封印が解かれたその日
シャリン……。
かつて、悪神「アンリマユ」に生み出され、神々すら恐れた「邪竜」 がいた。
三つの蛇のような頭、鱗に覆われた巨大な不死の肉体、天を覆いつくす翼、千の魔術を操り、幾千もの神々を葬り去った竜。
その邪竜の名は 「アジ・ダハーカ」 。
青い宝石が壁に張りついた、静寂の洞窟。
光の結界が淡く空気を震わせ、無数の鎖が邪竜の巨体を縛っていた。
【………】
その眼は閉ざされ、気配は沈黙の底に消えていた。
だが、死んではいない。不死であるがゆえに、滅びることもなく。この封印の中で、何千年もの時を、ただ眠り続けていた。
──しかし、ある日。
ボォーーーー。ブゥン……。
音もなく、空間が軋んだ。
それは……封印が破れた音だった。
「おめでとうございます!」
「はぁ……はぁ……」
白い光の中から、視界がじわじわと開かれていく。
「元気な男の子ですよ!」
ん……なんだ、ここは?
我はたしか、封印されて洞窟にいたはず……。
「は、はぁ……私の息子だ……」
女の声がする。目の前に、巨大な顔がある。
人間の女。だが……異様に、大きい。我よりも小さき、下等な人間がなぜこうも大きく見えるのだ?
「よしよし……かわいい子ね」
女の手が、我の頭に触れた。
──撫でた、だと?
【やめろ……人間ごときが、この我に触れるなッ!】
怒声を上げたつもりだった。
けれど、それは空気を震わせる轟きにならず――
「よかった。今日からあなたの名前は……【オリオン】よ」
言葉は通じぬのか?触れるなと、――あっ、こら!貴様……!
【………む?】
ふと、視線を落とす。
そこにあったのは小さな、小さな手。大きな爪も鱗もない。
グーパー、グーパー。
自分の意思で、確かに動いている。
細い指。柔らかい肌。この手は……人間の……?
その瞬間、頭が真っ白になった。
嫌な予感が、背筋を駆け上がる。
いや、違う。これは、悪夢。そうに違いない。
ふと、鏡が視界に入る。
その中に映っていたのは――
人間の赤ん坊だった。
――そして、それは間違いなく、我だった。
【な……なんだと……!? この姿は……!!】
次の瞬間、世界が崩れた。
【おぉぉぉぎゃぁぁぁぁぁぁあーーーー!!!】
主人公が死ぬまで 残り3
*
神々が恐れた最凶の邪竜 「アジ・ダハーカ」
――彼は、人間の赤ん坊になっていた……。
これは誰も知らない「アジ・ダハーカ」の物語。
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