⑦
ミニゲームはハーフタイムに入っていた。福田は子供達を集めて注意や課題を与えた。
「いいか、自分のことだけではなく。周りもよく見なさい。敵も味方もどんな動きをするのか、確認しなさい。そうすると、自分がどんな動きをするべきか解ってきます。それから、決して一人でゴールまで持ち込もうとしないように。サッカーは一人でするモノじゃない。十一人でするモノだ。ピッチの上にいるときは全ての選手が平等だ。音楽の成績や、学校の勉強の順位も、おとうさんの職業も、おかあさんが料理がへたくそなことも関係ない。サッカーは選手の上に選手を作らず、選手の下に選手を作らずだ。いいか、解ったか!」
福田の熱意に子供達も共感した。
「それから、自分のチームの選手同士、コミュニケーションを取るように。そうするとその人の個性が見えてきます。誰々は粘り強いとか、誰々は足が速いとか、誰々はパスがうまいとか。そうするとチームの中で自分がどの位置にいるのか見えてきます。自分の位置が解ると、いざ、競り合ったときボールを受けるのが誰で、こぼれ球を拾うのは誰、そのパスを受けるのは誰とお互いに暗黙の中で自分のポジションを把握するようになります。いいですか?解りましたか。解ったら後半開始まで自分のチームの人と役割について話し合って下さい」
「はーい」
福田の話に子供達は大きく返事をした。そして、誰からともなく会話を始めた。リーダー的に話し出すモノ、その話を自分なりに解釈して自分の意見を話すモノ、出された結論に従おうとするモノ。組織の中で自分のいる位置を確認しだしている。
「福田さんいい感じじゃないですか」
イベント企画の高橋が話しかけてきた。
「団体における自分の役割をみんな、なんとなく理解してきたみたいですね。まさに、スポーツは社会の縮図、家族の平面図、人間関係の立面図ですね」
高橋の言葉に福田は眉間を緊張させた。スポーツは社会の縮図という言葉は中学校の時の体育教師がよく口にしていた言葉だ。豊田と控室で思い出そうとしていた言葉だ。
「その言葉、スポーツは社会の縮図だという言葉は、誰から聞いたのですか?」
福田は語気を強めて高橋に訊ねた。高橋は福田の訊ね方が威圧的だったため、腰から上をムチのように後方へそらした。
「たしか、中学か高校の時の体育の先生だったと思いますよ」
「えっ、高橋さんも桜田中学出身なのですか?」
「いえ、僕は福島の出身ですから、学校も福島の学校です」
福田は考えた。桜田中学は公立の中学校だ。同じ体育の先生が転勤で福島に行った可能性もある。いや、おそらく同じ先生だ。
「その先生は、ほかにも気持ちに響く言葉を言いませんでしたか?」
「ああ………」
高橋は左上を見上げて、瞬きをした。そして「あっ!」と小さく声を上げて福田の顔を見た。
「逃げるから怖いんだ。立ち向かえば怖くない!とか、人の振り見て我が振りなおせ!とか、そんな言葉を覚えているな。ほら、会社に入って新人研修なんかで人間観察とかやらされるじゃないですか、そのとき同じグループの長所と短所を書き留めさせられたんですよ。そのとき書いた他人の短所は自分の短所と同じだって。だから人の振り見てイヤだと感じる態度や発言は知らないうちに、自分も他人に行っている事だって。そんな事をよく言っていましたね」
高橋の話は職業柄なのか、へりくつが多く回りくどいが福田は三つの事を思い出した。一つは、高橋の話した体育の先生は豊田と名前を思い出そうとしていた、あの名言を吐く体育の先生であるということ。二つ目は豊田と思い出そうとしていた言葉は『スポーツは社会の縮図だ』と『人の振り見て我が振りなおせ』だということ。そして、三つ目は自分が今日子供達に向けて放った言葉は自分自身に放つべき言葉だったのではないだろうかということだ。
福田は、胸の中に収まっていた今日の記憶がよみがえってきた。
『選手をこれだけ待たせる、広報ってどんなモノかと思う』『協調性の中に自己主張を持て』
『アスリートは孤独でプレッシャーがすごいんだ』『周りをよく見て、コミュニケーションを取れ』『自分一人で、プレーしているんじゃない』
〈すべて、自分と家族のことではないか。そうか、家族もサッカーのチームと考えればよかったのだ。俺は家族は裏方やフロントのように考えていたが、それは間違いで家族も同じピッチの上でプレーするチームの選手と考えればよかったのだ。大きな間違いだった〉
一流プレーヤーから指導者に近い位置へポジションを変更させつつある福田は気づいた。福田は宙を見上げて右手のこぶしで左手の手のひらを殴った。このことをゆかりに告げ、謝れば、ゆかりも戻ってきてくれるかもしれない。サッカーにリセットはないが、大人の二人にリセットする機会が一度くらいあっても、サッカーの神様もペレも怒らないだろう。
初めてのデートでプレゼントしたゆかりの好きな花と、ゆかりの得意料理を今度は福田が作って、もう一度やり直さないかと伝えてみるのもいい。
お互いのポジションを確認しながらなら、お互いを認め合えばきっとできるはずだ。きっとやりなおせるはずだ。
つづく