7.Just Married !
「すごくきれいだ、セシリア」
特別仕立ての馬車の中、隣に座った白いタキシード姿のアーチーさんが、笑顔で窓の外に手を振りながらそっとささやく。
「……ドリーたちが、それはもう頑張ってくれて」
不意の耳元での名前呼びに、危うく持っていかれそうになりながら、なんとか私は笑顔とお手振りをキープした。
純白のドレスとヘアメイクは、職人とドリーたち侍女の渾身の作だ。
婚約から数か月、つい今しがた無事結婚式を終えた私たちは、婚礼パレードの真っ最中。
抜けるような青空の下、眼下の道の両脇には、第一王女とその夫の姿を一目見ようというわが国の民が鈴なりだ。
「うん、よく似合ってる。もちろんいつも魅力的だけど、今日の君はまた……破壊力、半端ないな」
「そんな、大げさです」
両想いになって気づいたのだけど、アーチーさんはさすが本物の王子様だけあって、息をするように甘い言葉を吐かれるから困ってしまう。
(ちょっと照れた顔で笑いながら、さらっと「破壊力」だなんて。ズルいですそんな言い方……!)
熱くなった頬を両手で押さえたいのをこらえて、私は白いドレスに視線を落とした。
前世では「プリンセスライン」と呼ばれていた、ふんわり広がったスカートが特徴の、華やかでかわいらしいウェディングドレス。
初めて見せられたときは派手すぎると内心しり込みしてしまったが、実際に身につけヘアメイクも施すと、鏡の中には幼い頃に夢みた花嫁姿そのままの私がいた。
「大げさなんかじゃない。われながらイタいと思って黙ってたけど、かわいすぎてほんとは誰にも見せたくないくらいだ」
ちょっとむくれたアーチーさんが、
「心のままに好きなものを選べるようになって、よかったな」
慈しむような目を私に向ける。
「……ありがとうございます」
気持ちをわかってもらえたことが嬉しくて、私は胸が熱くなった。
――『姫様、やっとその気になってくださいましたか!』
義母や妹がおとなしくなり、彼女たちの嫌がらせから解放された私は、それまで避けていたかわいらしいドレスを、ドリーに言われるまま試そうと思えるようになった。
アーチーさんから隙あらば浴びせられる愛の言葉に、いつのまにか自己肯定感が上がっていたのも、理由のひとつかもしれない。
子どもの頃の憧れだった、パステルカラーやレースやフリル。可憐なデザインも似合う色や素材を選べば、長身で中性的な顔立ちの私が身につけてもおかしくなどなかった。
こんなことなら、義母の呪いを真に受けず、もっと早くドリーのアドバイスを信じておけばよかったと思う。
そうして華やかな装いが増えるにつれ、どういうわけか民の間で、第一王女の人気が急上昇しているのだとか。
そんな中での婚礼とあれば、ドリーが張り切らないわけがない。
「最近めきめきとあでやかさ色っぽさの増しておられる姫様のために、今わが国でもっとも予約の取れないデザイナーとお針子たちが、腕によりをかけて仕上げた品でございます! 僭越ながら、このドリーの意見も反映させていただきましたよ!」
誇らしげに胸を張ったドリー率いる侍女軍団とドレス、それに普段の三倍くらいのヘアメイク道具一式を前にすると、いくらそれを着る花嫁当人とはいえ、もはや「ちょっと派手なんじゃないかしら」などとは言えず、私は黙って皆に身を委ねた。
そこからのさらなる試行錯誤の結果、自分史上最高のウェディングコーデが完成し、最愛のアーチーさんにも大好評なのだから、やはりドリーたちのセンスはすごい。パレードの見物に来た民たちも、さぞかし喜んでいることだろう。
「そうは言っても少々不本意かな? 見た目ひとつで人気が出るなんて、って」
いたずらっぽい目でアーチーさんが尋ねる。
「いいえ、私も学びました」
観衆に気づかれないようそっとかぶりを振って、顔を動かさず視線だけ流すように隣に向けると、こくん、となぜか彼の喉が動いた。
「それが民の、いえ、人の心というものなのですね」
沿道ではしゃぐ民の姿を、改めて私は眺めた。
人は、明るく美しいものに心惹かれるものなのだ。それはおそらく、見た目の華やかさだけの話ではない。
ドリーのあと押しによって、ためらいながらも私は幼い頃からの憧れに手を伸ばし、そして手に入れ、皆と喜びを分かち合った。
その過程で私が感じた、恐れや勇気と弾けるような喜び、そしてあふれるほどの感謝の想い。そんな生き生きとした心の動きに、私の姿を目にした者たちの心も共振したのではないだろうか。
「それで民を喜ばせることができるのならば、この先も存分に」
私は前を向いたまま微笑む。
だって私は次期女王。のびのびやるかわりに、この国の未来にこの身を捧げると決めたのだから。
けれどそれは、決して孤独な旅ではない。巡り合えた最愛のパートナーや大切な周囲の人たちと、支え合って進む旅路だ。
そんな未来、楽しみでしかない。
「民だけじゃないさ」
アーチーさんが、琥珀色の瞳をハチミツみたいにとろりと細めた。
「俺だって嬉しいよ、君が嬉しいと。――それに」
ささやいて私の顔をのぞきこんだ彼に、
「セシリアのかわいい姿を、誰より近くで愛でられるのも」
優しい目で見つめられ、ちゅ、と頬に唇を落とされる。
「……っ、それなら私っ! 頑張ります!」
思わずパレード中であることを忘れ、頬を押さえて私は宣言した。
くすりと笑った彼の顔が近づいて、私はそっと目を閉じる。
ドリーイチ推しのバラ色のリップを塗った唇に、アーチーさんの唇が重ねられた瞬間、沿道から大きな歓声が沸き上がった。
【 了 】
°˖✧★☆★お読みいただき、ありがとうございました!★☆★✧˖°
実は初めて書いた異世界恋愛ものです。
楽しんでいただけていたらいいのですが(どきどき)
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