アインズビル騎士団員たち
出立は明日。
リディオノーレは体力づくりを主にしながら執務もこなしていた。
今まで運動をしてこなかったので、本当に基本的な体力をつけることから始まった。
「疲れていた距離も今は少し息が上がる程度で走れるようになりました!!」
リディオノーレは嬉しそうに報告する。
因みに、アインズビル騎士団長にである。
体力づくりは主に騎士団とやっていた。
「それは良かった」
にこにこと報告してくるので、団長も微笑む。
近くにいる騎士たちも微笑んでいる。
「でもね、リディ」
団長は続ける。
「明日出発だから今言うけど、例えば魔力を足に重点的に流せば、速く走れたりするよ?武器を扱うなら腕に多く魔力を流すとか」
団長は苦笑しながら衝撃の事実を言ってのけた。
その事実に彼女はあんぐりと口を開ける。
その様子に騎士たちは吹き出した。
「え、今言いますか、それ」
リディオノーレは頬を膨らまして不満を漏らす。
「グレイザック様から聞いてなさそうだったから敢えて言う必要はないかと思って」
団長は苦笑いだ。
「いつも小出しに教えてくれるんですよ……」
はあ、と彼女はため息をつく。
「私のこの運動は無駄だったんですね……」
「そんなこともないけどね。魔力で増強した所はあとで筋肉痛とかになったり何かしら反動がくることが多いから鍛えておいて損はないけど」
「その言葉で救われました」
リディオノーレは背を伸ばす。
団長は10以上も離れているリディオノーレを見下ろす。
あのグレイザックの弟子だと言われる子どもはどんな子なのだろうかと心配していたが、そんな心配をよそに彼女はすぐに騎士たちと馴染んだ。
粛清時に少し喋ったくらいで今まで全然交流がなかったのだ。
とても変な子なのか、はたまたグレイザックと張り合えるくらいの気が強い子なのか、などと予想していたが、そんなこともなく普通の子どもだった。
アインズビルにすっかり馴染んでいて、とても人懐っこい。
騎士たちともすぐに仲良くなり、今や皆が愛称で呼んでいる。
この子がグレイザックの弟子というのだから、とても不思議で仕方がない。
「アラウィリアに行けば、恐らく天馬合戦に誘われるでしょう」
「でも杖がないから無理ですよ?」
「多分グレイザック様は天馬合戦をずっと申し込まれると思うので、リディも参戦せざるを得ないと思います。ムナグレークもいますので、リディを守りながら戦うのなんて余裕かと」
「……団長さまが言うくらいだから、本当にあの2人は規格外なのですね」
「天馬に関してはムナグレークの右に出る者はいませんからね。彼はグレイザック様を主人としていますから主人より目立たないようにしているだけで、ムナグレークはものすごい乗り手です。我々騎士団ですら20人いてようやく捕まえられるくらいの凄腕です」
団長の評価にリディオノーレは目を瞬く。
ものすごい人に天馬のことを教えてもらっていたのかもしれない。
規格外に囲まれているため普通が分からないリディオノーレだが、20人いてようやく捕まえることができるほどの乗り手はどう考えても凄い。
「恐らく本物の天馬合戦を見れると思いますよ。たくさん見て勉強してくることをお勧めします」
団長は微笑んだ。
「宴がめんどくさいな、と思っていたのですが、今ものすごくアラウィリアに行くのが楽しみになってきました」
わくわくしてるのが滲み出ている。
「杖がないけど天馬合戦で使える魔法とかありますか?1日で習得できるような」
団長に尋ねるリディオノーレ。
「んーー」
団長が周りの騎士たちと一緒に考えこむ。
「魔法陣をあらかじめ描いておくとかですかね?リディは武器もまだ扱えませんし」
「なるほど」
リディオノーレも考えこむ。
「杖がない限りどうにもできませんから天馬で逃げ切ることだけ考えれば良いのではないでしょうか?」
騎士たちが提案してくれる。
「ひとつ疑問があるんですが、いいですか?」
リディオノーレは尋ねる。
団長は頷いて続きを促す。
「何故杖を通して術を行使するのですか?」
「ん?」
「???」
「え?」
騎士たちが彼女の質問に困惑する。
ものすごい根本的なことを聞かれた気がする。
「杖を通さないと術を行使できないからでしょう?」
そっくりそのまま返答する団長。
「でも魔力があれば術は使えるんですよね?」
「その魔力を安定して出力するのに杖がいるんでしょう?」
「でも例えばですよ、脚だけとか腕だけとかに魔力を集中させれるなら、指先とかにも集中させることって出来ないんですか?」
「無理ですよ。杖は魔石を通すから魔力が扱いやすくなり、出力できるんです。体、しかも指先となるとかなり難しいのでは?」
ひとりの騎士が答えてくれた。
「どっちですか?無理なんですか?難しいんですか?」
リディオノーレは突っ込んで聞き返す。不可能と少しでも可能性があるのは天と地ほどの差があると彼女は思っている。
「………無理でしょう。かなり集中力がいるので合戦の最中には向かないのでは?」
団長がやはり否定する。
「じゃあ慣れたらできるってことですね」
リディオノーレは拳を握る。
杖がなくても魔法が使えるなら研究対象に持ってこいだ。
今はグレイザックの杖で1日1回しか術を行使できないので、もし指先で出来るなら杖なんて必要ない。
「……あ、魔石を握ってやったりすれば使えたりするかも?」
彼女は1人で考え始める。
研究、実験をすることがたくさんある。やりたいことがありすぎて、何から手をつけようか。
彼女は意気込み始める。
少しリディオノーレが暴走してるのが感じられた団長は副団長に囁く。
「グレイザック様に報告をしておいてくれ」
副団長はすぐさまその場を離れた。
団長は1人ぶつぶつと考えているリディオノーレをまた見つめた。
これがグレイザックが引き取るほど、規格外の発想をするということか、と今目の当たりにした。
普通の少女という印象だったが、今の発想は普通ではない。
当たり前のことを当たり前と思わない彼女の発想は普通の人では思いつかない。
そして、やり遂げてしまいそうな可能性が少しでもあるから目が離せない。
これはグレイザックもなかなかに手を焼いてそうだと団長は苦笑いになる。
グレイザックの発想も常人離れしているが、彼女の場合は暴走しそうな危うい感じがあるので周囲が大変かもしれない。
だって今にもリディオノーレは指先から術を出せないか考えているだろうから。
でもまだ全身に魔力を纏えるだけで、部分的に魔力を流すのはしたことないから当分時間はかかるだろうが。
そんな風に団長が考えていた所に、副団長を連れてグレイザックが急ぎ足でやってきた。
団長を含めた騎士たちが驚きで目を見張る。
まさかこんなすぐにやって来るとは思っていなかった。
報告に行った副団長も困った顔をしている。
「こらぁっ!!リディ!!」
グレイザックは到着早々一喝する。
リディオノーレの体が驚きでびくん、と跳ねた。
騎士たちも思わず肩が跳ねたのが何人かいた。
「な、何ですか。グレイザック様」
リディオノーレは目を瞬く。
「また余計なことを考えついたな!」
「………?」
彼女は首を傾げる。
「指先を杖代わりにしようなどと思ったらしいな」
グレイザックが彼女の額を弾く。
なかなかにいい音がした。相当痛かっただろう。
彼女は額を押さえ、涙目になる。
「何が駄目なんですか」
「根本的なことを覆すな」
「何でですか」
「争いのもとだからだ」
グレイザックの眉間に相当な皺が寄っている。
騎士たちが戦々恐々と2人を見つめる。
リディオノーレを助けてやりたいが勇気が出ない。
グレイザックを怒らせると怖いのを知っているから。
「何ですか、争いのもとって。疑問に思っただけですよ。それを解消するのに試したいな、と思ったんです」
リディオノーレは言い返す。
「何で、お前は、そうやっていらぬ発想をするんだ」
グレイザックは頭が痛い、と言ってこめかみを揉む。
「ほんの少し疑問に思っただけです」
「思うな!」
グレイザックがぴしゃりと言い放つ。
騎士たちの肩がびく、となった。
「何でですか!グレイザック様は思ったことがないんですか!?ありますよね!?」
リディオノーレの声が少し大きくなった。
あのグレイザックに言い返すなんて、なんて所業だと騎士たちは思っていることだろう。
「ありますよね!?師匠は、絶対にありますよね!!だって効率重視ですし!!」
リディオノーレはまっすぐ彼を見据える。
その言葉に少しグレイザックが怯んだのが分かった。その様子を見て彼女は畳みかける。
「理由を教えてください。理由を教えてくれないとこの意欲は止められません!」
「…………………」
グレイザックは押し黙った。
その姿を見て、騎士たちが感心の声を漏らす。あのグレイザックを黙らせるとは、などと思っているに違いない。
グレイザックは騎士たちを睨みつけると、リディオノーレをまっすぐ見つめる。
一度目を伏せてから口を開いた。
「お前は今の時点で魔力も発想も規格外だ。特にその発想は危うい。魔法陣みたいに簡略化を目的としたものなら構わんが、今のその発想でもしそれが現実となると世界が変わる」
グレイザックのゆっくりとした口調にリディオノーレは聞き入る。
「………絶対にできない、とは否定しないんですね」
「…………。ああ、お前なら死ぬまでに実現できるだろう」
グレイザックは目を伏せて答えた。
その答えに騎士たちは息を呑む。
「……グレイザック様、可能、なのですか?」
団長は驚きを隠せず尋ねた。
「…………可能だ。だが、魔力操作が難しい。杖は魔石のおかげで魔力の調整ができる。なので、呪文を唱えるだけでいいが、指先となるとものすごい繊細な作業だ。その微調整は呪文を唱えながら普通に出来るまでかなりの時間を要するだろう」
グレイザックは答えた。
何でこんなことを知っているのだろう、と騎士たちは思った。
「……師匠は?師匠はできるんですか」
リディオノーレはまっすぐ見つめてそう尋ねた。
その言葉に騎士たちが一斉にグレイザックの方を見る。
「…………」
グレイザックは黙り込む。
これは肯定なのか、否定なのか。
無表情なので読み取れない。
「………止める理由は争いのもとになるからだ」
彼はリディオノーレの質問には答えなかった。
「争いってなんですか」
その質問に彼は苦い顔をする。
「……………俺はお前を家族だと思っている。後見人でもあり、師匠だ」
グレイザックは少し考えたのち、話し始めた。彼の言葉に皆が聞き入る。
家族発言に、彼がどれだけリディオノーレを大事にしているかよく分かる。
あのグレイザックが他人にこれほど気を遣うのは見たことがない。
「私もグレイザック様を家族だと思っています。師匠として尊敬しています」
リディオノーレも応える。
「お前の発想といい魔力といい、そんじゃそこらの奴らに渡せるほど俺は寛大じゃない」
「???どういうことですか」
彼女もそうだが、騎士たちもいまいちピンと来ていない。
「このまま何でもかんでも試してそれが公になると絶対に権力者たちがお前に群がる」
グレイザックはずっと苦い顔で話し続けている。
団長は今の発言で何となく察したらしい。発言をしていいか許可をもらってから口を開く。
「リディ、グレイザック様はあなたの将来を心配しているようです」
「将来ですか?」
リディオノーレは首を傾げる。
「他領やもしかしたら国に目をつけられる可能性が高いと踏んでいるようです」
団長の言葉にグレイザックは唇を引き結んでいる。
「それが駄目なんですか?」
彼女はもっと首を傾げる。
「国に分かってもらえれば研究費用を出してくれたりするんじゃないですか?」
その言葉に団長も苦い顔をした。
「それはそうかもしれませんが、研究されるのはあなたでしょう」
団長の答えに騎士たちが目を見開いた。
「……そうだ。利用されて終わりだ。前にザファムートも言っていただろう?悪用される可能性がある、と」
グレイザックは言う。
ほんの数日前、攻撃魔法に興味を持ち調べていたリディオノーレ。今も新しいことに興味を持ってしまった。そして、発想が常人離れしているので、このままだと危険なことを彼は知っている。
「利用されるんですか」
「ああ、断言する。上に見つかったら、お前はもうここに居られない。俺くらい要領よくて隠し通せればいいが、お前は危うい」
グレイザックは息を吐く。
「俺からこんなこと言ったら誤解されるから言いたくはないが、よく、聞け」
グレイザックはリディオノーレの手を取る。
その行動に騎士たちが目を瞬いた。
まるで恋人のようだ。
彼女も目を瞬きながら、彼を見据える。
「お前を守るためには俺のいうことを聞いてくれ」
懇願しているような雰囲気だ。
彼の真剣さにリディオノーレはこくりと頷いた。
「でも、理由を言ってくれないと納得できないのでなるべく理由を教えて下さい」
「言えない理由もある」
グレイザックは眉間に皺を寄せて続ける。
「でも、理由が分からないと悶々とする気持ちも分かる。その時は記憶を消してやろう」
彼はいつもの調子で意地悪く笑った。
「えーー!それはダメですよ。必要な記憶まで消されそうです」
リディオノーレが頬を膨らます。
緊張していた空気が緩んで、騎士たちは安堵する。
「お前はほんと誰にでも迷惑をかけすぎだ」
グレイザックは彼女の頭をぽんと叩く。
その行動に騎士たちはまた目を瞬いた。
あのグレイザックが優しすぎる!!!と皆の顔が言っている。
「ごめんなさい。明日の出発の準備します。お仕事中来てもらってすいませんでした」
リディオノーレはグレイザックの手を取り、戻りましょう、と促す。
「団長、すまないな。迷惑をかけた。面倒をみてくれた礼を言う」
グレイザックは連れて行かれながらも振り向いて団長にそれだけ言うと去って行った。
その2人が去ってから、騎士たちはお互い顔を見合わせる。
「あれは誰だ?」
「礼を言ったぞ?」
「あれがグレイザック様なのか?」
「粛清のとき問答無用で首を落とさせたあのグレイザック様だぞ?」
「見間違えじゃないのか」
「副団長が違う奴を連れてきたのでは?」
「まさか、グレイザック様があんな優しいなんて有り得ない。だって姪にまで厳しいんだぞ」
「それ知ってるぞ。公開授業とやらの時にこてんぱんにしたらしいじゃないか」
「やっぱりグレイザック様じゃないんだよ」
「あんなコロコロ表情が変わる人じゃないしな」
「確かに。無愛想か仏頂面しか見たことないぞ、俺は」
騎士たちは言いたい放題だ。
とりあえず信じられない光景を見たことで頭が現実を拒否してしまっているようだ。
団長も副団長も思わず苦笑いになる。
「随分と変わりましたね、彼」
副団長がしみじみ呟く。
「ああ。感情が分かるようになったのはいい影響だが、リディの存在はアインズビルを揺るがしかねないかも、しれない」
団長は2人が去って行った方向をずっと見つめていた。




