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第十四話 【冥界門(ゲート・オブ・アビス)】

『良かった。ここにあなたが来てくれて』


 アルバートはクルサと出会ってすぐ、首を掴み上げた。


「っく……!」


 クルサは魔族の心臓が10個入った袋を持っていた。

 魔族と戦い、やっとの思いで手に入れた心臓。

 だが、魔力はもう既に使い果たし、器はボロボロ、エーテルを溜めることができない状態だった。


 呼吸ができず、袋を落とし、必死にアルバートの腕を掴んで抵抗する。

 足をバタつかせ更なる抵抗を見せるが、それが余計にアルバートをイラつかせた。


『チッ、大人しくしてくれませんかね!!!』


 怒鳴りながら、魔力を纏った手でクルサの体を木へと叩きつける。


「がっ!」


 背中を強打し喉が詰まる。戦闘で開いた傷が裂け、視界がぐにゃりと歪む。

 そんなクルサに、アルバートは容赦なく闇魔法を放つ。


『中級魔法:黒鎖』


 地面から這い出た黒い鎖が、手足を拘束し、クルサを木に縛りつけた。もはや身動き一つ取れない。

 今までクルサが自分の物にならずイラつき、オリオンという人物まで現れ、作戦も失敗。

 積もり積もった怒りが、アルバートの理性を焼き尽くしていた。


『あなたが悪いんですよ。ずっと我慢していたんだ。純粋なあなたを、穢さず僕のものにしたかった……でも、もういい。どうせ僕の気持中ちを受け入れてくれない。なら――力で従わせるだけです……『奴隷印』 』

 

 彼の手に、禍々しい紫の紋章が浮かび上がる。

 闇のゲートが開き、奴隷刻印の印が現れた。


 魔法はそれぞれ、初級→中級→上級→超級がある。

 級が上がるごとに強力であり、消費量は大きい。

 自分の魔力量をしっかりと見極め、消費を考えて戦うのが基本。

 しかし、例外もある。

 種族特有の魔法や、呪いといったものが存在するのだ。

 それらには級という概念が無いが、その代わりに何かしらの条件が付きまとう。

 今まさにアルバートが使った『奴隷印』。これは呪いの類だ。

 印を押された者は、押した相手の奴隷となり何でも命令を聞くようになるという呪い。

 条件として、相手の胸に直接当てなければ効果が無い。

 

 そのためアルバートは印を握り、クルサへと近づく。

 自分の忠実なる奴隷とするために。

 

『あなたを、僕の奴隷にします。心の自由を奪い、僕の命令に絶対服従させる。作戦は失敗したけど、せめて……あなたぐらいは手に入れて終わらせる』


 クルサは顔を逸らし、必死に抗おうとする。


「やめて……お願い」


 アルバートが刻印をかざし、一歩踏み出した、その瞬間。


 ――ズゥンッ!


 大地が揺れ、大気が裂けるような重圧が周囲を包んだ。


『……ッ!?』


【クルサを奴隷にまでしようとするとは……貴様はやはり、この世に居てはいけない人間のようだな】


 森の陰から、黒い髪を漂わせ、ひとりの男が歩み出る。 オリオンだった。

 アルバートはクルサから手を放し、彼へと目を向ける。


『ふふ……僕はどうやら幸運なようだ。ストレス解消に、あなた方が現れてくれるのだから』


「オリオン逃げて!今のアルバートは正気じゃない!」


『クルサさんは黙っていてください』


 黒鎖が唇まで這い上がり、クルサの口を塞いだ。


【そんなことは、前に会った時から分かっておるわ。このおっぱいが】


 だが、それよりも。


【仲間が吐いたぞ。貴様がこの作戦を立案し、強制してきたと】


『はっ。何を言うかと思えば……効率的に進めただけです。ルール違反でもない。何がいけないというのです?』


【なにも悪くはない。ただ、我が気に食わん。それだけのことだ】


 淡々と語るオリオンの声に、冷たい殺意が滲む。


『オリオン……君の魔力は消しました。クルサさんの前で格好をつけたい気持ちはわかりますが……いいんですか? 本当に死にますよ』


 アルバートが全身に魔力を集中させる。紫の光が彼の周囲に螺旋を描き、大気中のエーテルが唸りを上げて集まっていく。


【我を殺す、か……。ならば試してみるがいい】


 オリオンは両手を制服のポケットにしまったまま、首を傾け、薄く笑った。

 その余裕に、ついにアルバートの怒りが爆発した。


『そうですか!約束通り、殺してやるッ!!!』


 紫の光が爆ぜる。


『死ね!――初級魔法:黒槍!』


 アルバートが振り上げた腕から、複数の黒い魔力の槍が生成され、空気を裂いてオリオンに向かって放たれた。


 ズガンッ!


 地を抉るような爆音が森を駆け抜ける。  

 だが、そこにいたはずのオリオンの姿は、すでにない。

 直後、アルバートの背後から声が飛ぶ。


【遅い。狙いも甘い】


『囮、ですから。初級魔法:黒沼!』


 森の一帯が黒に染まり、着地した地面が液体のように沈み始めた。  

 オリオンの足が取られ、膝下まで沈む。

 その隙を逃さず、アルバートは上空へ跳躍し、両手を交差させて詠唱を完了させる。


『初級魔法:黒雷』


 紫黒の雷が空を裂き、稲妻となって降り注ぐ。

 爆光と轟音が交錯し、オリオンの姿を煙が覆い隠す。


 しかし、煙の奥から、足音が一つ。


 ――ズ、ズン。


 焼け焦げた制服をまとったまま、オリオンが、悠然と姿を現す。

 肌には擦り傷一つない。

 再生を続けたオリオンの体は、鉄壁の防御を備えていた。


【こんなものか】


『チッ、魔法を使って防御した?いや、彼に魔力はないはず……魔法体制が恐ろしく高い。なるほど、ならば耐えられないほどの圧倒的力でねじ伏せるのみ!』


 即座に詠唱を重ねる。


『初級魔法:黒鎖、黒牢!』


 地中から無数の黒鎖が這い出し、四方八方からオリオンを拘束せんと襲いかかる。

 手足、胴体、首――そのすべてを封じ、黒い牢がオリオンを閉じ込める。

 アルバートは両手を前に出し、重ねて詠唱を繰り出す。


『中級魔法――黒雷・竜撃砲!!!』


 紫黒の雷が一斉に集まり、爆発的な勢いで放たれた。

 その衝撃波は地面をえぐり、周囲の木々や土が焼け焦げる。しかし、オリオンはそのまま動かず立っていた。


『まだ無傷……凄い魔法体制ですね。これは僕も本気を出さないといけないようだ』


 森がざわめき、地面が微かに震える。

 大気のエーテルが一斉にアルバートへと集まり、彼の周囲に異様な緊張感が漂い始めた。


『上級魔法:妖刀ムラサメ』


 紫色のゲートのようなものが空間に現れる。

 その中から、鋭く長い刀が現れ、深い紫色の光を宿してゆっくりと空中に浮かび上がる。

 アルバートは軽く刀を振るい、魔力の波動が周囲に放たれる。


『君はもう終わりです。この刀はどんな物体をも切り裂くことができ、切られた部分は再生ができなくなる。君がどれだけ硬かろうと無意味』


 アルバートはその言葉を放った瞬間に姿を消した。そして、鋭い刃がオリオンの背中に一閃を加えた。


【――ッ!】


 刹那、オリオンの背が裂け、左腕が切り落とされ、さらに両足を無慈悲に突き刺される。

 最後に、心臓を貫かれる感覚がオリオンを襲った。


 パリン   ファァァァン  ヴァァァァ


『これで、死ね』


 アルバートは刀を一気に回し、思いっきり引き抜いた。

 オリオンは血だらけとなり、地面に崩れ落ちる。

 彼の体からは止めどなく血が流れ、鮮血が周囲に広がっていく。


「んんんーーー!んんんん!」


 クルサの口が塞がれたまま、必死に叫ぼうとするが、その声は届かない。

 オリオンからの反応はなく完全に沈黙した。

 その光景を見て、アルバートは冷酷な笑みを浮かべる。


『クルサさん、悲しむことはありません。君は今から僕の奴隷となり、幸せな人生を歩むのですから。その忌々しい黒髪も、綺麗な白髪にして差し上げますよ』


 アルバートは舌をジュルリと回しながら、クルサをじっと見つめ、彼女の体に目を移す。

 様々な妄想が頭をよぎる……。


 その時。


【貴様の余興は、もう終わりか?】


 その声は、後ろから響いてきた。

 アルバートは振り返ることなく、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

 自分の予測を裏切るような言葉が、どこからともなく聞こえてきたのだ。


 ――切ったはずだ。

 全身を傷だらけにし、心臓を貫いたはずだ。

 死人がいるはずの場所から、声が聞こえた。

 アルバートは震える手で顔を覆い、再度ゆっくりと振り返る。


 ――そこにいたのは――


『なぜ……生きている。あり得ない。心臓を貫かれたはずだ。立っていられる訳がない!』


 アルバートは目を大きく見開き、言葉を失った。

 目の前に現れたのは、傷だらけで、血を大量に流しながらも、立ち尽くすオリオンの姿だった。


 彼は不死……何度でも蘇る。

 その事をアルバートは知らない。


【我が強固な肉体に傷をつけるとは、大したものだ。口だけではないと褒めてやろう】


 オリオンの声は、どこか冷たく、鋭く響いた。

 そして、続けざまに言葉を続けた。


【……”だが、我の心臓を壊したことが、貴様の敗因だ”……】


『何を言って……ぐはぁっあぁぁあぁあああああ』


………………

アジ・ダハーカ……三つの頭を持つ邪竜である。

同時に、三つの心臓(核)を持つ生物のことを指す。

つまり、オリオンは三つの心臓を持っている。


中頭…中央の心臓は不死。何度でも頭が蘇る。

左頭…左の心臓は「苦痛」を宿す。


 アルバートが破壊した心臓はまさに、左の心臓だった。

 それを破壊したアルバートには、アジ・ダハーカがこれまで味わってきた絶望的「苦痛」が付与される。


 その苦痛とは――

・肉体を無数に引き裂かれる痛み。

・頭を斬り落とされる激痛。

・魂を抉るような魔術の拷問。

・心臓を何度も貫かれる死の恐怖、などなど。


 それらすべての「苦痛」が集約され「呪い」として与えられる。


………………


 アルバートは地面に倒れ、呻き声を上げながら体を激しくよじる。

 血と汗で顔を歪め、震える手で胸を押さえる。


『うっ……ぐああああ!』


 意識が遠のきかける中、彼は必死に身を起こそうと試みるが、立てない。

 立つことなど不可能だ。魔法など放てるわけがない。

 死に近い苦痛が次々と襲い掛かり、彼の意識を奪おうとする。


 オリオンは冷徹にその様子を見下ろす。


【どうだ、我の苦痛は?】


 アルバートは知らない。

 オリオンが全属性の持ち主であり、抹消を食らってもなお、魔法を行使できることを。


【貴様に相応しい死を与えよう】


……強者に狩られる恐怖を、存分に味わえ……


【竜魔法:冥界門ゲート・オブ・アビス


 オリオンがそう口にすると、黒い膜が瞬く間にアルバートを覆い、彼の存在は現実から消えた。

 目の前に広がるのは、何も見えない、何も聞こえない漆黒の空間。

 そこに現れる恐ろしく禍々しい扉。


 アルバートはその扉に吸い込まれ、次の瞬間【オリオンの体内】へと送られた。


『ごっごごは……』


【異形たちよ。そやつは供物だ】


 どこからともなく、低く不気味な声が響く。

 その瞬間、暗闇の中から赤く光る目が無数に浮かび上がる。


『な……なんだ、ごれは……』


【喰い殺せ】


 シャーーーーーーーーーーー!!!!!!


 その瞬間、無数の異形が一斉にアルバートに襲いかかる。

 目の前に現れた顔は醜く、目も口も歪み、牙が尖り、異常な形態をした怪物たちだ。


『まで!ああああああ!!!!』


 アルバートの声は、異形たちにかき消され、無情に引き裂かれる。

 彼の体は何度も引き裂かれ、千切られ、血が空中に舞い散る。


 異形たちは彼の肉体を、まるで饗宴のように喰らい尽くしていく。

 アルバートはその恐ろしい痛みを感じながら、何度も絶望の叫びを上げる。


 その声はすぐに異形たちの咆哮に埋もれ、やがて完全に消え去った。


ーーーーーー

次回:第十五話 初恋の変態

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