第十三話 大混乱…腐敗する第一次試験
オリオンが言っていた“魔力の強い者たち”とは、Cクラス以上の生徒を指す。
だが、実際にはAクラス、Bクラスの生徒たちはすでに試験を終えていた。誰もが速やかに魔族の心臓を入手し、最短で帰還、合格を果たしていたのだ。
――つまり、今この島で待ち伏せをしている“魔力の強い者たち”とは、Cクラスの生徒たちだけだった。
それは、Cクラスのリーダー「アルバート」の指示によるものである。
島に転送された直後、アルバートは”魔力感知に優れた仲間”を使い、魔族たちの位置を即座に把握。
そのすべてが島の中央に集まっていると知ると、すぐさま方針を転換した。
――魔族と戦うのではなく、人間から奪う。
アルバートは島の中心を起点に円を描くよう、仲間たちを等間隔に配置。
どの方向から心臓を持ち帰ろうとする生徒が現れても、必ず接触し、奪い取れるような布陣を築き上げた。
魔族と正面から戦うリスクは避け、労力も最小限に抑え、確実に成果だけを奪い取る。
周囲に魔族がいない以上、布陣が壊れることもない。
……だが……。
突如、森の奥から黒い奔流のように異形たちが溢れ出した。
地を這い、木々を割り、空を舞い、何百、何千という魔の存在が、島の中央を囲む布陣を各所から襲撃する。
「なっ、何なんだこいつらはッ!?」「魔族は中央にいるんじゃなかったのか!? 感知したはずだろ!?」「今はそんなこと言ってる場合じゃない!迎撃を――!」
Cクラスの中でも実力のある者たちが、魔法を展開して応戦を開始する。
火炎、雷撃、氷槍――あらゆる攻撃魔法が異形たちを焼き払い、吹き飛ばす。
「落ち着け! 数は多いが、個体の強さは大したことはない!」 「俺たちが前を切り開く! その間に布陣を立て直せ!」
しかし――
【ドン】
ドクン
唐突に、空気が“凍りつく”ような感覚が走った。
ドクン……ドクン……
何かが、迫っている。
ドクンドクンドクン
異形の群れはその場を離れ、ただ一体、静かに着地する者がいた。
黒き翼。赤き瞳。長くしなやかな尾が揺れ、足元に影がにじむ。
その者とは、蠅の王【ベルゼブブ】。
「……なんだ、あれは……魔族か?」 「違う……気配が違う……!」
圧倒的な“静寂”の魔力。見たこともない人間の姿をした王が、Cクラスの生徒に迫り来る。
「撃て……撃てーーー!!!」
誰かの絶叫を皮切りに、Cクラスの精鋭たちが一斉に魔法を放った。
「爆炎槍!」「雷光弾!」「疾風斬!」
火の槍が轟き、雷鳴が奔り、風を切り裂く魔法がベルゼブブを襲う。
だが――
『暴食の盾』
蠢く、醜悪な虫たちが一瞬にして出現する。
ベルゼブブの前に黒き壁となって立ち塞がった。
バチバチと火花を散らしながら、虫の群れは魔法を吸収し、霧のように霧散させていく。
シュウゥゥ……ッ。
「……な、何だ今の……?」「魔法が……全部、消えた?」「構うな! 撃ち続けろッ!!」
怯えを押し殺し、Cクラスの精鋭たちは声を張り上げる。
再び紡がれる魔法の詠唱――
「氷牙槍!」「雷砲!」「重斬嵐!」
だが、そのすべてが――またしても、虫の壁に吸われる。
霧のように、泡のように、ただ虚しく消えていく魔法。
ベルゼブブは、一歩も動かない。
攻撃に反応することすらなく、まるで実験でも眺めるように、無表情でCクラスの生徒たちを見下ろす。
その時だった。
『腐敗する世界』
手を上に掲げ、ただ一言。低く、淡々と。
すると空気が震え、地響きと共に、直径666mの霧のドームが形成される。
霧は地を這い、天を覆い、世界を呑み込む。
草は黒く枯れ、土は膿み、空気は腐臭に満ちる。
皮膚は焼けただれ、喉は裂けるように痛み、全身が痺れ、毒と病が肉体を蝕む。
「ぐ、ああああッ!!」「熱い……喉が……ッ!」「やめて……痛い痛い痛いッ!」
時間の感覚は狂い、魔法構築の術式は乱れ、正確な詠唱ができない。
精神も、肉体も、魂すらも――腐っていく。
それでも、なお魔力を込めて立ち上がろうとする者がいた。
「うぐっ……まだだ……まだ俺は――!」
だが、その肩を掴んだのは“味方”だった。
「ぐらぇ……」
虚ろな目。腐食した顔。泡を吹きながら、仲間を地に叩きつける。
「おま、え……ら……?」
『無駄だ』
彼は口を開き、その者を見下ろす。
『毒に抗えぬ者は、皆、余の“支配下”となる。お前も抵抗を止め、眠るがいい』
蠅の王の放った“(腐敗)”は、ただ蝕むだけではない。意思すら奪い、支配へと変える。
感染し(腐)り、そして(敗)北し従属する。
かつて数多の国家と文明をその“病”で滅ぼし、理性ある者を狂気へ誘い、正義すらも、(腐敗)という名の泥に沈めてきた――。
アンリマユ、アジ・ダハーカの次に神から恐れられた存在。
“暴食の魔王”、“魔界の君主”、“あらゆる状態異常を統べる者”。
それが、蠅の王【ベルゼブブ】。
抗っていた者たちも、次第に毒と狂気に蝕まれ一人、また一人と意識を手放していった。
ベルゼブブは無言のまま、群れを率い、黒き羽を広げて次なる狩場へと飛び去っていく。
◇
その頃、島の各地では“異形”たちが蠢いていた。
ルール通りに心臓を持ち帰ろうとする生徒たち(魔力の弱い者)には、指一本触れない。
むしろ、進路を塞がぬよう、静かに道を開ける。
しかし、C クラスの生徒たちだけは、執拗に、徹底的に狙われていた。
その奇妙な選別は、さらなる混乱を招く。
召喚魔法では説明がつかない。
一体一体に“個”としての意志があり、獣よりも洗練された殺意と判断力を持つかのよう。
こいつらはどこから来たのか?
なぜ C クラスの者だけが襲われるのか?
誰も答えを持たないまま、試験時間は残り10分を切っていた。
◇
アルバートは、苛立ちを隠せずにいた。
『なぜだ。なぜ誰とも連絡が取れない!?』
伝達魔法は途絶え、各所に配置した仲間たちの反応も皆無。
自身が考えた完璧な計画が、音もなく崩れていく。
森の中で、彼は一人、歯噛みしながら木の幹を拳で叩いた。
拳に滲む血を無視して、ただ虚空を睨む。
『ありえない。一体誰が、僕の作戦を台無しに……!』
心臓をテントに持ち帰る道など無数にある。
しかし、偶然、クルサはその道を通り、怒りに狂ったアルバートと接触してしまった……。
ーーーーーーー
次回:第十四話 【冥界門】




