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1.せっかく第一王女なのだから{後}

 ――『さすが貿易大国ノルドランの第一王女。お茶の種類や淹れ方に、これほどお詳しいとは。ハハハ、わたくしごときには到底お相手が務まりませんな』


 ――『国際会計基準? 関税率? い、いや、私はただ、貿易について思うところを語っただけで……。いやはや、こんな小難しい話ばかりでは、結婚後も心の安らぐ暇がないだろうな』


 ――『なんだよ、第一王女だからって偉そうに! 僕だって第一じゃないけど王子だぞ。不愉快だ、帰る!』


 ……決して、マウントを取ろうとしたわけじゃない。ただ、相手の理解不足をスルーしなかっただけで、この始末。


 知識も経験も足りない一方で、お見合い相手の王女になにか指摘されるとすぐに拗ねる、身分だけはいい若君たち。次々と逃亡した彼らによって、私のお見合い現場は荒野と化した。


 今や、東の隣国ハミークはもとより、南の諸国の中にもめぼしい王子や貴族はいない。北の脅威ジデオンとの縁組みは現実的でないし、西は海。このままだと、国内の有力貴族の息子に(強制的に)婿入りしてもらうしかなさそうだ。


「まあ、私もちょっと大人げなかったわよね」


 少しだけ私は反省する。


 自分で言うのもなんだけど、元々真面目で勉強熱心な上に、中身は三十一歳元社畜。そんな私に、お見合い相手の若者たちが知識や経験で太刀打ちできるわけがない。


 だからって、拗ねるのはいただけないけど。


「いいえ! 姫様は悪くなんかありません」


 髪を結い終えたドリーが、ぶんぶんと首を振った。


「これまでお見合いされた皆さまだって、もしも姫様がおっしゃったのと同じことをご自身のお兄様やご友人に言われたら、あんな風にキレたりされなかったはずですよ。相手がお若い姫様だからこそ、甘えて拗ねておられたんですわ」


「優しいのね、ドリー」


「とんでもない! 城内の者は皆、同じ意見でございますよ!」


 ふん! と鼻を鳴らしたドリーが、


「……姫様がお気の毒です。もしも王子様としてお生まれになっていれば、このような目におあいになることもなかったでしょうに」


 しょんぼり肩を落とした。


「ほんとね」


 男に生まれたかったというわけではないけど、その通りだ。王位や爵位こそ性別に関係ない長子相続であるものの、この大陸に男女平等という概念はない。


 それはともかく、現時点での私の望みは。


「――拗ねない男が、欲しいわ」


 別にイケメンはいらない。まともな頭と、お豆腐でもサイコパスでもないメンタルを備え、たまに妻にやり込められたり意に沿わないことを言われても笑って受け入れられる、器の大きな大人の男が欲しいだけ。あ、できれば細マッチョで。


 となると、私の精神年齢上、対象はどうしても三十代以上となってしまうわけで。


「なかなか、難しいでしょうけど」


 私はドリーと顔を見合わせ、ためいきをつく。


 この国の貴族が結婚するのは二十歳前後、三十代独身男性といったらワケあり物件だけだ。


 そんな縁談、次期女王たる私のもとに持ち込まれるはずがない。




 身支度を整えた私は、ドリーをお供に会議の間へと向かった。


 長い廊下を曲がったところで、


「……」


 前方に両親と妹の姿をみつけて、私はつい足を止めて回れ右しそうになる。


 だが、


「お姉様!」


 目ざとくこちらに気づいた妹が、カールした髪を揺らして嬉しそうな声をあげた。


 表情豊かな緑色の目と、いつも口角の上がったかわいらしい唇。小柄な身体にフリルやリボンをふんだんに使ったドレスをまとうルイーズは、愛嬌たっぷりの十三歳の美少女だ。


 妹を両側から挟んだ父と義母も、共にでっぷりと太った身体で振り返り、揃って冷たい目を私に向けた。


「ちょうどよかったわ! バラが盛りだから、東屋でお茶をいただきましょうってお父様をお誘いしたところなの。お姉様もご一緒に」


「あら、だめよルイーズ」


 勢いよく言いかけた妹を、義母が遮った。


「セシリアには大事な用があるんでしょうから。なにせ、第一王女ですものね」


 義母が化粧の濃い顔に意地の悪い笑みを浮かべる。


「いけない、私ったらうっかりして」


 たった今思い出したという風に、ルイーズが首をかしげてみせた。見た目も性格もかわいげに欠ける私には、到底できない仕草だ。


「今日は国境警備のことで、お姉様は大臣たちとお話し合いですのよね? 本当に、お姉様はなんでもおできになって」


 言葉とは裏腹に、妹が勝ち誇ったような視線を私に向ける。


「ホホ、戦に出るわけでもない女が、そのようなこと考えずともよいのです。セシリアときたら、やれ軍備がどうの医療がどうのと、年中辛気臭い顔で」


 細い眉をひそめてみせた義母に、


「はい、お母様」


 妹が大きくうなずく。


「……」


 無言で背後に控えるドリーから、どす黒い怒りのオーラが放たれるのを感じて、


(ドリー、ステイ! ステイよ!)


 私は思わず心の中で念じた。


 母が他界したのは、私が五歳のとき。間もなくこの城に入った義母は、半年もせずに妹のルイーズを産んだ。幼い私は知らなかったが、母が病気で亡くなる前から父が義母と関係していたことは、公然の秘密だったらしい。


 血のつながらない娘が王位を継ぐのが気に入らないのか、義母は昔から私へのあたりが強い。ルイーズの方は、表向きは「かわいい第二王女」という態度を崩さないものの、見るものが見ればそんな母親と一緒になって私を馬鹿にしているのがわかる。


 だが、


「ハハハ、それにひきかえルイーズは可憐だな」


 そんな態度も、父の目にはただのかわいい妹娘としか映らないらしい。


「お父様ったら。わたくしだって、お姉様のような優秀な貴婦人になりたいのです」


 頬をふくらませたルイーズに、


「女だてらに小難しい理屈をこねずとも、女は女らしくあればよいのだ。あのように地味な見た目でかわいげもなくては、まとまる縁談もまとまるまい」


 父が説いて聞かせる。


「はい、お父様」


 妹がうなずくと、それ以上私に構うことなく三人は歩み去った。


「……こんなこと言ったら、不敬罪でつかまっちゃいますけど」


 静まり返った廊下で、背後のドリーが低い声を出した。


「まったく皆様、どうかされてますよ。姫様が言い返されないからってあんな態度、いつかバチが当たっても知りませんから」


「そうね」


 私はあっさりうなずく。


「そうならないよう、あの三人の分まで寝る前に神様にお祈りしておかないと」


「んもー、姫様ったら! お人よしがすぎます」


 苛立ったように声をあげたドリーに、


「気にしたって仕方がないわ」


 私は笑って両手を広げた。


「大丈夫。私には、ドリーやみんながいるもの」


「……姫様~」


 ドリーが私にすがりつく。


「いつか絶対素敵な殿方をつかまえて、今までの分まで幸せになっちゃいましょうね! 絶対ですよ!」


「ふふ、頑張るわドリー」


 自分より少し低い位置にあるドリーの頭を撫でながら、私は反対の手でそっとドレスのひだに触れた。


「地味な見た目」と父に言われた通り、若い娘のものとは思えない、暗い色調と簡素なデザインのドレス。


(ごめんね、ドリー。少しだけ嘘をついたわ)


 ――『陰気でかわいげのないそなたに、このような可憐なドレス似合いはしません』


 パステルカラーやレースにフリル。幼い頃に心惹かれたかわいらしいドレスは、どれも義母に却下された。


 ――『姫様は陰気でもなければ、かわいげがなくもありませんよ! ご自分のことをそんな風におっしゃらず、どうぞお好みのドレスをお選びください』


 大人になった私に、ドリーはいつもそう言ってくれるけど。最初から似合わないとわかっているものを身につけて、それ見たことかと笑われる気になんてなれない。


 私には似合わないかわいらしいドレスを着て、両親の愛情を一身に集める、可憐なルイーズ。


 ずっと、自分もあんな風だったらとうらやましかった。その思いは、本当は多分、今も心のどこかに残っている。


 ……でも、大人になった今の私には、もっと大事なことがある。


 それは、女王としてこの国を繁栄させること。さしあたっての課題は、北の軍事大国ジデオンの脅威に備えつつ、わが民の医療状況を改善することだ。


(せっかくの王位継承順位一位の座。存分に活かしてみせるわ)


 私は胸の前で、ぐっとこぶしを握った。




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