しっぽの友達とわたしと私の理由
わたしには、しっぽの生えた友達がいる。
「……」
今日もまた、学校が終わったら一人で秘密の場所に向かう。
給食の牛乳をこっそりランドセルに入れて、森の隠れた場所にあるわたしと友達だけの内緒の場所に急ぐ。
「……んーと」
秘密の場所に着いた。
キョロキョロと周りを見回す。
「にゃ~お」
「!」
すぐにしっぽの友達は姿を現した。
わたしはこっそり家から持ってきたお皿にさっそく給食の牛乳を注ぐ。
「にゃん!」
友達は待ってましたと言わんばかりにお皿に飛び付く。
「にゃ、にゃ、にゃ、にゃっ!」
「ふふふ、おひげについてる」
夢中な姿に思わず頬がゆるむ。
学校にあんまり友達がいないわたしは家以外で笑うのは久しぶりな気がした。
「にゃふ~」
「ごちそうさまね」
友達はお皿まで綺麗に舐めると今度は自分の毛繕いを始めた。ケアは怠らないスタイルみたい。
「ごろにゃん」
「ふふ、ありがとうしてるの?」
ひとしきり毛繕いが終わると、わたしの足に自分の体を擦り付けてくる。
この子はなんてかわいらしいんだろう。
わたしは友達が嫌がらない程度に少しずつナデナデしてあげる。
「ぅー、にゃん!」
「はいはーい、こっちもね」
ナデナデが気持ちよくなったのか、友達はお腹を見せて転がった。
今度は思う存分、お腹をフワフワさせてもらう。
「もういいのね?」
しばらくすると満足したのか、起き上がって大きく伸びをするとわたしに体をつけて眠りだした。
「……おやすみ」
日差しもぽかぽかで友達もぽかぽかで、わたしも気付いたら寝ちゃってた。
「……にゃーん」
「……ん。あ、寝ちゃってた」
足をぺしぺしされて起きると、もう太陽が沈みかけてた。
「起こしてくれたのね」
「にゃ~ん」
「ありがとう」
お礼を言って頭をなでると、友達はぴょんって跳んで森の奥へと帰っていった。
わたしが起きるまで待っててくれたみたい。
「……ばいばい。また明日ね」
わたしがその後ろ姿に小さく手を振ると、友達もしっぽを振ってばいばいしてくれた。
「……ふふ。
さ、わたしももう帰らなきゃ」
ママには友達と遊んでるって言ってる。
あの子は友達だから嘘じゃない。
ただしっぽが生えてるだけ。
でもあんまり遅くなると、ママがクラスの子のママに電話しちゃうから暗くなる前には帰らないと。
また明日も牛乳持って来よう。
今日もわたしは放課後、秘密の場所に向かう。
給食の牛乳はランドセルのなかで今日もちゃぷちゃぷ言ってる。
わたしはもう何日もこうして放課後に友達に会いに行ってる。
今日はなにをお話しようかな。
なにして遊ぼうかな。
「ふふ」
そんなことを考えるだけで楽しい。嬉しい。
しっぽの友達はいつもわたしのお話をのんびり聞いてくれる。
そうだよね? って聞けばしっぽをぺしぺししてくれる。
ちょっと嫌なことがあってわたしがぷんぷんしてると、友達はまあまあってお腹を触らせてくれる。
友達って、こんなに楽しいんだ。
「はぁはぁっ」
ちょっと急ぎすぎちゃって息を切らしながら内緒の場所につく。
「……あ、もういたのね!」
内緒の場所のいつもの場所にしっぽの友達はいた。
わたしより先にいるのは珍しい。
「……寝ちゃってる」
友達はお気に入りのお日さまが当たるところで丸くなってた。
起こしちゃ悪いなって思って隣に腰をおろす。
「……?」
でも、なんかおかしい。
いつもなら、おやすみしてたら秋の虫の声みたいな息の音が聞こえるのに、今日はなにも聞こえない。
それに胸のとこがゆっくり動いてるのに、今日はそれもない。
なんだか、とっても静か……。
「……どうしたの? 大丈夫?」
わたしは心配になって友達を揺すってみた。
「……」
でも、友達はぜんぜん反応してくれなかった。
いつもなら気だるそうに目を開けてくれるのに。
「……」
それに、なんだかちょっと体が冷たい。
ううん、まだちょっと温かい、っていう方が正しい気がする。
「……だい、じょう、ぶ?」
しばらく体を揺すっても、友達はぜんぜん動かなかった。
「……」
わたしはなんだかとっても嫌な予感がしてた。
それでもそれがなんなのか分からなくて、どうしたらいいのかも分からなくて、ただただ困った。
「……ママ」
少しして、なんだかこれはわたしじゃどうしようもないんだって分かって、わたしは急いで家に帰った。
「ママぁっ!」
わたしが泣きじゃくりながら帰るとママはすごいびっくりしてた。
しゃくりあげながら話すわたしの話を、ママはしっかり聞いてくれた。
全部話し終わるとママはわたしをぎゅってしてくれた。
そのあとすぐに帰ってきたパパにもおんなじようにいっぱい話した。
話し終わるとパパとママはやっぱりわたしをぎゅってしてくれて、いっぱいお話をしてくれた。
わたしは泣いてたからあんまりお話の内容は覚えてないけど、パパが言ってた「それが命だ」って言葉は大人になった今でも覚えている。
そのあと、パパの車で三人で秘密の場所に言って、すっかり冷たくなったしっぽの友達を埋めてあげた。
パパがなるべく深く掘ってあげた方がいいって言ってたから、頑張っていっぱいシャベルで土を掘った。
今ではそれが野犬なんかに掘り返されないためだって分かった。
「……猫はね。最期は自分が安心できるところに隠れるものなの。この子にとっては、ここが何よりも安心できる場所だったのかもね」
ママのその言葉を聞いて、わたしはまた泣いた。
わたしは、この子の居場所になれてたのかな。
わたしに居場所をくれた、しっぽの友達の……。
「次の方を呼んで~」
「はーい!」
これが、私が獣医師になった理由で、獣医師であり続ける理由。
たくさんの友達の死に触れるお仕事だけど、それ以上にたくさんの友達の命を助けられるお仕事。
元気になった友達と、笑顔になる飼い主さんを見られることが何よりも嬉しい。
「にゃ~ん」
「はいはい。今日はどうしたのかな~?」
私は今日もまた、しっぽの友達を診る。
あの日、助けられなかった命の代わりに、私は他のたくさんの友達の命を助ける。
あの子はそんな私の姿を見てくれているのかな。
私はもう泣かないよ。
あの日みたいな涙を皆に流してほしくないから。
だから私は今日も、しっぽの友達の命を救うんだ。