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2.どストライクは突然に{後}

「――あ」


 どうやら、ごくわずかな時間だが、寝落ちしてしまっていたらしい。ソファの上で目を開けた私は、慌てて座り直した。


 自分の部屋以外の場所でうたた寝だなんて、普段の私なら到底考えられないことだ。しかも、薬師とはいえ男性の前で。


「いつも、ひどく気を張ってるんだな。身体を緩めて血が巡ったら、疲れが出たんだろう」


 そばのテーブルに腰掛けていたアーチーさんが、こちらを向いて穏やかな笑みを浮かべた。


「おかげで、身体が軽くなった気がします。めまいももう大丈夫」


 立ち上がって頭を下げると、私は彼とドリーと共に白木の小さなテーブルを囲んだ。

 ぐっすり眠って自然に目覚めた朝のような、爽快な気分だ。薬師の施術を受けたのは初めてではないが、短時間でここまで効果を感じたことはない。


「とてもお上手なのですね、マッサージ」


 先ほどの執事のような男性から、薬草茶のカップを受け取りながら言うと、


「……いや、それほどでも」


 アーチーさんは軽く目をそらした。


「店長は、修行中に様々な薬師から薬草の手ほどきを受けた際に、血流を良くする手技も身につけたそうです」


 さらりと言って、デイヴィッドと呼ばれる執事風の男性がカウンターに戻る。


 その後、アーチーさんのご厚意に甘えて、私とドリーは温かいお茶を飲みながらゆったりしたひとときを過ごした。


 彼は東の隣国ハミークの出身で、デイヴィッドさんが言った通りいろいろな国で薬草の勉強をしたあと、数年前にわが国に来られたそうだ。


「伝統的な薬草については山国のハミークの薬師の方が詳しいが、新しい素材との組み合わせを試したり最新情報を得るには、貿易港のあるこの国がなにかと便利で」


(やはり、ハミークの方)


 私は内心納得する。ずっと、彼の瞳の色が気になっていたのだ。


(それにしても、ここまで見事な琥珀色の瞳は、王族特有のものだと聞いていたけど)


 もしかしたらアーチーさんは、ハミークの王族にゆかりのある上級貴族の出身なのかもしれない。薬師と貴族は容易に結びつかないけれど、それなら彼の身にまとう雰囲気にもうなずける。バーテンダーというより執事のようなデイヴィッドさんは、昔から彼の身の回りのお世話をしていて、そのまま国を出るときについてきたという話だし。


 アーチーさんは現在三十五歳、三つ下のデイヴィッドさんと一緒にこの店の二階に住んでいるという。


(ということは、独身)


 それだけで緩みかけた頬を、さりげなく私は押さえる。


 薬草や医療についてだけでなく、大陸各地の地理や政治・経済についても彼は詳しかった。

 琥珀色の目を柔らかく細めて、様々な興味深い話をユーモアを交えて話す彼に、またしても胸のどきどきが止まらない。


(神様、心臓が大変です。もう勘弁してくだ、あっダメ! ダメですもっと彼といたいです。勘弁しないで絶対!)


 頭の中はめちゃくちゃ忙しいけれど、私だって第一王女。ティーカップ片手にすました顔で彼と語り合う。


 会話の中で、


「けれど、長期的には貴族による統治には限界が。より直接的に民の声を反映する仕組みを……あっ」


 つい、この世界の貴族令嬢らしからぬ意見を、しかも元貴族と思われるアーチーさん相手に、はっきりと口にしてしまった私に、


「俺も、君の言う通りだと思うよ」


 引くでも怒るでもなく、彼は微笑んだ。


「今はまだ、表立って言えるような話じゃないが、貴族が政治や富を独占することに限界はある。新しい制度は必要だ。……若いのに、世の中のことを深く考えているんだな、お嬢さん」


 穏やかなその顔を、


(これぞ、大人の余裕……)


 うっとりと私は見上げる。


 どうしよう。私、みつけてしまったみたい。器の大きな、拗ねない大人の男性を……。


 そのとき、


「……いや。お嬢さんではなく、姫様とお呼びするべきかな?」


 私を見下ろしていたアーチーさんが、ふ、と笑みを深くした。


「――へ?」


 不意をつかれた私は、思わずドリーと目を見合わせてしまう。


 え、なに? まさか。


「思い出したよ。ノルドランの第一王女セシリア様は、御年十八歳の黒髪の美女。しかも、たいそう勉強熱心なお方だとか」


 テーブルの上に頬杖をついて、悪い笑みを浮かべた彼に、


「あ、あの。それは」


 口をぱくぱくさせていると、


「……ふっ」


 アーチーさんが、おかしそうに肩を揺らした。


「すまない、ちょっとからかいすぎた。そんなに困った顔をさせるつもりじゃなかったんだが」


 くすくす笑うのに合わせて、顔にかかった黒髪が揺れるのがなんともいろっぽ……じゃなくて!


「あっ、あの! この件はどうか、内密に」


 必死に頼み込む私に、


「おう」


 アーチーさんがあっさりうなずく。


「とはいえ、姫様に何かあったらこの国の皆さんに申しわけが立たないからな。落ち着いたら、そろそろ城へお帰り」


「……でも」


 このまま王女としての日常に戻ったら、せっかく巡り合えた彼とも、この居心地のいい場所ともお別れだ。


 しょんぼり顔を伏せた私の頭に、ぽん、と温かい手のひらが置かれた。


「またいつでも、好きなときに遊びに来ればいいさ」


「……はい!」


 思わず私は子どものような声を出す。


(頭ポン、いただきましたー!)


 なんともわかりやすい私の反応に、アーチーさんがまたくすくす笑った。




「かっこ、よかったー!」


 その夜私は、城のベッドの上で、お気に入りの枕を抱えてごろごろ転がっていた。


「強くて優しくて賢くて、それに大人の余裕!」


「全面的に同意いたします!」


 そばでドリーもうなずく。


「……あんな方が、お見合い相手だったらいいのに」


 私の口から、ぽろりと夢物語がこぼれ出た。


「彼なら私が即位してからも、張り合ったりせず穏やかに支えてくださりそう。ちゃんとご自分の世界をお持ちだし……」


「そう、そこです!」


 ドリーが胸の前で両手のこぶしを握る。


「薬師としての能力に裏付けされた、大人の余裕! 筋肉! しかもイケボ!」


 あらドリー、なかなかわかってるじゃない。途中から主旨が変わってるけど。


 ベッドに浅く腰かけたドリーが、転がったままの私の顔をのぞきこんだ。


「姫様、あたし今日、ようやくわかりました。姫様と対等にやり合える殿方っていったらもう、三十過ぎちゃうのは仕方ないです。でも大丈夫! 多少年は食ってても、あの方ならまだ余裕で子どもだって作れますよ!」


「ド、ドリー?」


 私はベッドの上ではね起きる。さすがにその発言は、はしたないのでは?


 それに。


「ねえドリー。あの方、ご実家のことははっきりおっしゃらなかったけど……少なくとも、今の彼は平民よ?」


 気になっていたことを思いきって言うと、


「なに言ってんですか姫様。あのスペックなら、さくっとどっかの貴族の養子にしちまえば、婿入りも全然ありです!」


 ドリーが力強く言いきった。


「そうかしら……」


「姫様はどうお思いですか?」


 ドリーの澄んだ青い目に見つめられて、私はおずおずと口を開く。


「……実は、どストライクなのよね。あの方」


「でーすーよーねー!」


 一瞬でテンションマックスになったドリーが、手足をじたばた動かした。


「姫様! 女たるもの、心から欲しいと思える殿方に出会ったなら、この手でつかみ取りにまいりましょう! 大丈夫、姫様ならできます! このドリーが保証いたします!」


「そ、そうよね!」


 全面的に励まされて、身体の中にむくむくと謎のパワーがわいてくるのがわかった。


「心から欲しいわ! 私、あの方と結婚したい。いえ、する!」


 心の中に押し込めていた願いを口に出したものの、すぐにネガティブな思いが浮かんでくる。


「……だけど、私なんて相手にされないかも。年が離れていて彼には子どもにしか見えていないでしょうし、それにあんな素敵な方、いくら独身でもきっともうお相手が」


「このドリーの見たとこ、今現在はおひとりのご様子でしたよ。それに、うちの姫様の魅力に気づかないような殿方、こっちから願い下げです! 自信を持ってくださいませ!」


「え、ええ、わかった。頑張る……!」


 ドリーにたきつけられ、初めての恋に向かって全力疾走を始めた私は、もちろん知らなかった。


「――アーチー様、それでこのあとどうされるおつもりですか? あの姫君」


「どうって?」


 私たちが帰ったあとのあの店で、


「気づいてなかったんですか? ぽーっとした顔でアーチー様のこと見つめてらしたじゃないですか」


「え? そういうこと? ……やっべ」


「うっかりにもほどがありますよ、ダメ押しに頭ポンとか。十八歳の姫君、しかも未来の女王陛下相手に」


「すまん。話してみたら歯ごたえがあって面白い子だったから、つい。ただのきれいなお姫様かと思ったら、案外中身は大人っぽくて」


 アーチーさんとデイヴィッドさんが、こんな会話をしていたなんて。




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