第一話 始まり
気がつけば、眠っていた。
否、眠らされていたのかもしれぬ。
受け入れがたい現実を脳が拒否した。
目を覚ました時には、また違う場所へと移動していた。
【……どこだ、ここは】
封印の洞窟でも、魔界でも、戦場でもない。
木の壁、布の床、小さな窓、そして我は今、木の牢獄に閉じ込められている。
我は人間の赤ん坊、であればここは人間の住まい?と言ったところか。
実際に中を見るのは初めてだ。いつも焼き払ってきたからな。
「待っていてね~、ちゅっ。今からご飯を作りますからねぇ~」
女がまた現れた。
あろうことか、我の額に唇を当てたのだ。
【貴様、限度をしれ。我はアジ・ダハーカ。アンリマユ様より生み出されし偉大なる竜。下等な人間が我のおでこにキスだと……?不敬も甚だしい。万死に値する】
我は目を閉じ、手を掲げ、魔術を詠唱した。
【竜魔術・心裂の断罪】
・・・静かだ。
「………………?」
もう一度、詠唱する。
【竜魔術・心裂の断罪】
……何も起きぬ。
【なぜだ? 魔術が発動しない……?】
焦り。混乱。疑念。怒り。
頭の中で感情が渦を巻き、心臓がドクドクと高鳴る。
【”マナ”が……ない?】
周囲を探る。感知しようとする。
だが、どれほど意識を集中しても魔術の源、マナが存在していない。
【馬鹿な……我が眠っていた間に魔術が消滅したとでも言うのか?】
その時、女の手から―― ボォッ!
火が生まれた。
【なっ……!? なぜ、貴様は……魔術が使える……!?】
バタン!
扉が開いた。
【今度は何だ!?】
『オリオーーーン!!』
地響きのような足音。現れたのは――男。屈強な体をもった人間が近づいてくる。
【うわぁぁあぁあ!!!】
我の脇腹をがっしりと掴み、空中へと持ち上げられる。
『お父さんですよぉ~!』
【なっ……!? 増援か!?】
逃げられぬ。我は宙に浮かされ、成す術もなく――ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ!唇を何度も当てられる。
【やめろ……やめろぉぉ……!臭い汚い。 拷問か!?女より悪質……!魔術さえ、詠唱できれば、こんなことには】
「あなた~嫌がってるじゃない」
女が、我を取り戻す。
救い。まさに、地獄からの解放。
【よくやった……褒めて遣わす】
そう思っている最中、香ばしい香りが鼻孔をくすぐる。
【この匂いは……?】
「ほ~ら、ミルクですよ~」
女が差し出す、白く温かな液体。
【毒…なのか?くんくん。だが、いい匂いだ】
その瞬間――
ぐぅ~~~~~~~~
【くっ腹が減ったか。しかし、このミルクとやらが分からん以上、安易に食いつくのは危険だ。女が我にこれを飲ませ、苦しむ姿を見たいやもしれん】
我は顔を背けて様子を伺う。
「なかなか飲まないわね~」
『ん~貸してみろ!』
男が哺乳瓶を掴み、グググと透明な突起物を我の口へ押しつけてくる。
【ぐぅ!!!なにをする!?やめっ……!」
あまりの勢いに我はそれを一口飲んでしまった。
ごくん……ん?
ごくん、ごくん……。
【………うまい】
気づけば、我は夢中になってそれを飲み続けていた。
【主人公が死ぬカウント 2】
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次回:夜がうるさい、魔法の世界