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一年目

 気づけばそこらに大きな岩がごろごろした薄暗い森の中にいた。


 森の中といっても、自分の周りは多少切り開かれていて、いまにも崩れそうなボロい木造の一戸建て、もとい小屋がある。

 ボロ屋にはいくつかの農具と思しき道具があった。外には井戸と小さな畑に頼りない野菜らしきものもある。

 休耕地になってしまったのか草原に見える部分もかつては畑だったのかもしれない。

 いずれにせよ大して広くはない。農民素人なのでこの畑で食い扶持を稼げるのかどうかはさっぱり判断つかないが。


 ふと、目の端に白いものが入った。骨だ。この人の家だったのだろう。南無。


 新しい住人としてのせめてもの礼として、簡単に掘った穴に埋葬だけした。骨がチラチラ見えているのが気持ち悪かったという理由もあるが。

 この小屋と畑は俺が大事に使うから成仏してくれ。君の宗教がどんなものかは存じ上げないが、閻魔局とやらにいけることを祈っておこう。徳は積んでいるか?



 ひとまず俺は周囲を探索することにした。

 ざっと見渡した感じでは、どんぐりのような実がついた木は生えている。もしかしたら骨の人の主食だったかもしれない。


 ちなみに、今の俺は小屋にあった何かの動物の毛皮を腰巻のように巻いている。気づいた時には全裸だったからな。

 一応骨の傍にもこの皮は落ちていたんだが、たぶん死んだときに履いていた(巻いていた?)ものだろうからちょっと気持ち悪くて横に分けて置いている。

 皮の感じは熊とか猪とかそんな毛皮だ。まぁ熊の毛皮も猪の毛皮も見たことがないので完全に想像だけども。

 縫い合わせた跡は見つけられなかったのでそこそこ大きい生き物だ。凶暴なヤツだったら勝てる気がしない。


 俺は護身用に木の鍬を小屋から持ち出してすこし森の中を探索してみることにした。


 すこし森の中を進んでいくと、不意に足から力が抜けた。車酔いしたときみたいな感じだ。

 ぞくりとする。もし毒かなにかにやられたのであれば早くも命の危機だ。


 はいつくばってなんとか小屋のほうに少し戻ると、気持ち悪さは急速に薄れていく。

 恐ろしくなった俺は一旦小屋に引き返して、もう寝ることにした。



 それからしばらくの間、俺は畑を整えながら「境界線」を探っていた。

 どうやら、小屋からある程度離れると急に車酔いしたようになって体に力が入らなくなるようだった。

 気持ち悪くなる十メートルほど手前に目印となる石を置きながら、この土地を把握していく。


 一カ月、というか三十日程度はその作業に費やしただろうか。

 感覚的なものでしかないが、小屋を中心に半径で200メートルぐらい、直径でも500メートル程度のほぼ円形の領域から俺は出られないことが判明した。


 その大半が森だ。畑の部分は原っぱになっている部分を含めてもたぶん1ヘクタールもない。

 俺はその畑に小屋の片隅で目を出していた芋のようなものを石で叩き割って植えている。火星の人もまず芋を育てていたからな。


 道具は小屋にあった木製の鍬と、その辺の石を木の枝にツタで括り付けただけの石斧、あとは適当に石をぶつけて割って作った(たまたまできた、とも言う)小さいナイフのようなものぐらい。

 先住民の鍬がなければど素人の俺が畑などまともに作れるはずもない。さすが閻魔局のお姉さんが「すぐに死なない程度には整える」と言っていただけのことはある。すぐ、がいつまでなのかはわからんが。


 ちなみに俺はPCゲームが死ぬ前のほぼ唯一の趣味だった。

 当然サバイバル系やクラフト系もある程度やりこんでいるが、このぐらいのしょぼい装備の時期が一番好きだった。下手に鉄の武器やら道具屋らが作れるようになると目標を見失ってやる気を失う質だった。

 が、リアルでやるのは何も楽しくない。ただひたすらに苦行である。


 そもそもだ。


 俺は魔法のある世界への転生を希望したはず。

 それがどうしたことだ。まったく魔法的な要素がないではないか。


 誰も教えてくれる人はいないので、夜な夜なひとりで瞑想したり、水よ、出ろ!などと叫んでみたりしてみたものの、体の中を流れる魔力なんてものは存在しないような気がするし、もちろん手から水がドバドバ出たりもしない。


 あ、ちなみに行ける範囲の中に一応小川が流れているので水には困っていない。だが畑の水やりが面倒である。先人が木をくりぬいて作ったと思われる洗面器ぐらいの器しかないので俺はちょっとずつその小川から家の前に水を引こうと日夜努力中である。


 トイレはその辺の穴だ。先人もそうしていた。すぐ隣に木組みと葉っぱで蓋をされた穴がもう一個あって、そちらに落とし穴よろしくハマってしまったことは秘密だ。まあ、すっかり堆肥化していたおかげでダメージはあまりなく助かった、とだけ言っておく。



 それからさらに一月ほどはおとなしくしていた。

 頑張ってその辺の木に登ってみたが、もうびっくりするほど森の真ん中であった。

 緑が濃すぎてもはや黒、漆黒の森である。


 このあたりの気候がどんな感じなのかさっぱりわからないので、もしいきなり寒くなったらもう死ぬしかない。

 森に少し入ると気持ち悪くなってしまうので脱出もできない。


 俺は畑を眺めながら一つの仮説を立てた。


 俺が森から離れられない原因となっている「気持ち悪さ」の原因こそが、俺があの世(仮)で望んだ「魔法」の力、あるいはその源泉ではないか、と。


 どのみちあの気持ち悪さを何とかしないとジリ貧である。

 俺は意を決して森の中へと入っていった。


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