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 スポーツ教室のカリキュラムは半分を終了した。一目置く子供は金井家明だった。百六十五センチという身長が物語るように、体力は他の子供とうんれいの差だ。センスも悪くない。

 フリーキックからのシュート練習の最後を金井家明のシュートが告げた。少したるんだ格子状のネットに、家明の蹴りこんだボールがねじ込まれたとき、周囲で見ていた父兄からドヨメキがおこった。小学生とは思えない重量感のあるシュートだったのだ。

「ピィー!終了!十五分間の休憩にします」

 イベントジャンパーを着たスタッフが、トラメガを口にあてて休憩時間を告げた。周囲で見学していた父兄が子供たちへ駆け寄ってきた。鞄の中からペットボトルや水筒を取り出して、自分の子供に分け与えている。福田もピッチの端に設けられたベンチに腰掛けて、主催者が用意してくれたクーラーボックスの中から、ペットボトルのスポーツ飲料を手に取りふたを開けた。首に巻いたタオルで汗を拭きながら、ペットボトルのスポーツ飲料を喉に流し込む。水分の冷たい感覚が喉から胃へ流し込まれていくのが、火照った体のせいかはっきりと解った。

 福田は半分残ったスポーツ飲料のふたを閉めてベンチの上に置いた。福田の視界に一人寂しく芝の隅で体育座りをする金井家明の姿が霞めた。福田は一人寂しく体育座りをする金井家明に、リビングのソファーで眠る自分の姿を照らし合わせてみた。なぜか、リンクして気になった。

 福田はベンチから腰を上げると、ゆっくり金井家明に歩み寄っていった。

「金井君。ご父兄の方はどうしたの?」

 福田の語り掛けに、金井家明は顔を上げた。福田の顔を確認すると、小さく口を開いたが、すぐに口を閉じて、また下を向いた。

「お父さんは急患が入ったので、来れなくなりました。お母さんは福島で仕事で来るはずだったんだけど、まだ来ていません」

 蚊の鳴くような小さな声だったが、音声が空気を震わせている方向からして声の主は家明だ。福田は家明の斜め前に腰を降ろした。お尻から芝生の上に自分の重心を「ドス」と打ちつけて、目線を家明の高さに近づけた。

「お父さんが急患って、お父さんはお医者さんなの?」

 福田はゆっくりと話しかけた。家明は少しだけ顔を上げて、上腕から顔を半分だけのぞかせた。上腕から地平線付近で大気にぼやけた太陽のように、家明の瞳がゆっくりと昇ってきた。

「はい。開業医です」

 家明は目に溜まった涙をシャツの袖でぬぐった。福田は家明の頭を力強くなぜた。

「お母さんは福島で仕事って、交通渋滞とかで遅れているの?」

「はい。新幹線が事故で三十分遅れていて、だからまだ来ません」

 身長一六五センチの家明は鼻をすすりながら答えた。福田は家明の隣に置かれたスポーツバックに目を移した。

「そのバックの中。飲み物とか入っていないの?」

 家明は福田の問いかけにはバックの方向をチラッと見てから口を開いた。

「はい。お母さんが入れ忘れたみたいで。自動販売機で何か買ってきてもいいですか?」

「いや、買わなくていいよ」

 福田は、再び男の子の頭をなぜた。そして、もう片方の手をユースの選手が座るベンチの方向へ向けて大きく振り上げた。

「おーい。クーラーボックスの中からドリンクを一本持ってきて」

 福田の声に気づいたユース選手がクーラーボックスの中から、スポーツ飲料を一本手に取り、小走りに福田のもとへやってきた。スポーツドリンクを受け取った福田は、そのまま家明に差し出した。

「ほら。これ、飲んでいいぞ」

 家明は少しだけ躊躇したが、「ありがとうございます」とお礼を言うと、福田からペットボトルを受取り、ふたを開けて電解質のイオン水を口から体の中に流し込んだ。おいしそうに水分補給する家明の横顔を福田は愛おしく見つめた。

「うまいか?」

 福田の問いかけに、家明はうなずいた。

「はい」

「家明君は学校に行っていないんだって?」

 福田は無意識に尋ねていた。家明はスポーツ飲料を流し込んでいた口の動きを一瞬止めた。そして、流し目で福田の顔を見た。

「どうして、知っているんですか?」

 福田はバツが悪くなり、鼻の頭をかいた。

「いや、ちょっとある人から聞いて………」

「ある人?ある人って誰ですか?」

 福田は答えられなかった。家明は何かを察したように口を開いた。

「お父さんか、お母さんですね」

「あっ、ああ」

 福田はごまかすように返事をした。家明は、小さく溜息をついた。

「はぁ。結構つらいんです」

「なにが、学校に行くことが、つらいの?」

 福田の問いかけにスポーツをした後で、血の巡りがよくなった家明は、本音を語りだした。福田は家明の話に静かに耳を傾けた。

「はい。そうです。学校に行っても自分と価値観の合う友達はいないし、勉強のレベルも僕のレベルとは違うし、なんか居場所がないって言うか」

 家明は体育座りのまま肩を落とした。小学校六年生にして自分と価値観が合わないとか、周りが自分のレベルではないとか、福田は鼻持ちならない奴だと感じた。このイベントを企画した高橋が、一人っ子だと自分の価値観だけで物事を判断してしまうと、言った言葉を思い出しもした。

「だめだよ。どんな人とも仲良くやっていこうという気持ちを持たなくちゃ。一人っ子だからって、そんなわがまま言ってちゃサッカーはうまくならないぞ!」

 福田は顔を家明に近づけて、眉間にしわを寄せて少し怒ったような口調で語った。

「一人っ子だから、我がままって考えてもらっちゃこまるよ。一人っ子は責任感が強いんだから」

 家明の答えに福田は興味を持った。

「一人っ子が責任感が強いって、どういうこと?」

「一人っ子は、自分が家を継がないと家系図的に止まっちゃうわけだから、重いものを背負っているんだよ。アスリートといっしょだよ」

 さすが、引きこもっていてもテストで上位に入る力を持っている子供だ。きっとIQは高いに違いない。福田はアスリートと一人っ子が同じという理論に納得が行かずに、家明に尋ねた。

「一人っ子とアスリートがいっしょって、どういうこと?」

「アスリートって、基本は一年契約でしょ。その年に結果を出せなければ、クビになっちゃうこともあるわけでしょう。だから、すごくプレッシャーを感じてプレーしている。僕たち一人っ子も同じで、自分がダメだったら、そこまで継続されたご先祖様からの遺伝子のラインが止まっちゃうわけ。だから、いつも一生懸命生きている」

 とても小学六年生の発言には聞こえないような高等な理論だ。だが、福田はなんとなく納得した。自分も一年、一年が勝負で成績が悪かったシーズンオフは契約更新するまでは眠れない日が続くこともあった。

「よし、解かった。じゃ、こうしよう。みんなには内緒だけど、家明君がサッカーをうまくなるように、集中的に教えてあげるよ。だから、明日から学校に行こう。おなじ、辛い者同士、がんばろうぜ」

 福田は右手の小指を立てて、家明の顔の前にゆっくりと突き出した。家明は福田の指先を見つめた後、再び顔をおろした。

〈ふぅ。たしかにめんどうくさいガキだな。両親のどちらかでもくれば、話をまとめやすいんだけど〉福田は周囲を見回し、視線を公園ゲートの方向で一度止めた。

「お父さんは、来れないんだっけ?お母さんが来るんだっけ?」

「ええ。お父さんは仕事です。今はどこもそうですよ。景気がよくても悪くても」 

 家明の言葉に福田は他の子供たちを見回した。家明の言うように父親と来ている子供は少なく、ほとんどが母親と連れ立っている。小学校高学年という年齢のせいもあるのだろうが、家明の話すように父親は仕事なのかもしれない。

 福田の背後に人の気配がした。振り向くとそこには同じ六年生の参加者が二人立っていた。二人は不機嫌な表情で交互に言葉を吐き出した。

「おい、金井。お前ずるいぞ。福田選手独り占めにして。説明会のときに言われただろう。練習中はサインをねだったり、握手を求めたりしちゃいけないって」

「そうだ、そうだ。お前、お父さんが医者だからって、いい気になるなよ!」

 二人の言葉に家明は顔を下へ向けて隠した。

「おいおい、君たち。金井君が僕のところに来たわけじゃなくて、僕から金井君に話しかけたんだよ」

 福田は、二人をなだめるように話した。二人はむくれた顔をして立ち去っていった。反抗期直前の年齢だ。そんな発言も珍しくはないのだと福田は自分を納得させた。

「聞いたでしょう」

 家明が顔を上げた。

「学校に行っても、こうなんだよ。医者の息子、医者の息子って。好きで医者の息子に生まれてきたわけじゃないのに、みんな、ああ言うんだ。医者の息子がどれだけ大変か………」

 家明は立ち上がった。

「トイレに行ってきます。スポーツドリンクご馳走様でした」

「いや、いいんだ」

 福田の隣をすり抜けて、家明はトイレのある方向へ走っていった。福田は家明の言葉に近い言葉を耳にした記憶があったが、いつどこで耳にしたのかは思い出せなかった。



つづく

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