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序章

 三人の賢者と三つの人族。万物の根源たる神気<エーテル>が存在する世界。

 その欧州で——。



 さやかに(きら)めく星々を冠にした緑の丘に、一軒の小屋がぽつんと放置されていた。

 外壁は部分的に崩れ落ち、窓ガラスも破れている。全体が草木に侵食されて緑と一体化しつつある廃屋(はいおく)だ。

 小屋はかつて(ふもと)の町の穀倉(こくそう)だったが、エーテルクォーツの普及によって起きた産業革命により、ひっそりとその役目を終えていた。

 風が鳴らす音しかしないこの場所に、突然、耳を(つんざ)くような音が響き渡った。発砲音だ。

 ガン、ガンと二発続くと、開いた扉から火薬の匂いを(まと)った若者たちが、次々と転び出てくる。


 『日が落ちたあと、丘の穀倉に怪しい人影が出入りしている』

 ——そんな噂を聞きつけた彼らは、地元の自警団が動く前に度胸試しをしてやろうと、三人でやってきていた。

 ほんの少し前までは、「噂は噂。どうせ何も起こらない」とタカを括って笑っていたのに、今は情けないほどに縮み上がって、震えながら隠れ場所を探している。

 このだだっ広い草地に隠れ場所などあるはずもないのは、地元に住む彼らが一番よく知っているのに、恐慌状態(きょうこうじょうたい)では何も考えられない。

 怯えている彼らの背後で、壊れた扉がぎいっと(きし)んだ。

 何が立てた物音なのか彼らは分かっていたが、確認するには勇気がいった。それでも無視をする訳にもいかず、三人の若者たちはおそるおそる振り返る。

 扉に、黒い手がぬるりと現れた。人族の倍の大きさで硬質な毛に覆われたそれは、青緑光を淡く発していた。

 エーテル中毒の動物——<魔物(マモノ)>の手だ。


「やべぇやべぇよきてるッ!!」

 三人の若者たちは、叫び声を上げて逃げ出した。

 しかし未舗装の草地を闇雲に走れば当たり前にそうなるように、足は行く方向が定まらず、もつれる。魔物との距離はみるみるうちに縮まっていった。

 遂に一人が転んでしまった。

 彼を襲おうと魔物が動きを止めたことで、その姿が月明かりのもとに(さら)される。

 素人の彼らにも明らかな——クマがエーテルの過剰摂取によって魔物化した(おぞ)ましき姿がそこにあった。

 巨大な体躯。逆立つ体毛。筋肉は明らかに肥大化し、犬歯や爪は一眼で獰猛(どうもう)な生き物と分かるほどに異常発達していた。

 その急激で間違った進化こそが、動物を狂った魔物にしてしまうのだ。

 激しい痛みに苛まれるストレスを発散するかのように、魔物は絶叫した。

 転んだ若者は恐ろしい咆哮(ほうこう)に縮み上がり、もう立ち上がることすら出来ない。

「ひいい」と悲鳴をあげて、まるでこちらが動物になってしまったかのように、無様な四つ足でなんとか逃げようとする。

 その丸まった背中を、魔物は巨大な手で叩き伏せた。

 凄まじい衝撃だ。若者はまるで車に轢き潰された哀れなカエルのように、ぺしゃんこになってしまった。

 残り二人の若者は、逃げ遅れた友人が心配で暗闇の中で目を凝らす。

 友人にのし掛かった魔物が、首に牙を立てようとしていた。


「おいっ! しっかりしろ! 早く逃げろよ何してんだ!」

「くそぉ、やめろっやめろっ! ああああ!!」

 若者の一人が、友人を助けようと無茶苦茶に発砲を始めた。運よく一発のライフル弾がこめかみに命中してくれたが、とうの魔物は少々煩わしそうに頭を振るだけだ。

「な、なんで……!?」

「何やってんだよ魔物に普通の武器は効かねぇんだって!

 ハンス爺さんに聞いたろ!? 魔物の皮膚は、エーテルが鎧みたいに固くして守っているから、こんなライフルじゃ意味ねぇんだよ!」

「だったらどうするんだよっ!? このままじゃあいつが食われちまう!」

 言い争う間に、魔物は動かなくなった一人目の獲物から、二人の獲物へ興味を切り替えていた。

 ストレスを暴力的な衝動に変化させ、二本の足で立ち上がる。そして両手を広げて、若者たちへ威嚇をし始めた。

 若者たちもそれに気づいたが、遅すぎた。目の前に迫る巨体を見上げ勝ち目は一つもないと悟ると、もはや逃げようとする気力も湧いて来ない。

 両腕をだらんと垂らしてしまったその時、二人は大きな変化を肌で感じた。


 この世界に住む者ならば知覚は出来るが、ほとんどの者が具体的な説明が出来ないもの。それこそがエーテルだ。しかし神気と呼ばれるほどに超越した存在は、それに触れようと研鑽(けんさん)を積むものへしか特別な恩恵(おんけい)を与えない。

 若者たちが理解したのはただ何かが「変わった」ことだけ。それについて考える間もなく、次の瞬間には魔物の広げた両腕から、血が吹き出していた。

 脇腹に、足にと、まるで見えないナイフが無数に飛んできているかのように、何かが魔物の体が次々切り裂いていく。至近距離の銃撃すら物ともしない肌に傷をつけられ、魔物は呻き声をあげた。

 そこへ人影が一陣の風のように駆け抜けた。

 次の瞬間には、魔物の首が緑の上に落ちている。

 己の絶命に気づかなかったように遅れて倒れた魔物の体の隣には、軍服姿の男が立っていた。五つボタンの燕尾服だが、この国のものとは違う。

 彼の握る細長い刃が閃いた。月の光の反射ではない。エーテルによって作られた錬金術の武器<アルマ>だ。

 ——彼らはそう。魔術、武術、錬金術、エーテルが起こす奇跡を自在に操るものたちだ。

「……術士」

「いいえ。我々は術士候補生です」

 男は若者が畏怖を込めて呼んだのをきっぱりと訂正すると、襟についた紋章を示す。

 三賢者信仰を表す金の三角形。

 それはこの町にある三つの寄宿学校のうち、一番の変わり種の学校——<ロツィリアン防衛術学院>の校章だった。

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