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2010年12月に書き上げた作品


四百字詰め原稿用紙換算97枚

 十一月の晴れた日曜日、さいたま市内にある市営公園は、多くの家族連れでにぎわっていた。秋ヶ瀬公園の半分の広さのこの公園では、市制十周年を祝う記念イベントが催されていた。

 緑の格子状フェンスで仕切られた、公園の縁取りには屋台が立ち並び、主婦有志によって調理された市の特産物が、ほのかな香りを穏やかな風にのせて園内所狭しと運んでいる。  

 充実しているのは屋台だけではない。子供が好きそうなミニSLは噴水の周りを周回し、空気で膨らませたアニメの人気キャラクターを象った遊具の中では子供たちが楽しそうに跳ねている。高齢者を対象とした健康診断コーナーや、テレビでコメンテーターを務める料理研究家による料理教室。新車を展示、試乗させる自動車メーカーのブースでは若者が興味を持って集まっている。

 公園の中央広場に設置された屋外ステージでは、地元の有志がモデルを務めるファッションショーや、学生バンドによるライブ演奏。お笑い芸人による漫才等が一時間に一回の割合で組まれている。多種多様な催し物が来場者を楽しませていた。

 南側に設けられた正門から見て右手にサッカーグランド、左手に野球グランドが広がっている。これは、東京から見て右側にレッド、左側にライオンズ。つまり、右にR、左にL。埼玉県のスポーツ文化を推進するため今年のキャッチフレーズとして掲げられた「埼玉LR計画」のキャンペーンコピーに合わせてレイアウトされた。

 二つのグランドでは、市出身者であるスポーツ選手によるスポーツ教室が行われる。今日は、サッカー選手と野球選手によるスポーツ教室だ。対象は小学生としているため、希望者は事前にメールや葉書で応募し、抽選の結果をメールや葉書で受け取る。倍率は十二倍だった。

 サッカーの指導者は地元の浦和レッドの控え選手福田(ふくだ)泰人(やすと)、年齢は三十四歳。入団当時から類い希なる才能で、一年目からレギュラーに定着し、三年目には日本代表に選抜された。一時はミスターレッドと表され、チーム一の年俸を受け取っていた時期もあった。

 しかし、体力の衰えは隠せず、五年前からは控え選手として、ベンチを温める存在に成り下がっていた。

 私生活では妻と娘がいたが、半年前に離婚されたばかりだ。

 野球の指導者は地元、埼玉西部ライオンズの控えキャッチャー、豊田球児(とよたきゅうじ)三十四歳。一軍に固定で籍をおいているが、最近は出場する機会に恵まれていない。私生活では妻と男の子が一人。男の子は中学一年生で、夏休みが終わってから不登校になり、自宅の部屋に引きこもることが多くなった。

 二人とも私生活で小さなトラブルを抱えている元同級生。中学校の三年間を大宮市立の中学校で学んだ。三年生の一年間だけ同じクラスになったこともある。どちらも、中学校時代からスポーツのセンスには非凡なものがあった。

 

 黄色の蛍光色をしたハーフ丈のジャンパーを着た男が、福田を施設内にある建物の【出演者控室1】と書かれた部屋へ案内をしている。男の背中には【埼玉LR計画スタッフ】と書かれている。

 部屋の扉を開けると、中にはパイプいすに腰掛けた豊田の姿があった。ライオンズのユニフォームを着ている。豊田は福田の入室に気づくと、いすから立ち上がった。

「おー、福田。久しぶり」

「おー、豊田。久しぶり。元気か?」

二人はお互いの右手を合わせて、強く握り合った。どちらも常人の手の大きさではない。

「では、時間になるまで、こちらでお待ちください」

 黄色い蛍光色のスタッフジャンパーを着た男は、開きっぱなしのドアの前で深くおじぎをして部屋を出て行った。出演者控室1の中には豊田と福田の二人だけになった。

 福田は部屋の中を見回すと、豊田に尋ねた。

「あれっ?おまえ一人か?広報とか編成とか、ついてこないのか?」

「ああ、広報が遅れてくるよ。ドラフトで甲子園の星を指名できたから、その対応で追われている。それよりお前も一人か?」

 豊田も同じように部屋の中を見回しながら尋ねた。

「ああ、優勝争い大詰めの時期だし、日本代表の親善試合も近い。こっちも広報が遅れてくるよ」

 苦笑いする福田の顔を豊田は見つめた。そのアスリートらしからぬ情けない顔が、中学生の時から変わっていないことがおかしく思えた。豊田は小さく笑った。豊田の表情に気づいた福田は同じように小さく笑った。

「最近、調子はどうだ?」

 お互い、同じタイミングで口を開いた。

「ボチボチだ」

 お互い、同じタイミングで答えた。

「あははははは」

 そして、同じタイミングで笑った。

「座ろうぜ」

 豊田の言葉で二人ともパイプいすの背もたれを引いて腰をおろした。背もたれに背中を押しつけたとき、ドアが開く音と背もたれがきしむ音が同時に部屋の中に響いた。「ギィ」

「失礼します」

 先ほど福田を控室へ案内した黄色いスタッフジャンパーの男だ。

「こちら、今日のスポーツ教室に参加する子供達のリストです。こちらがサッカーで、こちらが野球です」

 男はA4サイズのコピー用紙に黒で印字されたリストを福田の前と豊田の前に置いた。リストは応募された書類をコピーしたもので、履歴書のように顔写真と経歴が書かれている。

「時間まで、そちらをご確認ください。あと、三十分ほどで担当ディレクターが参りますので、それまでお待ちください」

 男はそう言い残すと、再び部屋から出て行った。

 豊田は子供達のリストを左手に取り、右手ではテーブルの上に置かれたお菓子をつまんで口に放り込んだ。福田も同じようにリストを自分の胸の前に引き寄せて、一枚目から目を通した。

「○○君十歳。小学四年生。サッカー歴二年。兄弟なし。将来の目標はワールドカップに出場すること。××君十一歳。小学校五年生。サッカー歴四年。兄弟は姉が一人。将来の目標は浦和レッドのゴールを守ること。おっ、めずらしいな。キーパー志望だ」

 福田に続いて豊田もリストをめくって読み出した。

「△△君十歳。小学四年生。野球歴一年。妹が一人。将来の目標はメジャーリーガー。□□君十二歳。小学六年生。野球歴六年。兄弟は無し。将来の目標はきこり。なんだ、こいつは変わったやつだな、はははは」

 豊田の笑いにつられて福田は笑みを作った。

 福田は最後までリストに目を通した後に呟いた。

「最近は一人っ子とか、二人兄弟とかが多いいんだよな」

 福田の言葉に、豊田もリストに記載された家族構成の覧を一通り確認した。

「本当だ」

 二人ともそれ以上は口を開かなかった。静かな空気が二人だけの控室に充満した。福田が右手で拳を作り、左手のひらを力強く叩いた。子供の頃からのクセだ。

「豊田、覚えているか?中学校三年生の時の体育の先生で、野球部の顧問の先生」

 福田の問いかけに、豊田はしばらく空を見つめて記憶をたぐり寄せた。そして、膝をパチンと叩いて口を開いた。子供の頃からのクセだ。

「ああ、名前は忘れたけど覚えているよ。それがどうした?」

「あの先生の口癖、なんだっけほら、よく言っていた………」

 福田は豊田に顔を近づけた。豊田は大げさに福田から顔を離した。

「ああ、なんだっけ。よく言っていた名ゼリフがあったな………」

 豊田は思い出そうと宙を見た。福田も宙を見上げて考えた。どちらも記憶を思春期に巻き戻すように。

 静寂は何秒くらい続いただろうか。

 廊下を歩く足音と、数人の男が話す声が聞こえてきた。足音と話し声は出演者控室1の前で止まった。続けてドアを叩く音がした。

トントン。

「失礼します」

 男の声に続いて、ドアは開けられた。



つづく

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