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苦労少女の英雄伝  作者: 疾 弥生
カルムクラインの生き残り
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side グレイザック




歓迎の宴が終わり、俺は疲れた顔で義兄と酒をあおる。

夜更けなので、側近のサムエルに気を遣って声をかける。

初老のように見えるが、案外歳がいってるのだ。

「サムエル、時間が時間だ。付き合わなくて良いぞ」


「まあ良いではないか。サムエルも話に入ってきてよいぞ」

領主ライリルムントがニカっと豪快に笑う。


「で、グレイ。話しを聞こうじゃないか。あの思い上がりの小娘はどうだったのだ?」

ライリルムントはくっくっく、と笑う。

こいつは、本当に楽しそうに笑いやがって。

心の中で悪態をつく。


「義兄上。面倒ごとを何でも押し付けないでいただきたい」

グレイザックは前髪をかきあげ、睨みつける。

いつもそうだ。面倒ごとは俺に押し付けてくる。


「あの娘の話は良いではありませんか。気持ち悪い」

俺は吐き捨てる。

そして続ける。


「まず礼儀がなっていない。腕を組もうとしてくる。ありえん。気持ち悪い。俺の女嫌いを知らないのか」

思い出したくもないので、酒をあおる。


本当に忌々しい。あわよくば、などと思っているのが見え見えだし、本当に気持ち悪い。


「知らないからそれが出来るんだろう」

ライリルムントは面白そうに答え、言葉を続ける。


「どうする?罰することはできるぞ」

「必要ない。最後にひとまとめにして葬り去る」

俺はそう言ってまた酒をあおった。


ふと、何かの気配がした。

机に置いていた杖を掴み、扉に向ける。


「……誰だ」

俺は低い声で尋ねる。

今は夜更けだ。部屋まで訪ねてくるとは命知らずだ。


俺が警戒態勢を取ったので、サムエルも杖を構える。


「……リディルレーネ・リンド・カルムクラインでございます。夜中に失礼なことをしているのは重々承知です。ですが、聞いてほしいことがございます」

扉の外の気配の主はそう口を開いた。


「……リディルレーネ……、あぁ、前領主夫妻の子どもか」

ライリルムントがそう口にする。


「失礼だと分かっているなら、出直せ。きちんと面会予約を入れろ」

俺は一刀両断する。


「……無理でございます。ですから、こうしてこんな時間に参りました。現領主家族の前で話せる内容ではありません」

俺は彼女の言葉に眉を寄せる。

わざわざ夜更けに訪ねてくるほど重要な案件なのか。

カルムクラインの女はあの気持ち悪い女で経験済みだから、あまり関わりたくない。


「そんな話を何故我らに話す?」

だが、判断材料が足らない。続きを問う。


「アインズビル領主さまが信頼出来る方で、情報を精査できる術をもつ方だからでございます。私は跪いたまま話します。魔術学院に入学もしておりませんので、魔法は使えません。武器もありません。攻撃する術はございませんし、意思もございません」


その言葉に感心する。自分は敵ではない、と先に言う姿勢と身分を弁えてる感じが察せられ、あの女とは同じではなさそうだと判断する。


「それを証明する術は?」

だが、本当に敵ではないのかには証明が足らない。言葉では信用できない。


「魔法紙の血判証明でどうでしょうか」

扉の下の隙間からカサリと1枚の紙が入ってきた。


受け取ったサムエルが俺に渡してきた。

そこには攻撃する意思がないことを証明するため、血判が押されていた。この証明と反対のことを行うと、呪いとなり本人に返るのだ。


そこまで用意周到な彼女に少し驚き、続きが気になった。

「……入れ」


俺が命じるとサムエルは扉を開ける。

そこに平身低頭している少女がいた。


「このままの姿で失礼致します」

リディルレーネは低頭したまま入室した。


「兄がいただろう?兄はどうした?」

ライリルムントが尋ねる。


「もう先が長くありません」

絞るように彼女は答えた。


!!!

俺は少し驚いた気配を出してしまう。


「1年前は元気だったぞ?何があった?」


「……毒、です」

「まさか」

俺は驚いて口に出す。


その言葉に頭を横に振って答える。

「叔父家族がカルムクラインを継いでから、私たち兄妹は虐げられてきました」


そう言う彼女をよくよく見ると確かに貴族令嬢の服ではない。お仕着せのような服だ。ところどころほつれた箇所を繕っているのが伺える。


「グレイザック、彼女の顔が見たい。良いか」

ライリルムントはそう述べた。

俺は仕方なく顔を上げるように指示する。


「…っ」

ライリルムントは少し驚いた顔をする。

「歳は?」

「10になりました」


「……その歳にしては痩せているな」

ライリルムントはふぅ、と息を吐く。


真紅の瞳のリディルレーネは部屋にいる人たちを見つめる。首は動かさず、目だけ動かす。

少し気になるのがあって目がそっちに向かうが、意図して領主を見るように心がける。

その視線の先が俺は気になった。


「では話を聞こう。顔を上げたままでよい」

ライリルムントはそう命じる。

俺は杖を持ったまま椅子に座り直す。


「これをご覧ください」

彼女は兄から預かった書簡を渡す。

少し震えていた。


受け取った俺は隅々まで見る。面白い。

なかなかに纏めてある。これは使える。

そして、ライリルムントに渡す。

ライリルムントが読み終えるのを確認し、俺は口を開く。


「面白いじゃないか」


まさか面白いと言われると思っていなかったリディルレーネは目を瞬く。


「どうやって知った?」

「流石に1年も一緒にいますので、情報が入ってきます。あと書類仕事など、叔父家族は壊滅的なので兄と私が請け負ってきました」


なるほど。なら金の流れなどは掴めるな。


「それならば、否が応でも分かるな」

「証拠を揃えております。ですので、それと引き換えに私の命を保証してくださいませ」


リディルレーネは意思のこもった強い瞳で淀み無く言い切った。


「……ほぉ」

俺は面白い、とまた呟いてしまう。

そして意地の悪い笑顔を見せる。


「この証拠は、一族郎党皆処刑になる案件だ。なのにお前だけを助けてやることはできない」

俺は現実を突きつける。


「それにお前を助ける利点がない」


だからこそ、領主のライリルムントは口を挟んでいない。結果が分かりきっているのだ。


「庭師でも、使役獣番でも、料理人でも、掃除婦でも何でも構いません。この1年で一通りは出来るようになりました」

彼女は震える声で交渉する。

俺の威圧に何とか耐えながらも声を出す。


正直、見所があると思った。

魔法の心得はまだない、と言った。その者が俺の威圧に耐えられるということは魔力量が多いということだ。普通の人なら気絶している。


顔を上げたときに視線が彷徨っているのが気になった。

そして今も少し彷徨った。

意図して俺たちに視線を合わせようとしているのが分かる。


……なるほど。

俺は腕を組み、指先でトントンと腕を叩く。


「全く利点がない。庭師も料理人も全て足りている。雇うと給金がかかる」

とりあえず利点がないことを述べてみる。


「……給金はいりません。私はそんなこと一言も言っておりません。ただ、住む場所とご飯だけあればそれだけで十分です」

彼女は俯かないように必死に話す。

それでも頑張って交渉している彼女に興味がわいた。


「…それくらいなら出来んこともないが、基本は一族皆処刑だ。お前を引き取ってアインズビルに利点があるのか」

ライリルムントが口を開いた。


交渉材料が尽きてきたのだろう。

必死に考えてる姿は面白い。

「……っ、従属契約はどうでしょうか」


その言葉に俺は目を見張る。

「お前は命を保証してもらうために従属契約を結ぶのか」

従属契約とは、主人が死ねば自分も死ぬ。一蓮托生の契約だ。する者は殆どいない。

答えとしてはあまりよくないが、考えて考えて交渉している姿は今まで会った女の中では1番いいと思った。


「……、はい。兄と約束しましたから。私だけでも生き延びろ、と」

彼女は震えながら拳を握りしめる。


「あと、ご領主の弟君様、私はこれが好きです。ご教授頂けると有り難く思います」

彼女はまだ持っていた書簡を渡す。

ずっと手にしていた物が気になっていたが、まだ交渉材料を持っていたらしい。


「城内にある図書館で勉強したものでございます。ご考察をお伺いしたいです」

俺は受け取った。


魔法陣の考察、使役獣の比例結果など、彼女自身が研究したであろうものがたくさん書いてあった。

殴り書きがあったりするが、なかなかに纏まっている。


だが、学院にも通わず、ここまで推察できるのは素直に感心した。


「……面白い」

俺はまたにやりと笑ってしまう。


「義兄上」

書簡から顔を上げ、ライリルムントを見る。


「この娘、俺がもらっても?」

俺がこんなことを言うと思っていなかったのだろう。義兄は目を見開く。


「アインズビルに悪いようにはしません。それは俺が保証します」

その言葉にライリルムントは少し考えこみ、口を開いた。


「……どう扱う気だ?」

「それを今から話します。……リディルレーネと言ったか」

俺は彼女を見下ろす。


「はい」

「お前の身柄を預かる者として条件がある」

「何なりと」

彼女は即答する。

即答してくるのが賢い。


「ひとつ、魔術学院では常に首席であること。ひとつ、俺の言ったことは絶対だ。守れなければ即刻クビだ。そして、最後。そこのサムエルに付き、俺の側近になれ。主の意を汲み、行動を察し、課された仕事は全てこなせ」


なかなかの難題だろうが、俺はできないことは言わない。


「……グレイザックさま、10の子どもでは無理かと…」

サムエルが恐る恐る口を開いた。


「そんなことは知らん。これが条件だ。どうだ、受け入れるか?」

俺はまた意地悪く笑う。


「無理を承知でお願いしてるのはこちらです。その条件、全て受け入れます」


「よし、血判証明にうつろう」


そうして、リディルレーネの保護者となった。


彼女が去ってから、俺は義兄に睨まれる。


「……どういうことだ」

「どう、と言われましても。興味がわいたので」

俺はあっけらかんと答える。


「グレイザック様が興味がおありになる人物とは珍しいですね」

サムエルが口を挟む。


「……まあな。見てみろ」

俺は彼女が考察した研究資料を2人に見せる。


「……学院で習う内容だな?」

義兄は答える。


「そうです。ですが、まだ通うのは3年後。既にここまで研究出来る頭があれば座学の首席は取れるでしょう。それに魔法陣は杖を取得しなければ出来ません。杖を持っていない者が魔法陣の研究をしようとは思いません。ここを改良すれば短縮するのではないか、など試しようがないですし」


「……ふむ。実技も見所があるということか」


その義兄の言葉に俺は頷く。


「恐らく。俺が後見人になるのですから、俺の弟子として技量がある者しか引き受けません。そしてもうひとつ。こちらの方が重要です」


俺は続きを言う前に息を吸う。


「彼女は恐らく、◯◯◯です」


その俺の言葉に義兄と側近は目を大きく見開いた。

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