられなかった。

 だが確かに、《滅弱刻印》は消え失せ、代わりに異様な魔力を纏った強化魔法が上乗せされていた。


 その時、左隣からも苦しげな声が上がる。

 我は視線を配った。


 ──マイラの体に、紫電が走っていた。


『はぁ、んっ。はぁはぁ』


 バチバチと音を立てて痺れ、何とか立ってはいるが、足元には鮮血が広がっている。

 足を負傷しているようだ。動きが鈍く、もう逃げるのも困難だろう。


【マイラの相手も解除済みか。あれでは、負けるな】


 視線をさらに巡らせる。

 他の決闘場にも、奇妙な魔力の流れが広がっていた。

 どこもかしこも──Cクラスの生徒たちに、強化魔法が付与されている。


 気づけば、我らのチームは開始から一分も経たぬうちに、すでに二人が瀕死。

 我が立てた計画は崩壊し、【滅弱刻印】は解除され、敵は逆に強化されている。

 例え我が勝とうと、二人が負ければ不合格になる。


【……完全に窮地……というわけか】



 このままでは……我は……負け……。



 ……



 ……ふ



 ……ふふ

 


 ……ふふふ



 アーッハッハッハッハァーーーーーーッ!!!!!!!



 面白い。



【我の魔法を解除する者がいるとは。そうでなくては……そうでなくてはな!!!ジークフリート以外にも、我を楽しませてくれそうな奴が居る……最高ではないか。この学校に入学したかいがあるというものだ。本当に、本当に面白い……!】


 我は右手をゆっくりと顔に当てる。

 そのまま天井を仰ぎ、口角を吊り上げたまま、狂気に満ちた双眸を細める。


 ──ビキィッ……!


 空間が軋む音とともに、我の魔力に反応し、周囲の結界がわずかに震え始めた。魔力そのものが世界を脅かしているかのように。


 鼓動が高鳴る。

 体の奥から高揚が沸き立っていく。

 我は興奮していた。

 この学園に、我を殺しうる“存在”が潜んでいる。


 楽しみだ……。


【誰だか知らぬが、必ず見つけ出して……直々に相手をしてやる】


 蹂躙し、喰らい、喉元に爪を突き立ててやろう。


 右手をゆっくりと下ろし、黒い魔力を指先に集中させる。

 その手を、己の胸──心臓の中心に当てる。


【だが……その前に──まずは、この“茶番”を終わらせよう】


 我は正面を見据え、心の底から血のように濃い声で、その名を呼んだ。


【アラクネ──貴様の力、貰い受ける】


『……いいわよ。たっぷり使って……♡』


 ──ドォォォォン!!


 魔力が爆ぜ、地面が軋み、重圧が周囲を包む。


 ──バン!!


糸操縦術スレッド・ドミネイト



 無限の異形たち……彼らの中には、「ベルゼブブ」や「アラクネ」のようなこの世に存在してはいけない強さを誇る者たちが存在する。

 彼らは魔界を介してアジ・ダハーカの内部に集い、忠誠を誓い、安寧を得ている。


 アジ・ダハーカ……彼は、体内に住む異形たちの【魔法、能力、特性、あらゆる「力」の全てを己が力として、行使することができる】。

 無限に存在する異形たちだけではない、当然、「ベルゼブブ」や「アラクネ」の「力」をも使うことが出来る。

 

 ・その異形が今現在、彼の体内に存在していること。

 ・力の出力は、本体のそれよりも僅かに劣ること。


 だが──それ以外に制限は、ない。

 恐ろしいことに、魔力の消費すらゼロである。


糸操縦術スレッド・ドミネイト】……これはアラクネの魔法であり、糸に触れた相手を意のままに操る魔法。


 オリオンは両手の人差し指から同時に、細い糸を放つ。それらは結界を容易に貫通し、「右隣の決闘場にいるローゼ」と「左隣にいるマイラ」の首へと当たる。そして、彼女らの視界が共有され、オリオンは自由自在に操れるようになった。


 オリオンは「自分自身、ローゼ、マイラ」三つの体を同時に操る。



【ポンコツおっぱい共……少しの辛抱だ。耐えて見せよ】



ーーーーーーー

次回:第27話 さぁ、踊り狂え

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