第二十話 クルサの家♡
クルサはさらに言葉を続けてきた。
「ここじゃ恥ずかしいし、初めてはその~理想があるというか……ヤ、ヤるなら、うちで……しない?今日、妹は病院で父も仕事で出かけてるから、私しかいないし。もしオリオンが良ければだけど……ホ、ホテルでも、私は」
——冗談で言っただけだったのだが。本気にしてしまったようだ。
というか、何故ホテル?意味が分からん。揉むだけならここで十分であろう。まぁ、揉む気はないし、そもそも竜魔法を教える気もない。
だが、クルサがこうして動揺し、困惑している姿を見るのは実に愉快である。我を罵倒した罰だ。もう少し、からかってみるとしよう。
【ここでいいだろう。わざわざ貴様の家に行く必要はない】
「で、できないわけじゃないと思うけど、やっぱりベッドの上がいいかも……恥ずかしいし……あっ!ごっ、ご飯作ってあげるから!」
ピキーンッ!
——ご飯。
その一言が我の中で、雷鳴のように響き渡った。
キラリと光る眼差し。次の瞬間には、クルサの背中をぐいっと押して前へと進ませる。
【何をしている。さっさと貴様の家に案内せんか】
「えええぇぇーーーっ!!?」
こうしてクルサを家へと案内させた。
数分後……。
【ここが、クルサの住処か】
一階建ての平屋。外観は地味で目立たないが、どこか落ち着いた趣がある。
玄関を抜けると、木の床がミシリと優しく軋んだ音を立てた。
内装は簡素ながら、丁寧に整えられている。
壁には写真が数枚飾られ、ソファやテーブルも特別高価なものではなさそうだが、どれも手入れが行き届いている。
——ふむ。我が人間に生まれ変わり、半年ほど滞在していた村の家に似ているようで微妙に異なる。
人間の住処は、どこも似て非なるものということか。むしろその“個性”こそが人間らしさなのかもしれぬな……。
そんな風に家の中を眺めていると、クルサが指先で方向を示してきた。
「そこに洗面所があって、右隣にお風呂があるから先に入ってて。私、その間にご飯作っちゃうから」
【分かった】
我が住んでいる宿屋にも、洗面所と風呂は一応、備えられている。
そのため、入浴における人間社会のマナーは一通り心得ているつもりだ。
洗面所で手を洗い、服を脱ぎ捨て、石鹸で体を拭き、シャワーを浴びる。
我ながら完璧だ。
【ピコン。録音が開始されました】
……ん?何だ?外で何か音がした気がするが……まぁよいか。
我は気にせずシャワーを気持ちよく浴び、湯舟を堪能した。
風呂を上がり、タオルで髪を拭きながらリビングへ戻ると、低いテーブルには湯気の立つ料理が並べられていた。
「できたよ、オリオン。熱いから気をつけてね」
クルサがエプロン姿で微笑む。
相変わらずおっぱいが大きいな、少しだけ肌が出ているではないか。
そう思いながら我は低いテーブルに胡坐をかき、箸を持つ。
料理の名は——「うどん」と言ったか。白く太い糸が、透き通った白い汁に沈んでいる。その上には玉ねぎとワカメが浮かび、湯気と共に立ち昇る香りが妙に食欲をそそる。
我が風呂に入っていた短時間でも完成し、かつ美味しいらしい。
最初は疑ったが、一口すすった瞬間、その疑いは霧散した。
【……うまい】
その一言が、自然と口をついて出た。
もちもちとした糸の食感が舌に心地よい。汁は熱すぎずぬるすぎず、絶妙な温度で胃に染み渡る。ズルズルと止まらず喉を通っていく。これは止まらないな。
さらに隣には、「お稲荷さん」と呼ばれる謎の小さき包みが並んでいた。これも実にうまい。「うどん」との相性が最高だ。
我はお弁当のときと同様に、うどんもあっという間に平らげていた。
その様子を静かに眺めていたクルサは、頬を赤らめながら、どこか決意を秘めたような表情で口を開いた。
「ねぇ……私がお風呂入り終わったら、その……胸、揉ませてあげる……。べっ、別にしてほしいってわけじゃないけど。ただ……魔法を教えてほしいだけで……」
……そう言えばそうだったな。すっかり忘れていたが、ここに来たそもそもの理由は、我が冗談で彼女をからかったことにあったな。
しかし料理は食べた。もはや用はない。
【ああ……魔法を教えると言ったことか。あれは冗談だ】
「え……?」
【おっぱいを揉ませろと言ったのも冗談ということだ。魔法を教える気もない。……料理、美味であった。またよろしく頼む】
「……嘘……私……覚悟、してたのに」
クルサはしゅんとした顔を浮かべ、肩を落とした。そして静かに魔力が立ち上がる。その時、我は対抗魔法の構えを取った。
【またあの魔法か。だが、我も三度目は食らわぬぞ】
「……」
クルサは頬を膨らませると、ぷいっとそっぽを向いた。
沈黙。彼女は我に目を合わせようとせず、台所の方へと体を向ける。
我が近づいて目の前に立てば、すぐさま身体を反対に背ける。
【……おい、何だその態度は?】
我の問いかけにも、クルサは頬を膨らませたまま「ぷいっ!」とそっぽを向く。
そんな彼女の肩を掴み、くるりと身体ごとこちらに向かせる。だが、視線は斜め下、こちらを見ようともしない。
……もしや、これは最高の展開ではないか?
「もう、オリオンなんて知らないっ!」
……ふむ。これは、我の女をやめさせる、絶好の機会と見た。
今この瞬間、クルサは確実に我に失望している。おそらく先ほどの態度が気に食わなかったのだろう。
ならば、この流れに乗じて、関係を断ち切る方向へ持っていくことも不可能ではない。
それができれば、“魔法を教える”という面倒な義務からも解放される。
好都合ではないか。
【……そうか】
我が話を切り出そうとしたその瞬間、彼女は強烈な言葉を放つ。
「もう、お弁当作ってあげないから」
……。
ガッ!!!
……。
思考が止まる音がした。
そうだ。
クルサが我の女をやめるということは——同時に、お弁当という最高の供給源を失うことを意味している……。それは我にとって死活問題、死に至らしめる行為そのものだ。いや、実際に死ぬわけではなのだが、永遠に「食べられない」という苦しみを味わうことになる。
【……ク、クルサ】
「プイーーー!!!」
ダメだ。完全に怒っておる。
くっ、このままでは飢え死にしてしまう。何とかしなければ……。
【……分かった。では、代わりに願いを一つだけ叶えてやろう。何でも言え】
クルサはぴくりと肩を震わせた。
「……ほんとに?」
【あっあぁ。本当だ】
顔はまだそっぽを向いたままだが、声は小さく、それでもはっきりと聞こえた。
「……そ、それなら……今日、うちに泊まって、一緒に寝て」
……ふむ。
その後、我はクルサにこれから先、「嘘は禁止」と言われた。でなければお弁当は無くなると……。苦しい条件だ。
そこからは何でもない言葉のやりとり、たわいない話題。
気づけば23時。クルサが風呂に入り、我は願いを叶えるべく、共に布団に入った。
しばらくして、クルサがもぞもぞと動き始め——気づけば我の腕にぎゅっと抱きついていた。
ぴったりと身体を寄せ、おっぱいを押し当て、満足げな表情を浮かべて眠り始める。
【……やっと寝たか】
そっと布団を掛け直し、我も目を閉じる。
我は、クルサを好きでも何でもない。
しかし、こやつの料理は美味で、気も利く。我が命じずともよく動く。
我の女として、なかなか優秀であろう。
——ただ一つだけ、予想外だったのは。
先ほど、本気で「この女を手放したくない」と思ってしまったことだ。
クルサ……こやつといると、なぜか心がざわつく。感情が、制御しづらくなる。
こんなことをしている暇があるなら、魔法の鍛錬にでも励んだ方が有意義だ。
本来の目的に比べれば、この状況はあまりにも無意味で、非合理で——
……なのに、なぜだろうな。
分からん。
今はもう、考えるのはやめよう。
ーーーーーーー
次回:第二十一話 クルサの想いは重い:あぁ好き❤️




