二年目
ふと気配を感じて畑仕事の手を止め空を見上げると、空を飛ぶドラゴンが見えた。
豆粒みたいに小さくてディティールはよくわからないが、翼を広げまっすぐどこかへ滑空していく。
大体数カ月に一回ぐらいのペースで木の隙間から見えるのだ。
向こうがこちらに気付いている様子もないし、遠すぎてまったく手も足も出ないので眺めるだけだが。
いや、もし気づかれて降りてこられたら絶対に勝てない。というか戦うとか無理だ。
降りてきただけで踏みつぶされて死ぬ自身がある。
ちなみに、この世界も元いた地球と同じく360日ぐらいで季節が一周することが分かっている。
空に見える月もだいたい28日ぐらいで満ち欠けをしているようだった。おおよその暦は地球と同じぐらいと考えていい。
冬はそれなりに厳しかったが備蓄した木の実と芋、小川で捕まえた魚の干物なんかで何とか乗り越えることができた。芋植えてなかったら死んでたな。火星の人と畑を作ってくれていた先住民に感謝だ。
俺の興味はもっぱら「魔法」だ。成果はそれなりである。
最初のころに予想していた通り、やはり森の奥で気持ち悪くなる原因こそが魔法の源、魔力だったのだ。
最初の半年ぐらいは全く何の手ごたえもないまま、気持ち悪くなって動けなくなるギリギリのラインのあたりで瞑想してみたり体操してみたり反復横跳びしてみたり<黒歴史>してみたりしていた。
そうこうしているうちに、なんとなく「これ以上進んではダメだ」というラインが感じ取れるようになってきた。
俺はこれを魔力感知と名付けた。
さらに半年経ったころ、理屈はさっぱりわからないが、魔力を感知できる範囲でお手製の松明(木の枝に落葉をツタでくくりつけただけのものである)を振り回しながら「燃えろ~燃えろ~」と唸っていると、あるとき急に松明が燃え上がった。
「よっっっっっっっっっっっしゃあああ!!!!」
初めての魔法に成功し、俺は泣いた。
それからは、農作業の合間を見つけては森に分け入り、魔法の練習をした。
魔力感知の感覚が研ぎ澄まされてくると、なんとなくそれを遠ざけたり集めたりができるようになった。俺はそれを魔力操作と名付けた。おそらくこれが魔法発現のキーとなる技術のはずだ。
今では火種を作ったりだとか、石をきれいに割ったりだとかができるようになった。
理屈は不明だ。魔力を集めて、そうなれと思っていればそうできる、こともある、ぐらいの感覚だった。
すごいといえばすごいが死ぬ前のライターとか石ノミとかのほうがはるかに便利である。魔力があって気持ち悪くならない「境界領域」(俺命名)でしか使えないしな。
折角石材加工が簡単になったので、魔法の練習もかねて第二拠点として境界領域の近く石を積んで豆腐ハウスを作り始めた。
一応河原で集めたヌルヌルの粘土ぽいもので接着しているが強度は不明。地震があったら一発で死ねると思われる。
ちなみに、屋根は作り方がわからないので木の枝を組み合わせて葉っぱを載せているだけだ。一応雨は防げているので満足している。
結局豆腐ハウスの完成には3カ月程度を要したが、おかげで魔法の扱いも随分と達者になったように思う。
アニメや漫画のように攻撃手段として使うようなことはできないが、素材の加工はある程度できるようになり、新たに作った槍でその辺の小動物とバトルが可能になったことで食生活も少し改善した。
ついでに、魔力操作ができるようになった影響か、少しの時間であれば森の中に入っていけるようになった。
というわけで、俺は槍を携えてうっそうと茂る漆黒の森へと踏み出すことを決めた。
その2分後。
シカのような四つ足の獣を見つけたが、俺の足は小鹿のようにプルプルと震えている。
ヤバい。
理屈じゃない。俺の鍛えた魔力感知が言っている。あれはヤバい。
見た目はただのシカっぽいが、なんというかオーラがヤバい。たぶん見つかったら即座に殺されて頭から丸かじりされる、そんな雰囲気だ。
俺はゆっくりと気づかれないようにその場を後にし、行きの三倍以上の時間をかけてどうにか拠点まで戻ってくることができたが、そのまま疲労困憊で気絶するようにして眠ってしまった。
そのシカを、俺は「魔獣」と呼ぶことにした。
少なくともあのシカを何とかしないとこの森から抜け出すことは不可能だと思う。
次の目標が決まった。シカの魔獣に対抗できる手段を手に入れることだ。
それは魔法のさらなる熟練も必要だろうし、道具のレベルアップも必要だろう。少なくとも今のなんちゃってファイヤーとおもちゃみたいな石器でどうにかなるもんじゃない。
「……とりあえず、風呂に入りてぇなぁ」
現実逃避しながら、この森を抜けるためのロードマップを修正した。